359. 囮にして本命
迎賓館に押し寄せていた影人の標的が、俺である。
こちらが動くまで微動だにしていなかった鉄巨人が、それを裏付ける動きを見せてきたからには……真っ先にやるべき事があった。
「それにしても……私たちだけで逃げ出しちゃうだなんて、思い切った手を考えついたものね! 私にはなかった発想よ!」
羽ばたくホムラの直下より、フェレシーラがその『やるべき事』を告げてくる。
「べ、別に逃げ出したわけじゃないし……てかお前、声が大きいぞ!」
そんな彼女に肩を貸されていたこともあり、妙に声に勢いがあったこともあり、俺はついつい抗議の声をあげてしまっていたが……!
というかフェレシーラさん。
片手で戦鎚の柄を握りしめてのぶら下がりホムラさん状態だってのに、余裕で俺の体まで支え切っているってどういうことですか。
肩に回されたやわらかな腕からは想像もつかない力強さに、正直自信をなくしそうなんですが……!
いやまあ、いきなりフラついて『浮遊』の魔術をかけられなかった俺の代わりに、彼女がホムラに『身体強化』かけてくれたお陰で、こうして皆で野外飛行に及べているわけなんですけどね。
とはいえ……
「さすがにホムラも俺たち二人を運んで飛ぶのはキツそうだな……!」
「ピ! ピピピピ……!」
「大丈夫よ。私がさっき投げた盾を目印に着地すればいいから、大した距離は飛ばなくてすむもの。フラム、ホムラに詳しく伝えてあげて頂戴」
「投げた盾って――ああ、あれって、そういうことだったのか……!」
半ば滑空に近い形で暗夜を飛ぶ最中。
俺はそこでようやく、防壁の上より飛び立つ直前にフェレシーラが取っていた行動の意味を理解した。
そうして眼下に視線を巡らせると……一面に広がる闇の中に、唯一つ光を放つものがあった。
「あれだ、ホムラ! あの光ってるところを目指して、近くに降ろしてくれ!」
「ピ!」
こちらの要請を受けて、ホムラが軌道修正へと移る。
目指す位置が定まったからか、滑空の速度が一気に増して、耳元で轟と風が唸り声をあげてきた。
「よし……! フェレシーラ、ここまででいい! 先に着地して様子を探っておく! 助かった!」
「了解。まだ本調子じゃないかもだから、気を付けてね……!」
地面まで残すところ5m程となった時点で宣言を行うと、見送りの言葉が返されてきた。
直後、こちらの肩に回されていた少女の腕から力が抜け落ちて、俺は落下を開始する。
直下には、目印としていた光。
その正体は、迎賓館の防壁の上より飛び立つ直前に、フェレシーラの手により『照明』の術効を付与されていた小盾だ。
俺を抱えてホムラに運んでもらうには、流石に手が塞がりすぎるので投げ捨てていたとばかり、思っていたが……
どうやらこれを目印に、闇の中でも地面との距離が測れるようにという算段を、瞬間的に立てていたらしい。
そういやよくよく考えてみれば、ベルトの後ろに持ち手を引っ掛けてマウントしたり、俺の空いてる手に持たせたとか、やりようは幾らでもあるもんな。
最近ちょっと、脳筋具合が増してきたんじゃないかと密かに思っていたけど、こういう部分の機転の利かせ方はさすがに――
「っとぉ!」
などと余計なことを考えているうちに、地面との邂逅の時が目前に迫っていた。
急ぎ微量のアトマを片手に集中させて、下方向に放つ。
落下の勢いが殺されたことにより、俺は然したる衝撃を受けることもなく、目的の場所へと着地を果たしていた。
「ふぅ……」
一息だけ呼吸を入れ替えてから、周囲に視線を巡らせる。
手甲の霊銀盤を作動させて、『探知』の術効で影人の気配を探るも、これといった反応はない。
「よし……オーケーだ、ホムラ! そのまま、フェレシーラを頼む!」
「ピ! ピピピピ……!」
一旦の安全確認を終えてホムラの誘導に入ると、緩やかな軌道を描きつつ、程なくして二人もこちらのいる場所へと降り立ってきた。
「お疲れ、ホムラ。また助けられたな。フェレシーラもサンキュ」
「ピィ♪」
「どういたしまして。そっちも体調は? 動くのに支障がありそうなら、もう一度『体力付与』しとく?」
「大丈夫だ。着地もしっかりイメージ通りにいけたし、意識もはっきりしてる。すぐに動けるよ」
「ん。無理はせず、自分からフォローも要求してね。私も遠慮なく頼むから」
未だ輝く盾を拾い上げたフェレシーラの言葉には、しっかりとした頷きで応じておく。
これで最初の一手は、問題なく打つことが出来た。
しかし大事なのはここからだ。
まず、予定していた行動には移れた。
ならば次に行うのは、その行動が望む結果を引き起こせたかの、確認だ。
湿り気を帯びた地面に手をおき、俺はそれを確かめにかかる。
「この揺れ……あのデカブツが動き続けているな。『探知』は範囲外になるから、進路まではわからないけど」
「それなら任せて。私のアトマ視って、探知する角度を狭めればわりと遠くまで視れるから。遮蔽物さえなければ、この位置からでもあの鉄巨人のアトマも探れる筈よ」
「おおぅ、マジか。さすが、天然物は違うな……!」
「その言い方はやめなさい――っと」
突然の新事実に驚く俺の前で、フェレシーラが目の上に手を翳して鉄巨人の動向を探る。
探っている、ようだが……?
「んー……ゆっくりとだけど、こっちに向かって来てるみたいね」
「おぉ」
ちょっと不安ではあったが、どうやら彼女の目には鉄巨人のアトマが視えているらしい。
「ということは、想定通りにいけそうか?」
「そうね。本当にずっとこの調子でこっちを追ってくるなら、アレを巻くのは余裕でしょうね。アレだけなら、だけど」
「そこは敵側の余力次第、ってとこか。でも今のところはこっちの目論み通り。成功だな」
「ええ。ということで、後は手筈通りにね」
「ああ……やってみるか!」
「ピピッ!」
互い視線と声を交わして、皆で次なる一手へと移る。
正直なところ、あの鉄巨人がどれ程の強さ、能力を持ち合わせているのかは、推し量れてはいない。
もしかしたら案外と見た目だけの虚仮脅しで、防壁を崩せるだけのパワーのみの木偶の坊、という奴かもしれない。
上手くすれば『解呪』でどうにか出来る可能性もあるだろう。
当然ながら、こちらが全く手に負えない規格外の化け物である可能性もある。
それを確かめるには、交戦する必要がある。
そうなれば、なにせあの図体とパワーだ。
周囲への被害は計り知れない物となるだろう。
だがなんにせよ、あの鉄巨人が姿を現してからというもの、それまで湧いて出てきていたタイプの影人は一匹たりとも姿をみせていない。
俺が『防壁』の神術を用いて身を隠している間、ずっとそれは変わらなかった。
何故そんなことになっていたのか。
考えられる原因の中で、もっとも妥当に思えたもの……
それは敵側の、影人を生み出す側の、『リソースの枯渇』だった。
「だとすると……何処の誰だかしんないが、ほんと下手うったよな。あのデカブツでの進攻に全部資源を注ぎ込んだのは……!」
「ん? ああ、その話ね。喋るのはいいけど、舌噛んだり転ばないようにね。あんまり距離を離すと別の標的を探して暴れ始めるかもだから、ゆっくりめでいいけど」
「へーい。わかってますよっと。そうなったら、元も子もないもんな……!」
鉄巨人が、飽くまでこちらを狙って動くのであれば。
俺が迎賓館を離れれば、そちらに残る人々にこれ以上の被害は出ない。
当然、他の影人に包囲される可能性もある。
しかしそれも、この三人だけならどうとでもなるし、してみせる。
故にこのまま俺たちは、只管に鉄巨人を引きつけることに徹してゆく。
俺たちの立てた作戦は、そんな内容の代物だった。