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345. 遊撃隊、躍動す

 それは、方陣の至る場所で同時に巻き起こっていた。


「出たぞ! 影人だ!」

「2班、警戒担当を残して総員かかれ! 同士討ちに気を付けろ!」

「きやがったな、化け物どもめ……!」

「灯りを絶やすなよ! 数はそう多くない! ここが踏ん張りどころだ!」

 

 内外問わず湧き出でる、影、影、影……

 

「フェレシーラ! 7班方面、外側から削っていく! ホムラ、後ろを取ってきたヤツを足止めしてくれ! 一撃離脱、無理するなよ!」

「オッケー。これまたわんさかとお出まし――ねっ!」

「ピピィーッ!」


 ごしゃぁ、という戦鎚ウォーハンマーの破砕音に続き、幻獣の爪撃が人型の影を切り裂く。

 北西の陣を押し込み始めていた影人の群れが、背後より崩れゆく。 

 

 まずは外周から複数で攻めかかり前衛を引きつけ、その後、後方より奇襲を仕掛けてくる。

 それが現状での影人どもの進攻パターンであることは、既に見切っていた。


「縛るは視えざるくびき。沈めるは泥土のわだち……」


 その先鋒、陽動を担う影人の更に裏を取るべく、疾駆する。


「起きよ。承けよ。結実せよ――」


 影人を迎え撃つ兵士たちは、各々の手に様々な武器を構えている。

 

 鋭き穂先を備えた長槍ロングスピア

 厚みのある両刃を誇る大戦斧グレートアックス

 がっしりとした柄の先端に、無骨な鉄塊を頂く大金槌モール

 更には、槍・斧・鈎爪の一体化を果たした長大な槍斧ハルバード、等、等、等……

 

「おぉ……あれは!」

「白羽根様に、グリフォンの雛……!」

「遊撃隊だ! こっちにも、遊撃隊が駆けつけてくれたぞ!」

「てことは、もう一人は――」

 

 小回りが利くことから館内用に使用していた長剣ロングソードの類から、リーチと破壊力に秀でた両手武器へと得物を取り変えていた勇士たちが、激戦の合間を縫い、声をあげたその直後。

 

此処ここに遣わし、其処そこに在れ……緩慢なる抱擁よ!」

「グ……ォウ!?」

「オアァ……!」


 俺は両掌により魔法陣を解き放ち、乳白色の深きもやの内に影人どもを捕えていた。

 拘束系神術の代表格、『鈍足化』。

 持続時間を削り、その分だけ範囲を扇状に拡大して放ったそれが、白き沼地の如く異形の魔物を捉える。

 

「足止め、すぐに切れます! 今のうちに皆さんでトドメを!」

「ありがたい……!」

「術法支援、来たぞ! この機を逃すな!」

「よっしゃ、野郎ども! 突っ込めつっこめー!」

「おらおら、ブン回すぜぃ! 巻き添え喰うなよぉ!」


 こちらの要請に応えて、力自慢の猛者たちが藻掻く標的へと、渾身の豪打を見舞ってゆく。

 禄に回避も防御も出来ずにいた影人が、その厚い鱗ごと、その身に超重の一撃を受けて倒れ逝く。

 

「フラム! 内側!」

「任せろ! いくぞ、ホムラ!」

「ピ!」


 フェレシーラの声を受けて、その場を彼女に任せて陣の内側へと踏み込んでゆく。

 既にこちらは外周の影人どもに用はない。

 俺が狙うのは、それらが囮となり本懐を果たすべく現れる、敵の本命。


「で、でたぞ! 巨人型だ! 皆、気をつけ……うわあぁぁ!」


 警戒の任にあたっていた年若い兵士が警告の声を発するも、突如伸びてきた巨大な手により、身に付けていた軽鎧《ライトアーマ―》ごと鷲掴みとされる。

 

「グオォォォォッ!」

「ひっ……!」

 

 巨大な影の咆哮が戦場を揺るがす。

 一度は引き寄せた形勢が、その一吠えでご破算と成りかけるも――


「シィッ!」


 一息に吹き散らした呼気と共に、俺はアンダースローの要領で蒼き刃を投げ放っていた。

 狙いは目の前に出現していた、巨大な影人の右目。

 僅かに逸れた刀身が、蜥蜴のそれに似た瞬膜、影人の瞼を切り裂く。

 

「ギ……ッ!?」


 反射的に右目を閉じたまま、影人がこちらに向き直る。

 一回こっきりの投擲攻撃が、敵の視界を奪い切れずに終わる。

 だが、元々安定性がない上に、全力疾走中故に精度は望めないことなど織り込み済みだ。


「グルゥゥゥ……ッ」


 故に俺の真の狙いは、影人の標的を手中の兵士からこちらに移すことであり……背後より迫っていた上空からの連携を、気取らせぬ為にあった。

 

「ピイィ!」 

「ギャゥ!?」


 夜天を引き裂き舞い降りた爪撃が、眼下を見下ろしていた影人の左目を切り裂き、続く嘴の連突が右目を抉る。

 

「ナイスだ、ホムラ! んでもって、後は任せろ!」

「ピ!」 

 

 完全に視界を潰された影人を前にして、俺は左の手甲に意識を集中させる。

 そこに在るのは、『分析』の霊銀盤。

 その術効を得る為に、藻掻く標的へと詰め寄る。

 

 視覚を失ったことにより今は混乱している影人だが、その回復が見込めないと理解すれば、所構わずに大暴れし始めて、触れる物全てを薙ぎ倒しにかかるだろう。

 そうなれば、この場を担当する班が受ける被害は甚大なものとなり……そこに更なる影人の奇襲があれば、最早立て直すことも不可能となる。

 

 迷っている暇も、大技を放つ為の時間もなかった。

 

「それなら!」

 

 一声、己を鼓舞する為に叫び、両脚にアトマを籠めてその場へと屈み込む、

 撓めた力を炸裂させて宙に舞う。

 すると、地面にへたり込みこちらを見上げてくる兵士の姿が、一瞬視界へと収まった。

 

 どうやら無事に影人の手から逃れることが出来たらしい。

 ならば、第一目標は達成となる。

 そして残るはもう一つ。

 

「よっ――とぉ!」 

「グゥ……!?」

 

 身じろぎする標的の腕から肩へ、そして首筋に辿り着き、そこに左手をあてがう。

 皮膚を伝わってきた感触から、外敵の気配を感じ取ったのだろう。

 影人の手が、こちらを握りつぶそうと迫ってくる。


 直下には、瞳を大きく見開いた兵士の姿。

 

「あ、あぶな――」


 バヂィ!

 

「……へ?」 


 ちょっぴり間の抜けた兵士の声に合わせるようにして、直立した影が音もなく崩壊し始める。

 支えを失ったこちらの体が、自ずと落下を開始する。

 

 両の掌に残るのは、ビリビリとした痺れを伴う衝撃の余韻。

 それに確かな手応えを感じつつも、俺は影人が溶け消えた大地への着陸を果たしていた。


 取り敢えずは、なんとか成功といったところだが……

 

「そこの兵士の方、怪我があれば治療を受けてください。動けるなら、再度警戒をお願いします。貴方のお陰で被害はありませんでした。だけど、次は自分の身も守ってください」 

「え、あ――は、はい! はいっ! この命にかえても!」

「いやいや……命に代えたら駄目ですからね?」

「ピィ」


 立て続けに起きた出来事による、ショックが少し大きかったのだろうか。

 目の前にいた兵士は、こちらの要望にガクガクと勢いよく首を縦に振りながら、敬礼をおこなってきた。

 

 その様子についつい苦笑してしまいながらも、俺は蒼鉄の短剣を拾い上げて辺りを見回す。

 どうやら後ろを取りにきた影人は、俺が仕留めた一匹だけだったようだ。

 辺りにいるのは、互いに何事か言葉を交わし合う兵士たちのみ。

 

 そこには前線で戦っていたと思しき者の姿まである。

 おそらくは『鈍足化』で捕えた影人を殲滅し終えて、後方に出現した巨人型を倒しにかけつけてきてくれた猛者たちなのだろうが……


 そこに、カツカツとブーツが地を踏み鳴らす音が響いてきた。

 

「あら。今度は一人で片付けちゃったのね」

「フェレシーラ……そっちは?」


 ざわめく兵士の山を左右に開き、姿を現したのは我らが白羽根の聖女、フェレシーラ・シェットフレンさん。

 彼女は辺りを一瞥して被害状況を確認し終えると、こちらに向けて話しかけてきた。


「御覧の通り、一匹残らず叩き潰してきたところよ。それで……今のが例のアレ?」 

「だな。ちょっとデカブツ相手は『構成』が違うから、ぶっつけ本番でアレンジする形になったけど。なんとかかんとか、ってヤツだな」 

「ふぅん……そこらの話もじっくり聞きたいところだけど。次は4班、南東側よ。急ぎましょう」

「マジか。見た目に反して人使いが荒いな、あの領主様……!」 

「文句が出るのはわかるけど。人死にを減らしたいなら、急いだ急いだ! ほら、走る走る!」

「ちょ、背中叩くなって! 前線で足止めて戦ってるそっちと違って、こっちはずっと走りまくってるんだぞ!?」

「ぶつくさいわなーい。ちゃんと『体力付与』してあげるから。そらそら、ダッシュ!」

「くっそー……お前、覚えてろよな!」


 戦場にて唐突に始まった、追いかけっこの如き行軍に、陣が割れてゆく。

 既に数えて三度目となっていた影人の攻勢を、何とか凌ぎ切り――

 

「ピピィ♪」

 

 高らかに響く歓声を背に、即席の遊撃隊は進発を再開していた。

 


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