362. 開戦直前 夜を照らす者たち 照らされるモノたち
ズシン、ズシン……と、重々しく地を揺らして鉄の巨人が迫る中――
「照らすは汝の塒、灯すは子らの燭台……揺蕩う光、安寧の輝きよ!」
手甲の霊銀盤より放たれた魔法陣が、煌々とした『照明』の輝きが辺りを照らし上げていた。
「うん。これで光源には困らなそうね。いい感じじゃない。影になる時だけ、注意していきましょう」
「だろ? 我ながら上手いこと考えたとおもうよ。なー、ホムラ」
「ピピ? ……キュピ?」
フェレシーラと一緒になってホムラへと向けて頷くと、ホムラが首を傾げて辺りを見回してきた。
「ピ? ピピ? ピピピピ?」
そしてそのまま昼間のような明るさに満ち満ちた周囲の平野を見回すと、タタタタタッと辺りを駆けまわり始めた。
うむ。
どうやらひと眠りして、元気いっぱいといったご様子であられる。
元気が溢れすぎて眩しいぐらいだ。
まあ実際に、眩しいんだけど。
「よーし。じゃあ頼むぞ、ホムラ。『照明』担当よろしくな。いやー、お前がいてくれてほんと助かったよ。走って飛べる光源役とか、お前にしか出来ないからな」
「ピ? ――ピピッ!?」
「うんうん。あのサイズの相手に、この子を攻撃回らせるわけにもいかないものね。というわけで、いい感じに離れてあの影人を照らしておいてね。あまり近づくと照らせる部分が少なくなるから、そこも注意で」
「ピ!? ピー!?」
こちらの言葉のみならず、フェレシーラの指摘に対しても反応を示して駆け回り始めるホムラさん。
なんかコイツ、最近普通に人の言葉を理解し始めているような……そんな気がしないでもないな。
思えば元々賢いところはあったし、育ち盛りの伸び盛り、俺たちが話している言葉を聞いているうちに、自然と意味を覚えていってる可能性もありありか。
鳥類って、トリアタマなんて言葉があるぐらいだし、記憶力はそんなに優れていない印象だったけど。
まあアレだな。
グリフォンって半分は猫っていうかライオンみたいなモンだし、そもそも幻獣種だから知能も高そうなイメージがあるし、そう考えればおかしくもないだろう。
というわけで、今回のホムラさんの役割。
見事『照明』を付与された光輝くモフモフボディーで、走って飛べる光源役となり、俺とフェレシーラの視界をサポートすることと相成っております。
拍手!
「ピー!」
「あーら、飛ぶと更にいい感じね。でもこれ、持続時間とか大丈夫なの? 戦っている間に突然効果が切れたら、また『照明』のかけ直し?」
「ああ、そこは大丈夫だ。さっき結構多めに俺のアトマを食べさせて、そこと『照明』を維持するための術法式を接続しておいたからさ。数時間はもつんじゃないかな」
「へぇー。随分と器用な真似をやってのけるじゃない……って、それってまさか――」
こちらの説明に感心した風にであったフェレシーラが、言葉の途中、考え込む仕草を見せてきた。
「貴方もしかして『分析』を使って、バーゼルがこの子にかけた契約術の式構成を調べたの? それで自分の『照明』と契約術の式を繋いで、アトマのやり取りが出来るようにしたとか?」
「お。さすがに鋭いな。その通り、式の一部を接続して契約術のアトマ供給効果を利用してあるよ。肝心の術効部分には厳重なプロテクトが施されていて、手出し出来ないんだけど。その必要もないし、今回はそんな感じでやってるよ」
「……呆れた。術法式の構築分野に関しては、かなりのマニ――職人気質だとは思っていたけど。他人の作った式に自分の式を合わせて作動させるなんて、聞いたこともないんですけど」
「まあ、いっつも目の前にあったしさ」
何事かを言い直しつつそんなことをいってきた少女へと、俺は簡単に種明かしを行ってゆく。
実戦で用いるのは今日が初めてだったとはいえ……
セレンより借り受けていた『分析』の霊銀盤は、何もこれまでまったく使用せずにいたわけではない。
「この契約術って、構成が馬鹿みたいに緻密で調べ甲斐があったからさ。お陰でいい感じに『分析』の霊銀盤も慣らし運転が出来ていたよ」
「はぁ……矢鱈にあっさりと影人を『解呪』してみせたいたのは、そういう理由があったのね。なんていうかもう、脱帽の一言よ。貴方、既存の術法だけじゃなくて、新しい術法を編み出したりするのも向いてるじゃない?」
「んー……どうだろうな。そういうのって、大掛かりな研究施設とか必要ぽいし。なにより、まだまだ自力で術法を行使出来ない俺には早すぎる話だよ」
フェレシーラからの呆れ半分の賞賛の言葉に、俺は鼻の頭を指で軽く掻きつつ答えを返す。
ぶっちゃけアレだ。
今からデカい戦いを始めようっていうところなのに、めちゃくちゃ嬉しい。
術法の分野に関しては普通に褒められるだけでも嬉しいのに、フェレシーラにそこまで言ってもらえるということが、本当に嬉しい。
普段の戦闘スタイル、立ち回りを見ていると、前衛としてのイメージが強い彼女だが……
実のところ、神術使いとしての腕前もとっくに一流。
既に達人、超一流の域に達し始めている、と俺はみている。
何故にそんな、上から目線っぽくフェレシーラの技量を評せるかといえば、だ。
これはつい最近、彼女と共に『隠者の森』を旅立ってから自覚し始めたことなのだが……
どうやら俺の術法式に関する知識と観察眼は、並の術士では及ばないレベルにあるらしい。
他人が術法を扱う様を目にすれば、それで大体の力量がわかるというのも、その左証なのだろう。
以前セブの町でアレクさんと初めて出会い、雷の魔術でスリの男を行動不能にしていた際も、それを見て彼の技量を推し量ることが出来ていた。
更に今は、アトマ視の術効を持つ『探知』の霊銀盤を利用出来るようにもなっている。
発動した術効のみならず、アトマの強度や流れを事前に察知することで、以前より多くの情報を得た推測が可能となった、という次第だ。
まあそれ自体は、わざわざ磨こうと思って磨いた技術ではない。
なにをどうしても、魔術や神術を発動出来なかった。
それが原因であり、それ故自然と身に着いていた、副産物的な技能なのだ。
寝る間も惜しみ、只管に『隠者の塔』に集められていた書籍と文献を類を読み漁り――
世間一般に知れ渡っていた術法をマルゼスさんより伝授してもらったことのみならず、『自分でも発動出来るかもしれない』術法式の研究に明け暮れていたせいだ。
もっともその時点では、すべてが徒労に終わり、何の意味もない、無駄な努力だったとしか思えなかった行為だったのだが……
そんな経緯経験もあり、己が組む術法式の構成・運用についてだけでなく、他者が扱うそれを見る目に関してまで鋭くなっていた、というわけだ。
その俺が思うのだ。
間違いなく、フェレシーラの術法に関するセンス、資質は天賦の才に依るものだ。
目も眩む、まぶしいほどの才能だ。
術法自体のカテゴリーとしては、魔術と神術に大した差はない。
術者が望む術効、願う神秘をより効率的に得るために、技術形態を分けて理解と習得を容易にしているだけだ。
フェレシーラさえその気になれば、時をかけて学ぶことさえ出来れば、魔術士として大成することも不可能ではないのだ。
その事実に、俺が嫉妬の念を欠片も抱かないかといえば、嘘になるだろう。
俺にも彼女ぐらいの才能があれば、もっと簡単に魔術を発動させて、あの人の元から――
……いや。
今はそんなことはどうだっていい。
それはもう、終わったことだ。
忘れるべきことだ。
そうしなければ、あの森から、塔から出て、これまでやってきたことは、何だったのかという話になる。
だからもう、それはいい。考えなくていい。
大切なのは、術法に関してもそこまでの能力を持つフェレシーラが、俺の実力を認めてくれている、ということなのだ。
こんなに嬉しいことはないだろう。
だからいま、俺はこうして彼女と共に戦えているのだ。
どこまで行っても、そういうところは……己の根っこという奴は、そう簡単には変わってくれないらしい。
光の元でいつの間にか下を向いてしまった顔を上げてみると、闇のなかより鎧を纏った木偶の坊が姿を現してきた。