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354. 戦時術法陣、始動

「資材搬入、いそげいそげ! 入口で団子になるなよ!」

「おらおら、休憩組は起きろ起きろ! お次は館で籠城戦モドキだとさ! 食いモン以外も、人任せにしねぇで持ってけよ!」

「ったく、出たり入ったりせわしねぇな……くぁぁ……」

「ボヤくなボヤくな。なんでも今度は、連中が下から湧いて来にくくするらしいぞ。オマケにベッドはお偉い方の使ってるふかふかのヤツだとさ」

「マジかよ。そんなん逆に寝つけそうにねぇぞ。てーかどうせ俺らは雑魚寝だろ」

 

 やいのやいの、てんやわんや。

 仮設の陣を敷いていた真夜中の中庭より、再び迎賓館内部を目指しての大移動。

 

「ふぅ……敵襲っていっても、大したことなくて良かったな」

「そうね。慌てた兵士が灯りを倒してちょっとしたパニック状態だったけど……どうやら中庭に残っていた影人が数体現れただけみたいね」


 影人襲来の報を受けて、それを然したる被害もなく跳ねのけた後。

 無数の兵士たちが移動する様を、俺はフェレシーラと共に見守っていた。

 

 仮眠に入っていた彼らにとっては寝耳に水といった様相だが、無駄口は叩けども、動き自体は素早い。

 こんな時間に複数回の戦闘を繰り返すこと自体、相当な負担に思えるが……

 

 日頃から、相当な鍛錬を積んでいるお陰だろうか。

 それとも闇に乗じて攻め寄せてくる魔物の重圧に、懸命に抗っているからこそ、なのだろうか。

 彼らは互いに軽口を叩き合いながらも、与えられた使命を果たしにかかっていた。

 

「しかしこの状況で上手く寝れるもんだな、皆。俺なら精々、目を閉じて休むぐらいが関の山な気がするぞ」

「そこはアレよ。教団の戦闘要員にしてもそうだけど、彼らはどんな場所でも休息がとれるように訓練を積んでいるもの。こういうのは食事と睡眠あってこそ、だから」

「なる。これも軍人としての使命、ってわけか。となると、俺も瞑想の応用で寝つけたりするのかな……」

「そういうやり方もありだとはおもうけど。術士が同行しているときは、寝つけない新兵なんかを集めて範囲化した『睡眠』の魔術で寝かせちゃうこともありみたいね」

「それは……なんかヤだな」

 

 手持ち無沙汰さから呟いた結果の豆知識に、ついつい拒絶の言葉が洩れてしまう。

 フェレシーラはといえば、こちらのそんな様子に気分を害した風でもなく、俺の肩にとまっていたホムラの頭を撫でていた。

 

「今回もホムラに助けられたわね。私たちじゃあんなに素早く救援に向かえないし」

「だなぁ。お手柄だぞ、ホムラ。でも、デカイのがいたら絶対無理しちゃ駄目だからな?」

「ピ!」


 対してこちらは、影人の襲撃を捌いた直後だというのに、若干緩い空気すら漂ってしまっている。

 しかしそれも仕方がない。

 今回の襲撃への対応に関しては、ホムラの独壇場ともいえる状態だったのだ。

 

「お前の『身体強化』が便利なのはわかっていたけどさ。まさかホムラの支援にこんなに向いてるなんてな。いまの戦い、殆ど俺なんにもしてなかったぞ」

「いいじゃない。楽が出来るときはしておくものよ。といっても、私もここまで有効に働くとは思ってもみなかったけど」


 フェレシーラの操る『身体強化』の神術は、その名の通りに対象の身体能力全般を引き上げる術効を有している。

 筋力に敏捷性、耐久力に持久力。

 大凡、物理面での戦闘に必要とされる能力を増強する、強化術法の一つの完成形。


 一点特化型の『筋力強化』等と比べると、一つ一つの恩恵は抑え気味になるものの、単体の術法で複数の様子を強化出来ることが売りの、高位神術。

 それが『身体強化』だ。

 

 その術効は強力であり、慣れた前衛職(・・・・・・)からも人気の支援術法なのだが……

 実はこうした強化系の術法には、ある種の欠点、デメリットが存在していたりする。

 それがなにかといえば――

 

「普通、この手の強化系の術法って、被術者側にも慣れがいるもんなんだけどな」

「そうね。私だって、『身体強化』を覚えたての頃は慣れるまで結構苦戦しちゃったし。今でも術効を最大限近くまで引き上げると振り回されがちだから……こう言ってはなんだけど、結構な暴れ馬よね。まあ、大体の強化系の術法にいえることだけど」

「あー、やっぱお前でもそうなのか。俺なんて、初めて『敏捷強化』の術具を使ったときとか、酷い目にあったしなぁ……」


 フェレシーラとの会話に興じつつも、思い出すのは嘗て『隠者の塔』で味わった苦い経験。

 まだ術具を扱い始めて、そこまでの月日も経っていなかった頃。

 

 様々な術具を試すのが楽しくて仕方がなかった俺は、ある日、マルゼスさんの目を盗んで塔の宝物庫に忍び込み……

 そこに保管されていた『敏捷強化』の術効を秘めた羽根つきのブーツを、こっそりと持ち出してしまったのだ。

 

 何故、そんな真似を仕出かしたのかといえば、だ。

 当時の俺はマルゼスさんに、「塔の近く、安全な場所までは出歩いても良い」と許可されたばかりで、少しばかり浮足立っていたところがあり。

 一日で回れる距離、即ち場所は限られていたとしても……

 

 走る速度を大幅に向上可能な『敏捷強化』の術効があれば!

 きっと大した時間もかからずに!

 塔の周りを、思いっ切り存分に探検できると!

 

「と、思っていたんだけどなぁ……くっそぉ……!」

「え? なになに? どうしたのよ、いきなり落ち込んじゃって」

「あ、いや。こっちの話っていうか、なんといいますかね。初めて『敏捷強化』使ったとき、おもいっきり出力の調整ミスってですね……」

「あー……」


 その説明ですべてを察したのだろう。

 フェレシーラが腕組みのして「うんうん」と頷いてきた。

 

「ま、そこは仕方ないんじゃない? 大体の人が跳ね上がった能力に、体の反応が追いつかずにやらかすのが通過儀礼みたいなものだし。大方、想像以上にスピードが出た所為で何かに激突しそうになったとかで、必死で止ろうとして……肝心の術具のコントロールに失敗。そこからすってんころりん、みたいな感じでしょ? ついでに言えば、後からマルゼス様にこっぴどく叱られた、と。 違う?」

「……はい、大当たりです。よくおわかりで……!」 


 あまりにピンポイント、まさかのどストライクな指摘を認めると、彼女は何故だかツンと澄ました表情となり、続けてきた。

 

「そりゃあね、っていうか。私の中でフラムといえば、すーぐ走り出しちゃうって感じだもの。幾ら術具の扱いが上手くたって、そりゃあそうなるでしょうね、としか」

「ぐ……っ! い、いやぁ、それにしてもホムラは凄いな! あれだけパワーもスピードもあがって影人をブッ飛ばしまくってたのに、平気でビュンビュン飛び回っているんだもんな! よく周りの皆や地面に激突したり、狙いを外さないよな!」

「ピ? ピピ?」

「ちょっと、わざとらしいから止めなさいって。兵士たちが見てるし、ホムラだって戸惑ってるじゃない」

「……さーせん」


 どうやら話題逸らしにホムラさんを利用したのが、バレバレだったらしい。

 苦し紛れの持ち上げに、道行く兵士の皆さんもチラチラとこちらの様子を伺ってくる始末。

 

 お急ぎのところに、本当に申し訳ございません。

 前面的に俺がわるかったので、そんな目でみないで。

 それもすみませんが、妙にニヤニヤしながら口笛鳴らしてくるのも出来ればやめて欲しい。

 ホムラのテンション上がって、わりと大変なことになるので……!


「まあ、なにはともあれ……ホムラと『身体強化』の相性がバッチリだってわかったのは収穫ね。私を運んで飛んでくれた時点で、かなりいけそうな気がしていたけど。これなら場合によってはこっちが支援に回るのもありありよ」

「たしかに。俺たちだけだと手が回らない部分を受け持ってもらえるのは心強いよな。物理戦に関してだけなら、防御面もカバー出来るのも大きいし。俺も今度暇があれば、なにか強化系の術法も練習しておこっかな。なー、ホムラ」

「キュピ? ピィ♪」

 

 嬉しげに声をあげるホムラの姿に眼を細めながら、水晶灯を手にした兵士たちが進んでゆく。

 最後の班が入館を果たしてゆく、その姿を見送りながら――

 

「総員、館内への移動完了しました! これより結界の作動に取り掛かるとのことです!」


 伝令の兵士が告げてきたその一報を受けて、俺たちは互いに視線を交わし頷き合っていた。



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