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363. たとえ力及ばすとも

 中天に舞うホムラの輝きに、暗夜が欠ける。


「起きよ、けよ、結実せよ――」


 その光にいざなわれた蛾の如く歩を進める鉄の巨人の、馬鹿デカい兜に狙いを定めながら――


「我が内なる式よ! 此処に、顕現せよ!」


 俺は眼前に生み出した魔法陣より、渾身の『熱線』を再び(・・)撃ち放っていた。

 頭上に輝く『照明』の光を圧して、超高音の火線が迸る。

 その直撃を受けた鈍色にびいろの鉄塊が、赤熱する様をみせる。


 みせるも、そいつは何事もなかったかのように、こちらに向けて進み続けていた。

 

「脚部に続いて、頭部も同じ反応か。まったくダメージが入ってない、わけでもなさそうだが……」

「このまま続けていても埒が明かなそうね」

「ああ。どうする? そっちもまずは『光弾』なりで、間合いの外からいってみるか?」

「んー……パスかな。フラムの攻撃術でもいまいちなら、有効とは思えないし。それよりも、私はやっぱりこっち(・・・)ね」


 隣で様子を見ていたフェレシーラに手番を振ってみると、肩に戦鎚ウォーハンマーを担いでの返答が寄越されてきた。

 貪竜湖のほど近く。

 だだっ広い平地部におびき寄せた規格外の化け物、全高15mはあろうかというその影人は、都合二度の『熱線』を右膝と頭部に受けるも、変わらぬ様子でこちらに向けて歩み続けていた。

 

「オーケーだ。こっちも合わせて動いてみる。でも、セレンさんのアドバイスを忘れるなよ」

「そう言われてもねえ。あまり色々と気にしすぎていたら、何も出来ないと思うのだけど」

「フェレシーラ」

「わかってますよーだ。危なくなったら、ちゃんと『防壁』なりで凌ぐから。フラムこそ、自分の身は自分で守るようにね。これだけ大きな相手だと、そっちがどこにいるか見えなくなるときもある筈だし」

「了解だ。じゃあ……ホムラ! お前はそのまま、あのデカブツを照らし続けていてくれ! 近づきすぎないようにな!」

「ピー!」


 上空で羽ばたくホムラに指示を飛ばすと、威勢の良い鳴き声が返されてきた。

 その直下を、フェレシーラが征く。

 

 これだけのサイズ差がある相手に、半端な守りは意味がないと判断したのだろうか。

 今回の彼女は戦鎚ウォーハンマー一本を手にしたのみで、新型の小盾ラウンド・シールドは地に捨て置いている、

 となれば、両手持ちによる火力の向上にも期待出来るだろう。

 

「これだけの大物は久しぶりね」


 こちらの先を行く形となった少女の口元に、不敵な笑みが浮かんだかに見えた、その瞬間。


 オオオオオオォォ――


 辺り一帯に尾を引く咆哮を響かせて、鉄の巨人の拳が振り上げられた。





「くっそ……一応、予想はしていたけどさ!」

 

 濛々と立ち込める土埃の中からはなんとか脱するも、口を衝いて出てきたのはそんな声。

 

「当たり前だけど、正攻法じゃちょっとばかし厳しい相手か……!」 

「の、ようね」

「ピィー……」 


 若干の弱音が混じったこちらの呟きに対して、深々とした相槌を打ってきたのは、フェレシーラとホムラ。

 鉄巨人との戦闘を開始して、既に10分ほどが経過していただろうか。

 

 正直にいってしまえば、それは戦いと呼べる内容にまで及んでいなかった。

 

「始めて戦った大型の影人相手にも思ったけどさ。やっぱリーチとウェイト差の不利って、そうそう簡単に覆せないよなぁ……あとめちゃくちゃタフだし」

「そんなの、やる前からわかってたことだし。言ったところで何も始まらない、って奴でしょ」

「いやー……実際ここまでとは思ってなくってさ。もうちょいやり合えると思ってたんだけどなぁ……」


 おそらくきっと、こうした理不尽の塊のような手合いとも、過去に出くわし乗り越えてきた経験があるのだろう。

 然して気落ちする風でもないフェレシーラに向けて、こちらは情けなくも青色吐息といった風体で弱音を溢しまくる始末だった。

 

 しかしまあ、それも仕方もなかろうと俺は言いたい。

 思い返してみれば、開幕の一撃からして酷かった。

 

 いざ巨人退治と息巻いて接近を試みてみたものの、やってきたのは振り下ろしの拳骨による、力任せの地面殴打。

 こちらが避けるだとか、あちらが狙ってくるとか、そんな次元の話ではない。

 

 ただただ、のっそりとした動きで、しかし呆れるほどの膂力で大地を殴りつけてくる。 

 それがこちらにとっては異様なまでに恐ろしく、異常なまでに有効な攻撃手段だったのだ。


 小山ほどもある巨躯と、それを包む鎧。

 触れるだけで、歩むだけで、迎賓館の防壁をあっさりと崩壊させたそれが、明確な意思と力を籠めて振り下ろされてくるのだ。

 それだけで地は歪んで土埃を舞い上げ、岩は砕けて飛礫つぶてと化し、近寄る者は局所的な地震に見舞われてしまう。


 動き自体は鈍く、そうそう直撃を受けることはなさそうだが、攻撃の余波のみで相当に苦しめられてしまう。

 もしも転倒したところに追撃を受ければ……等という至極当然の恐れも、攻めに回るにはかなりの負担となってしまう。

 

 まあ、そんな厄介極まりない状況下であっても――

 

「試しに『浄撃』を叩き込んでみたけど、多少のことじゃビクともしなそうね。手応え自体はあるんだけど、単純にタフすぎよ。物理、アトマの強度両面でね」

「マジかよ……」


 我らがフェレシーラさんは、この通り。

 遠巻きにチキっていた俺とは違って、勇猛果敢に攻め込んでいたんですけどね。


 というか、俺も少しは戦い慣れてきたつもりだったけれど、今回はまったくいいところがない。

 まあ、不定術法式まで使っての攻撃術が通らなかった時点で、その結果は見えていたが。


 しかし俺が火力役として立ち回れないのは、この際仕方がないとしても、だ。

 あのフェレシーラの攻撃までもが、通用している気配がない。

 ぶっちゃけこれは、俺にとってはかなりの衝撃であり、痛手だった。


「お前でそれなら、俺の『解呪』なんてそうそう通用しなそうだしな……そもそもアイツを構成してる術法式も、今までの影人とは丸っきり別物なんだろうし。『熱線』以外の攻撃術だって、きっと……」

「そこはやってみないとわからないもの。まだまともに戦ってもいないのに、簡単に諦めないの。弱気は禁物、でしょ?」

「ピ!」


 遠目に映る巨影に後ろ向きな推測を重ねていると、女の子二人に揃って背中を押されてしまった。


 ……うん。

 これじゃ駄目だよな。

 フェレシーラのいうとおりだ。

 

 ホムラだってまだヤル気満々だってのに、俺がこんな調子ではいけないだろう。

 どうにも俺は、頭の中にだけで考えすぎるきらいってヤツがあるからな。


 ここは一つ、ちょっと強引にでもプラス思考ってヤツでいってみるとするか……!

 

「あら、もうちょっと発破をかけてあげようと思っていたのだけど。いい顔するようになったじゃない。その様子だと、大丈夫そうね」


 顔をあげて標的を見据えると、フェレシーラがニッコリと微笑んできた。


「いやいや……お陰様で、ってヤツだよ。お前の強さには助けられてるからな」

「もう弱いところも見せちゃってるもの。お互い様よ」

「そっか。なら……俺も少しは、いいとこ見せないとだな」


 迫る鉄巨人は、相も変わらず愚直に歩を進めてきている。

 影人だなんてわけのわからない化け物は、好きになれるわけもないが……


 こういう、駆け引きも何もあったものじゃない相手も、立ち塞がるのであれば降していかねばならない時もある。

 今がその時なのだろう。

 

「さて。休憩はこれぐらいにしておくとして……」


 たとえ力及ばず弾き返されたとしても、やりようは幾らでもある筈だ。

 何も一人で挑もうというわけではないのだ。


 手札が足りなければ、集めればいい。捻り出せばいい。

 通せる札がないのなら、通せる札を作ってしまえばいい。


 そう思えば、どうという事のない相手に思えてきた。

 そうであれば、だ。


「それじゃ一丁皆で……リベンジマッチといってみるか!」

「ピ! ピピィー♪」

「そうこなくっちゃね。私、まだまだ全然、殴り足りてませんしー」


 口々に好きなことを言い合い、俺たちは再び巨人が足踏みする戦場へと向けて、意気揚々と駆け出していった。



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