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351. かつて禁術と呼ばれた業


「あ、いえ。そうでなくてですね」


 細かな注釈が入れられた羊皮紙と、黒衣の女史との間で視線を彷徨わせながら、俺は言う。


「なんか俺……戦うことばかり考えていて、こういう視点が欠落していたなぁ、と」 

「それは仕方がない……というよりも、当然のことだと思うよ」

「当然、ですか」

「ああ。当然だ」

 

 影人の進攻に晒されながら、場当たり的な対応を続けていたこちらからすれば、進攻そのものに大きな歯止めをかけよう、というセレンの発想には驚くばかりだった。

 まあ作戦名にも驚いたんだけど。

 

「兵たちの話は聞いているよ。館内から第二監視塔までの臨時指揮と突入戦、そして現在の方陣を保つための遊撃役。多少なりとも尾ひれが付いていたとしても立派なものだ」

「……ですかね。自分では夢中でやってるだけなんで、そうだといいなとは思いますが」

「こちらの想定以上のペースで影人が殲滅されていた。そしてそれは、影人を送り込んできた者にとっても同様の筈だ」


 一旦はテーブル上の羊皮紙を丸めて懐にしまい込むと、彼女は言葉を続けてきた。


「影人を構成している術法式を『解呪』して回っていたな? それも然して時間もかけずに、かなりの数を」 

「え――わかるんですか? フェレシーラ以外、まだ誰にも話してないのに」

「舐めてもらっては困るよ。我が師バーゼル・レプカンティには及ばぬとはいえ、これでも術士の端くれだ。報告を聞けば、君であれば、それぐらいの事はやってのけると察しはつく。それに『分析』の術具を与えたのも私だ。使い手が君であるとの想定ならば……ね」

「俺が戦闘中に『解呪』を狙う準備をしてたのが、わかってたってことですか。参ったな、こりゃ……やっぱりセレンさんには叶わないですね」


 影人対策の隠し玉として練っていた『解呪』へと言及を受けてしまい、こちらは脱帽の思いを抱くより他になし、としか言い様がない。

 思わず苦笑を浮かべたところに、セレンが肩をひょいと竦めてきた。

 

「予想するのと、実際にやるのでは天地の差があるがね。仮に私が、君のように二つの術を同時に使えたとしても……そんな器用な芸当を戦いながらやれるとは思えない。というか、こうして君の口から確認が取れるまでは、正直なところ半信半疑ではあったよ」

「あー……まあ、『隠者の塔』にいた頃はかなり術具や秘術生命体への『解呪』は練習していましたからね。術法が発動できなかったので、せめてアトマをコントロールした結果を実際に確かめておこうっていう感じでしたけど」 

「ふむ」


 術具の制御や陣術を用いた魔法生物の錬成。

 それらの構造を理解し、停止させる為の『解呪』の習得と修練。

 魔術士見習いの殆どが通り、そしてそのまま駆け去る道……

 

 俺にとっては、それだけがなんとか『魔術士らしさ』を保てる手段だった。

 

 本来、『照明』なりの初歩的魔術を習得したのであれば、後はそこからアトマの扱いと増強訓練、そして術法式の構成を発展させてゆくのが、一人前の術士を目指す者にとっての常道だ。

 だがしかし、残念ながら以前の俺にはその『術士としての第一歩』である術法の発動が出来なかった。

 

 その原因は、いまだ判明してはいないが……

 術法が使えないのであれば、せめてその真似事はしたい。

 そうして密かに力を入れていたのが、術具と陣術の扱い、その後始末に用いる為の『解呪』の鍛錬だった。

 

 とはいえ、その真似事が上手く出来たところで真似は真似だ。

 本物ではない。

 その経験を積み上げるごとに、技量を磨くたびに、結局は自分のやっている事は誤魔化しにすぎないのだとしか、思えなくなっていた。

 

 そう。

 俺が目指したのは、術具技師や陣術士ではく、ましてや解呪士でもなく、あの――

 

「私が思うにね」

 

 不意に、平静な口振りの女性の声が耳に飛び込んできた。

 ……セレンだ。

 当たり前すぎるその事実を前にして、俺は思考の渦から脱する。

 

「蓋がされていた状態だったのではないかと。君を見ていると思うのだよ」

「蓋……」 

「ああ。それもとびきり大きく、とんでもなく重い蓋がね。これまでフラム・アルバレットという人間を閉じ込めて、動けなくしていたのではないかと。そう思ったんよ」 

「……らしくない言い方をされますね。貴女はもっと、直截な物言いをされる方だと思っていたのですが」

「そういう君こそ、らしくないぞ。まあ勘という奴さ。君のいう、らしくないね」

 

 くく、と嗤う女性に、思わず口がへの字に曲がってしまう。

 何故だか妙にいじけた想いに駆られて彼女から視線を外すと、「ピ!」という鳴き声と共にホムラが俺の肩より羽ばたき、セレンの胸元へと飛び込んでいった。

 

「おっと。ホムラくんは、私の言い分を認めてくれるのかな」

「ピ! ピピィ♪」

「そうかいそうかい。嬉しいよ。君は素直で可愛いね。聞けばホムラくんも、大活躍だったそうじゃないか。皆、口々に君の雄姿を讃えていたが……怪我などしてないかね?」

「ピピ! キュププププ……ピッピー♪」

「悪かったですね。素直でなくて」

「はっはっは。拗ねるな拗ねるな。どこぞの嬢と違い、私はそこまで面倒はみてやれんよ。はっきり言って、後が怖いからね。もっと言えば命が惜しい」

「それはわかりますけど」

「ピィ……」


 三人揃って見解が一致したことで、俺はようやく彼女を直視できるようになっていた。

 まあ、アレだ。

 セレンの話は、高望みし過ぎるなということなのだろう。

 

「奇襲に奇襲を重ねてくる影人の群れに対して、集団でも個人でも一定以上の戦果をあげるのみならず……あの白羽根の神殿従士と肩を並べて戦う。それをやってのけている時点で、既に並ではないよ。その上、本陣でぬくぬくと策を弄せている者にまで並ぼうというのは、流石に無茶がすぎる。しかしもこうして剣を納めていれば、十二分に頼りになるというのにね」

「褒めてもなにも出ませんよ」

「そうかい? こちらとしてはもっと改善点を突きまくって欲しいのがだね。そういうことなら、今日のところはこれぐらいにしておこう」

「ありがとうございます。館の外に出現した大型巨人タイプは、俺とフェレシーラ、ホムラで受け持ちます。『影人生やさせないぞ結界』の欠点は、普通に歩いて攻め寄せてくるのに無力なこと……迎賓館を拠点にするのであれば、壁を壊されるのは不味いですからね」

「うむ。そこは余裕があれば『防壁』なりでカバーしていきたいが……まずは任せよう。君たちを館内に控えさせていても、火力・防御力・機動力、すべての面でオーバースペックだからね」


 再び話が結界の件へと移り、セレンが黒衣の内より羊皮紙を取り出してきた。

 

「規模が規模なので、神術と陣術の合わせ技でいこうと考えている。幸いこちらにはドルメ助祭とパトリース嬢もいるからね。御二方をそれぞれの術の軸に据えて、私が全体の調整に回ろう。あとの術士たちは不備や損壊が出た際に個別対応で」

「良いとおもいますけど……陣術用の触媒は足りているんですか? 神殿と違って、その手の備蓄はないとばかり思っていたんですけど」

「指摘の通り、殆ど使えるものはないね。だが今は非常事態だ。領主殿の許可を得た上で、土地そのもののアトマを使い陣を維持するつもりだ」

「土地のアトマを……わかりました。そういうことであれば、こちらがおいそれと口を出せる話ではありませんね」

「ああ」


 短いその応答に、俺はそれ以上の言及を避けた。



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