350. 戦時術法陣、構築
「結界……ですか?」
「ああ。先程の戦いで検証は済ませておいたのでね。戦域全体をカバーする方向で考えている」
半宵の時も間近に迫ろうかという本陣にて、俺はセレンより説明を受けていた。
「へぇ。さすがはセレンね。いい作戦じゃない」
「ピピ!」
「上手くいくかはわからんがね」
お腹の前にホムラを抱えたフェレシーラの反応を受けて、苦笑いを浮かべるセレンだが……
「なるほど、影人の奇襲対策なんですね。この発想はなかったな……たしかに、これはさすがとしか」
どうやら俺たちが遊撃班として戦っている間にも、状況を覆す為の一手に指を伸ばしていてくれていたらしい。
館内にいた術士を中心としたメンバーを率いる形で、彼女は本陣にて作業を進めていた。
「虎の子の魔獣たちを連れてきていなかった故、せめて、といったところだよ。君たちだけに負担をかけるのは忍びない。例え影人の狙いがそちらにあったとしてもね。それとこれは別だ」
「……ありがとうございます」
セレンの言葉に頭をさげて礼を述べると、横からチョンチョン、と肘をつついてくる奴がいた。
フェレシーラだ。
「ん? なんだよいきなり。トイレにでも行きたくなったのか――って、いってぇ!? おい、柄で脇腹を刺すなって!」
「そんな事で一々断り入れてくるわけないでしょ。こっちはこっちで説明をしてもらっていた方が良さそうだから、私はちょっとエキュム様に戦況報告を兼ねて、さっきの影人の話をしてくるから。貴方はここでホムラと一緒に、セレンから詳しく話を聞いておいて頂戴」
「いつつ……あぁ、なるほどな。そういうことなら頼む。助かる」
「ん。というわけで……また後でね、セレン」
「うむ。行ってき給え」
「ピュイ! キュピピピピ……」
このまま二人で『影人対策の結界』に関する話を聞いていては、こちらが本陣にやってきた目的を果たし損ねてしまいかねない。
そんな判断からエキュムに会いにゆくフェレシーラを、俺たちは見送った。
ついでにこっそりおトイレ済ませてきていいからな?
ちなみに俺はといえば、今の脇腹抉りで出そうな気配がどこかに行ってしまった。
でも戦闘中に催したらマジで洒落になんないので、後でこっそり済ませておこう。
水分だけはきっちり補給してるからなぁ……
それはそうとホムラさんや。
このタイミングでやたらと身震いするのはやめような? 怖いから。
って、今はそれどころじゃなかった。
「それにしても考えましたね。最初に結界を張る、って聞いたときはどうするのかと思いましたけど……これなら一定の効果が望めるとおもいます」
「幸いにも神術を使える者が複数名いたからね。常時でなく、攻撃の再開に合わせて、という形で機能するように仕込んでいくつもりだ。勿論、術者への護衛は必須となるのでコスト的にはそれなり、といった感じにはなるが」
「いえ、その価値はあると思います。にしても、そう来たか……」
あらためて、俺は本陣に置かれていた大きめのテーブルへと視線を落とした。
そこに広げられていたのは、一枚の大きな羊皮紙。
そこに記されていたのは、セレンが立案した『結界』の仕様に関する、要点だった。
「基本は『防壁』と同じ構成。対物防御に割り振っているは、現状では影人が物理攻撃しか行ってこないからですね」
「ああ。いまのところではあるが、アトマを用いた攻撃は報告になかったからね。あるとしても、実体化していなければ厳しいだろう、という判断だ」
「同感ですね。たしかにその状態では、あいつらも無力だと思います。なるほどなぁ……」
羊皮紙の内容に一通り目を通して、俺は唸る。
影人対策の結界といっても、陣の外周に『防壁』を張り巡らせるわけではない。
セレンの狙いは奇襲対策。
つまりは……こちらの足元から不意打ち狙ってくる影人の動きを、大きく制限しようというものだった。
「結界を縦方向にではなく、横方向に……地面に張り巡らせて、影人が地中から侵入してくるのを未然に防ぐ。これなら結界の外、もしくは弱い部分からしか攻めてこれませんね」
「うむ。名付けて、『影人生やさせないぞ結界』だ。いいネーミングだろう?」
「……そこは置いておくとして。めちゃくちゃいい作戦だと思います。なあ、ホムラ」
「キュピ! ピピピピ……ピィー♪」
「あっはっは。そんなに褒められると照れるね。さすが私だ」
照れると言いつつも、謙遜する気配ゼロなセレンだが……
いや本当にこれは思いつきもしなかった。
神出鬼没の影人を、下からやってくる脅威を、上から押さえつける。
目論み自体は至極単純。
得られる効果もシンプル。
しかしそれ故に、効果は絶大だ。
影人は恐ろしい。
だがそれは、何時如何なる時も奇襲を警戒せねばならず……また、そうしたところで完全には不意打ちを防げず、仮に凌いだところで不利な状況に陥りやすい、という部分に大きく比重が偏っている。
まあ、中にはその出現を素早く察知して、重量武器で実体化中の影人を叩き潰してぺしゃんこにしているような兵士も、極々稀にいたりもしたが……
当然そんな強者でもなければ、後手に回るのが当たり前だ。
しかしセレンが発案したという、この足元への結界があれば話はまったく変わってくる。
奇襲を狙って地面から現れる影人は、それを封じられて無力化されることだろう。
もしも結界の強度を上回る、例えば巨人型の影人が出現したとしても、効果は大きい。
少しの時間でも結界が持ちこたえさえすれば、周囲で戦う者もその様子を見て、十分な迎撃態勢を敷くことも可能な筈だ。
結界の準備と強度の確保、そして影人の侵入を察知して、それをトリガーとして結界を作動するように術法式を構成しさえすれば、術者のアトマ・集中力の両面での消耗も抑えることが出来るだろう。
「いま他の術士と協働して構築を急いでいるが……フラムくんの目からみて、改善点があれば是非とも指摘が欲しいとおもっていたところだ」
「そうですね。結界の発動条件を、もっとシンプルにして信頼性をあげておきましょう。アトマを検知する為には『探知』の術効を組み込む必要がありますし、それだと俺が攻撃術を地面に当ててしまうと、誤動作をしてしまうかもしれませんので。単純に、下から上に力がかかった時点で発動する形で」
「いいね。他には?」
「ええ。この仕組みだと、カバーする面積は狭ければ狭いほどいいですよね」
「だね。結界の範囲を狭めれられれば、それだけ強度も期待できる。しかしその為に、兵をぎゅうぎゅう詰めにするわけもいかなくてね。……なにかいい手があるかい?」
「はい。ここは思い切って、もう一度迎賓館を拠点にしましょう。今までは巨人型の侵入で内側からの倒壊リスクが高すぎましたが、この結界があれば比較的安全に籠城状態に持ち込めますし、なにより二階建てなので。結界の場所を調整すれば、休息・治療中の兵士や領主様は二階部分で待機できます」
「なるほどね。報告からすれば、影人は潜行状態で高所に登るのは苦手なようだしな。早速、ハンサに打診しておこう。あとは――」
セレンの要請に応じて、手早く結界の構成を詰めて行きつつも――
「ふぅ……」
「む? どうしたのかね。疲れが出たのなら、遠慮せず休憩をとり給え」
思わず溜息をついてしまったこちらをみて、セレンが心配げな表情をみせてきた。