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353. 孤影鎧纏

 拠点をもう一度、迎賓館に移す。

 

「奇襲対策の結界を施すなら、そちらが向いている、というわけですね。良いでしょう」

 

 セレンの案を耳にしてからの、エキュムの行動は素早かった。

 

「ハンサくん、兵と物資を移動させきるのにどれぐらい時間が要りますか」

「20分もあれば十分かと。なので、術士たちが結界を完成させるタイミングで合わせます。備蓄の多くは館内に残してありますので、屋内で必要なものだけの移送に留めておけば」

「良いですね。ああ、今回は長物の武器も持ち込ませてくださいね。影人が結界を抜けてきたとしても、手間取っている間に皆で攻囲できそうですし。叩き潰す得物があると楽ですよ」

「御意。そのように通達します。まずは混乱を避けるために、術士に護衛をつけて入館。その後は負傷者を2階へ移してから、順次移動させましょう」

「うんうん。それでは……移動開始といきましょうか!」


 迅速果断。

 それまでは方陣を敷いてじっと周囲の様子を伺っていた者たちが、彼の号令の元、次々に動き出す。

 

 こうと決めれば、ハンサ以外とのやり取りも一切行わない。

 それまでは周囲の意見が上がるに任せていたエキュムの変わりぶり――いや、切り替えの早さに目を白黒とさせていると、彼はこっそりと俺に耳打ちをしてきた。

 

「多くの者を動かすときは、素早く、分かり易く、迷わず。人は群れの生物であり、集まれば強い。ですが集まれば、鈍くもなります。そうなると、単純な方が動かしやすい」

「なるほど……です」

「目安としては、目も声も届かぬ者ばかりになり始めたら、といったところでしょう。そうなると、無駄に尾鰭がつきますからね」 


 何故だか彼は「覚えておくと良いですよ」と言い残して、兵を伴い館内へと向かっていった。

 突然のことにあっけにとられていると、今度はパトリースが駆け寄ってきた。

 

「お疲れ様です、師匠! 皆から聞きましたよ!」

「お疲れ、パトリース……ってなにをだ?」


 黒い長杖ロングスタッフを両手で握りしめて、「ふんすふんす」と鼻息を荒くするその様に、思わず腰が引けてしまう。

 しかしそんな俺の目の前に、グイッと詰め寄り彼女は言ってきた。

 

「勿論、遊撃隊で師匠の活躍ぶりです! 押し寄せる影人の群れを、ちぎっては投げ、投げては燃やして……八面六臂、鬼神の如き戦いぶりだったと!」


 いや誰だよそれ。

 敵を千切って投げた上に燃やすとか、なんの化け物だよ。

 どうやら俺がホムラの助けを借りて魔術を叩き込んだり、フェレシーラが倒し損ねたところに『解呪』で影人を処理して回っていたのが、伝言ゲームでド派手になっている模様だが……

 

 エキュムの言葉を借りれば、目の届かないところで尾鰭が付くってこういうことか。

 矢鱈とテンションの高いパトリースさんの言から察するに、この分だと至るところで遊撃隊の噂が駆け巡ってそうだが……

 

「そう気にするな。あれだけ派手に立ち回れば仕方もあるまい」

「ハンサ副従士長……お疲れ様です」

「そちらもな」


 そこにハンサがやってきて、短いやり取りのあとにパトリースに話しかけた。


「嬢は結界とやらの準備があるのでしょう。話は生き延びてからたっぷりとしてください」

「う……そ、そうですね。ちょっと兵からの報告で、盛り上がりすぎてしまいました。では、フラム様。私は先にセレン様と館内の結界を準備してきます。また後程」

「うん、頼むよ。セレンさんが無理をしすぎないように、助けてあげてくれ」

「はい。ハンサ、貴方こそ遅れないようにね」


 一言釘を刺して館へと向かうパトリースを、ハンサと共に見送る。

 遊撃隊の担当は、館の外壁を破壊し得る大型影人の掃討だ。

 特に結界も未完成、兵も移動中とあっては警戒を解くことは出来ない。

 

「これで攻めてこなければ、万々歳なのだがな」

「……? ああ、それはその通りですね」


 不意にやってきたハンサの言葉に、俺は一瞬、返事をし損ねてしまった。

 攻めて来なければ、何の問題もなし。

 それはそうだ。

 それが一番いいに決まっている。

 

 だが……その言葉には何の意味もない。

 一兵士がそれを洩らすのなら兎も角、指揮に携わる者が――


 そこまで考えて、俺は気付いた。

 

「え。もしかしてハンサさん……めちゃくちゃ疲れてるんじゃありませんか?」 

「何故、そう思う? 弱音が飛び出てきて呆れたか?」

「そこまで思ってはいません。ただ……考えてみれば、こんな戦いってそうそうないでしょうから。幾ら普段から聖伐教団の皆や、街の兵士を率いることがあったとしても……キツイのかなと」

「まあな」

 

 わりと遠慮のないこちらの予想を、彼はあっさりと認めてきた。

 反射的に、俺は周囲を見回す。

 近くに兵士たちはいるが、皆、移動の準備に忙しいようでこちらの会話に耳を傾けているものは見当たらない。

 

 唯一、ワーレン卿がドルメの近くから様子を伺ってきているが……

 あの人なら万が一聞き耳を立てていても、兵にベラベラと吹聴することもないだろう。

 

「正直、遊撃隊には助けられている」

「助けられているって。隊といっても三人ですよ? 班よりは響きがカッコよくて好きですけど」

「ふ。まあ、こんな状況だからな。普通にやっていては兵の動揺、脱落や混乱は免れん。そちらが華々しく立ち回ってくれているお陰で、戦意は維持出来ているのが現状だ。もしお前がいてくれなければ、どう転んでいたか……」

「それは……先ほども言いましたが。俺たちがいるからこそ、影人が押し寄せてきているかもなので」

「だとしても、だ」

 

 言ってハンサは、去り様こちらの肩に軽く手を乗せていった。

 

「教官を頼む。あれで案外、だからな」

「……わかりました」


 ずっしりとした重みに、俺は胸を張る。

 エキュムのいう、多くの者を相手に分かり易く目的を示すというのは、正しいことなのだろう。

 故に、指導者は孤独なのだともいえる。

 少なくとも一から十まで、考え抜いて話しておかないと気が済まない気のある俺などには、到底理解出来ない苦悩だろう。

 

「話は終わったのかね。皆にモテモテの『影人殺し』くん」

「あれ……セレンさん? ドルメ助祭たちと、先に結界を張りに行ってたんじゃ?」

「無論、そこは急ぐがね。ホムラくんを預かっていたので、返しにきたよ」

「ピ!」

 

 フェレシーラの姿を探しているところに、今度はセレンがお腹の前にホムラを抱えてやってきた。

 ちなみに『影人殺し』の渾名は兵士たちが俺に付けたものらしく、パトリースも口にしていた。

 

 まあそこは戦意高揚という奴のために、狙ってそういうイメージを持たせにいった結果だが……

 いざ実際にそういう扱いを受けると、中々に恥ずかしいものがある。

 

 ともあれ、こんな立て込んでいる時にわざわざ声をかけてきたのだ。

 セレンとして話しておきたいことがあるに違いない。

 

「一つ、気になることがあってね」

「と、言うと?」

「ああ……あれからジングの様子はどうだい? 見たところ、代理戦の後からずっとやり取りをしていないようだが」

「それは――」

 

 ジングに関する指摘。

 それを受けて、俺は躊躇いつつもこの襲撃の直前にふと考えたことを、彼女に向けて言葉にしかけたところで――

 

「フラム! ホムラ! 敵襲よ!」

 

 遠方で上がる火の手と共に、フェレシーラの声が飛び込んできた。

 


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