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347. 影人再考察

 再三となる影人どもの襲撃が始まってしまう、その前に――

 

「ちょっと、今のうちに話を整理しておこう」

「整理って……影人の?」

「うん。これは単なる勘だけどさ。多分ここでしっかり考えておかないと、後に響いてくる気がするんだ」


 未だ人気のない陣の一角にて、俺はフェレシーラにそんな提案を行う。

 こちらの有無を言わせぬ様子をみてか、彼女は何も言わず、ただ頷きのみを返してきた。

 

 影人はその神出鬼没さ故に、対応も場当たり的になりがちだ。

 そしてそれは、こちらが主導権を持てないということでもある。

 

 先だって情報を集めておき、計画的な攻防を展開出来ない。

 これは全体を指揮するハンサからしてみれば、頭が痛いどころの話ではないだろう。

 

 敵は好きなタイミングで、好きな場所に、好きなだけ戦力を投入できる。

 それに対して、こちらはその真逆……というか、それが当たり前だ。

 

 影人に対して防戦一方のこの状況下。

 兵が群としての機能出来ているのは、ひとえにハンサの堅実な采配と、彼に指揮を預けて後ろに構えているエキュムの落ち着きあってのことだろう。

 

 だがそれも、ミストピアの街からの救援が到着するまでもつのかと問われたのならば、確信をもって首を縦に振る事が出来る者は多くない筈だ。

 まだどれだけの影人が控えているのか。

 そもそも街は無事で、救援は出せる状況なのか。

 

 情報不足もいいところな現状、影人について何かしら掴めるものがあれば掴んでおきたい、というのが本音であり、それが苦境を打破する鍵となり得るかもしれないと、俺は考え始めていた。

 

「影人について考える時間を割く。その理由は、やっぱり戦う為、倒す為だけど」


 フェレシーラに指を立ててみせて、そのまま言葉を続ける。


「まず、大前提として。影人は術法式で稼働するアトマの集合体だ。ざっくり言えば、体の外周を構成する式が鎧みたいなもので、それを動かす中身の式との二重構造になっている」

「二重構造……それって、あの『解呪』をやる上で判明してたこと?」

「だな。と言っても、細部の構成までは把握はしきれていないんだけど……」


 フェレシーラからの質問を肯定しつつも、俺はちょっぴり言葉を濁してしまう。

 術法式の解除法とされる、『解呪』の技法。

 

 前にパトリースにも実演してもらったこの技。

 主な目的である『術の停止、又は破壊』を主眼において運用するには、なにはともあれ解除対象の術法式を詳しく調べあげる必要がある。

 

 その為には、『解呪』に臨む者の集中を妨げぬ状態は必須とされているのだが……

 当然ながらこの技法。

 本来であれば、とてもじゃないが戦闘中に実行できるような代物ではない。

 

 まずは術法式の解析。

 そこから得られた情報を元に、解呪の道筋・手立てを構成。

 そしてそれを用いての、術法式への干渉。

 

 これらの作業は飽くまでも、解呪者の安全が確保された状況下で遂行されるものだ。

 ぶっちゃけた話、戦闘用に生み出された秘術生命体、魔法生物を相手に用いるような代物ではないのだ。

 

「まあ、そこはね。あれだけ激しく暴れまわる影人相手に『解呪』を決められること自体、わりとふざけた真似してる感じはあるし。あ……でも、その『分析』の術具があれば可能なのかしら」

「あー……確かにこれ、相当便利だけどな。検証用に1匹捕獲して、じっくり調べるとかでもしない限り、無理なんじゃないかな。それでいけるっていう確証もないけど」 

「なるほどね。流石にそれだと手間とリスクが上回っちゃうか。それなら現状『解呪』自体で影人を消滅させられているわけだし、無理するほどでもないと」

「ああ。試す価値がない、とまでは言わないけど……現実的じゃないと思う」

 

 フェレシーラの言葉に、今度はこちらが頷く番だった。

 そうなのだ。

 実はこの『解呪』を成功させる為には、対象の術法式の構成を完璧に把握する必要があるかといえば、案外そうでもなかったりする。

 

 そもそも術法式とは、術法を構成する様々な式を集め撚り合わせたものなのだ。

 例えば、最も初歩的な術法の一つとして知られる、『照明』の構成にしても……

 

 生み出す光量と色彩。

 照らす範囲を決定づける、指向性。

 持続時間に、発生地点の設定、光源の移動の可否……等々。

 

 灯り一つを発生させるにも、実のところ様々な効果を持つ複数の式が組み合わせることで、ようやく一つの超常的事象として完成する、という手順を踏まえている。

 無論、その一つ一つ式の構成レベルが高いほど、優れた術効を得ることに繋がる、といった具合だ。

 

 緻密、且つ適正に組まれた術法式は、それだけ消費するアトマに対して高効率・高出力な結果を齎す。

 逆にいえば、そうした式構成の技術に劣る者も、多量のアトマを注ぎ込むことで術効を引き上げることも可能だ。

 

 ……今にして思えば、マルゼスさんはその後者にあたるタイプだったのかもしれない。

 まあ、あの人は炎術に関してはガチでセンスの塊だったし、特に本人は気にしてない感じではあったけど。

 

 ちょっと話が逸れてしまったが……

 結局何が言いたいのかといえば、『術法を完成させる』のに必要なの要素は無数にある、ということだ。


 細やかな術法式の構成と、それらをイメージする為の想起力。

 重ねた式を統制するための制御力。

 詠唱、もしくは思念による術効の決定力。

 そして最大の必須要素、原動力として魂源力アトマ

 といった風に、様々な要素が絡んでくる。

 

 だがしかし、こうした術法式を『解呪』で以て無効化するとなると……

 これが案外と、必要とされる要素自体は少なくなるのだ。


「フェレシーラも『解呪』の練習をしておきたい、って言ってたし。この際だから少し話しておこうと思うんだけど」

「ふむふむ」


 完全に聞きモードに入った彼女に対して、俺は頭の中で話すべきことを少し纏めてから、説明を続けた。


「実のところ『解呪』に求められるには、対象の術法式を『どうすれば機能不全に追い込めるか』だからな。何も全ての要素を完璧に把握する必要はないんだよ、意外かもだけどさ」

「……と、言うと?」

「必要なのは術法式の逆操作。必要最低限の干渉で術効を無効化すれば。腕の良い盗賊は、ピッキングツールで宝箱の錠前をあっさり開けちゃうとか、そんな話があるけど。あれも全体の構造を完璧に理解してやる、っていうよりは『手応えを感じつつ』ってやるヤツだろ? 勿論、知識や経験があればあるほどいいのは、どちらも同じだとして」 

「たしかにね……まあ私の場合、そういう細かいのが苦手だし『浄化』で相手ごと術法式を破壊しちゃうんだけど」


 さすがはフェレシーラさん。

 理解力がある=実行できる、ではないとよくおわかりのご様子です。

 

 ていうか間違っても、この人には罠付きの宝箱とか触らせない方が良さそうですね……!

 

「取り敢えずは今の説明で、『解呪』の仕組みと有用性はわかったわ。要は魔法生物なんかに仕込まれている作動中の術法式を、外からアトマで干渉して役立たずに出来ればいい、ってことよね?」

「ん。やり方自体は色んな方法があるけど。持続時間を弄って終了させたり、式自体の繋がりを断ち切って停止させたりとかがポピュラーなやり方だな」

「なーるほどねー」


 納得する様子を見せつつも、見事『解呪』に関する要点を纏めてきたフェレシーラだが……

 

 なんで貴女、話してる間に戦鎚ウォーハンマーをグルグル回してるんですかね?

 なんだかこの人に『解呪』のやり方教えても、「あ! 壊しやすいとこ、みーっけ!」とかいいながら結局『浄化』をブチ込みにいっちゃうような気がするんですが。

 

 まあこいつの場合は元々アトマ視があるし、それで効果的『浄化』が効きそうな部位に当たりをつけて攻めていってるんだろうけど。

 しかし、『浄化』と言えばあれだな。

 

「フェレシーラのお陰で、影人相手に『浄化』が有効なのは、『隠者の森』で戦った時もわかってたからな」

「そうね。だから貴方も、『解呪』も有効だと考えていた。たしか……セレンに頼んで『分析』の霊銀盤を用意してもらった時に、そう言ってたものね」

「だな。本当は明日の影人討伐用だったんだけどなぁ。他の装備共々、神殿に置いてこなくて良かったよ」

「いい判断じゃない。戦士たるもの、愛用の品は片時も肌身離さず、ですからね」

「まったく。お褒めに預かり、光栄ってやつだな」


 うんうんと頷きまくるフェレシーラには、ついつい苦笑で応じてしまう。

 実際、こんな事態にでも陥らなければ不要な品だったのも確かだ。

 

 しかし結局、それで命拾いをしているのも、また事実。

 備えあれば患いなしとは、この事だろう。

 

「でも……そうなると、ちょっと疑問なのだけど」


 なんてことを考えていると、神殿従士の少女がちょこんと小首を傾げてきた。



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