342. カウンター・ミッション
「おいおい」
「あっはっは。これはまた、物凄い予測が飛び出てきたね」
「師匠!?」
「影人の狙いが、フラム殿たちにあるですと……!?」
「ククッ……ここでそう来るか」
ハンサが、セレンが、パトリースが、ドルメが、ワーレン卿が。
俺がエキュムへと叩きつけた推測と要求を耳にして、指揮所にて戦地図を囲んでいた面々が、それぞれ異なる反応を示してきた。
「ほぅ。前回の影人も含めて、ですか。そういえば君は以前にも、影人と出くわしていたような口振りでしたね」
「ええ。『隠者の森』で戦いました」
エキュムから問いに俺は頷く。
そのやり取りを隣で眺めていたフェレシーラが、「ふぅ……」と溜息をついてから、口を開いてきた。
「その件に関しては、聖伐教団が受けた依頼も関わるので。私から話をさせてもらいます」
「ですよねぇ。では、お願いしましょう。ハンサくん、そして他の皆も。ここから先の内容は、他言無用ということで頼みますよ」
ここでフェレシーラが出てくるのは想定済み、といった様子でエキュムが周囲の人々にお願いという名の釘を刺してゆく。
「御意。どうやら方針の変更も必要そうですな」
「仰せのままに、領主殿。まったく、怖いもの知らずにも程があるね」
「正直、まったく話が見えて来ませんけど……まずは聞かせてもらいますね。フェレシーラ様」
「こちらは内容次第といったところですが。右に同じく」
「我、承知。本来ならば主ウィルマの耳に入れておきたい話になりそうだが……フラム氏には、代理戦で見逃してもらっていたことだしな」
ハンサを筆頭に、皆がエキュムに応じる。
だがその返答は様々で、こちらに向けてくる視線も同様だ。
しかしそれも仕方のないことだろう。
なにせ俺は、『いざ出陣』というタイミングで、影人への対応方針を根本から揺るがす話を切り出したのだ。
もっともこちらに言わせてもらえば、先に人の覚悟を探りにきたエキュムが悪いという、断言出来るのだが。
まあ、どの道どこかで切り出しておくべき話ではあったし、それが皆の為には早いほど良かったのも事実だろう。
それよりも、問題なのは……
「悪い、フェレシーラ。売り言葉に買い言葉みたいな感じになった」
「ん?」
確認もせずに話を進めてしまったことに対してこちらが声をかけると、意外なことに、彼女は「なんの話?」とばかりに小首を傾げてきた。
だが、それも一瞬のこと。
どうやらこちらの意図をすぐに察したらしく、
「ああ……そういうことね。気にしないで。正直、私もさっきのエキュム様の言葉には、カチンと来てたから」
彼女はそう言うと、「いまの溜息は、覚悟を決めただけよ」とそっと耳打ちをしてきた。
それを受けて、俺は半歩だけ後ろへと下がる。
これからフェレシーラが行う説明を邪魔しない為だが……ついつい、指で頭を掻いてしまうのもまた、仕方のないことだろう。
「ピィ♪」
そんな俺に倣ったのか、ホムラがこちらの肩に飛び乗ってきた。
矢鱈と機嫌が良さそうに髪をツンツンとしてくるのは、俺の内心を知ってのことかもしれない。
「では、簡潔に。私たちが『隠者の森』で影人を撃破した際のお話をさせていただきます」
声量は抑えつつ、事務的な口調となりながらも……
凛とした中高音の美声を指揮所に響かせたフェレシーラへと向けて、その場に居合わせた全員が頷いた。
「フラム殿に似た影人と、グリフォンのアトマを奪った影人ですか。なるほどですね」
要所要所を掻い摘んでの、フェレシーラからの説明。
それを受けて、エキュムが普段通りの平静な口調で納得する様子を示してきた。
しかしその瞳には驚嘆の色が混ざっており、口角も僅かながらにあがってしまっている。
「ふむ。何故に影人などの討伐依頼を、教官ほどの人がと疑問ではありましたが……」
「ああ、これで合点がいったね。それで君たちを狙っている、という判断に至ったわけか」
「そんなことがあったんですね……うぅ、やだなぁ、自分そっくりの魔物とか……」
「シュクサ村の件ですか。ここに来る前に目を通しておいた資料には、謎の魔物の調査討伐とだけ記載されてましたが……大教殿には報告が上がっていない話でしたな」
「因果因縁、宿命宿業。二度あることは三度ある、か……クク」
シュクサ村からの依頼と受理に始まり……
森の中での、俺との邂逅。
そこから二人での、謎の魔物の調査討伐開始。
影人との遭遇と激戦。
そしてホムラとの出会いからの、旅立ちまでと。
フェレシーラが明かした話の内容は、俺たちと影人に関する過去だった。
それに対する皆のリアクションは様々で、それなりに動揺も見せていたり、好奇の視線を向けてきていたりする。
何故か主に俺に向けて、だったりするのだが。
まあそれはともかくとして……当然ながらこの話、伏せられた部分も多い。
不定術を扱う為の霊銀盤の貸与。
黒衣の術士バーゼルの介入。
霊銀の鉱床の存在。
そして出会って即座に、俺に向けて戦鎚でアッパーカットを放ってきたこと。
更には必死こいて逃げ出したボクを変化版の『鈍足化』で大転倒させた上に、背後からブン殴る気満々だったことも。
というかそこは話していいんですよ、フェレシーラさん?
あとなにげに村長屋敷の離れでのお風呂場の件とその前後、そして霊銀の鉱床でのやり取りもオールカットされてました。
ちなみにハンサさんは今もオールバックです。
はい。
ちょっと色々急展開過ぎて、現実逃避しているわけですが。
ぶっちゃけそこはエキュムの言い様に反感を抱き、事の発端を引き起こした俺が悪い。
更に言えば、そこをフェレシーラが庇ってくれていたことも……
いや。
これはちょっと違うな。
そういやこういうの、前にもなんかあった気がする。
それこそ、俺があの村で初めて彼女の前で、風呂釜を沸かしたときに――
「ま、細かい部分まで詮索するのは止めておきましょう。こちらも白羽根殿の不興を買いたくはありませんからね。都合二度、君たちは影人の群れと戦っていて……それ故に影人の狙いは君たちであるかもしれない、という事だけ織り込んでおくとしましょう」
記憶を振り返る最中、エキュムが話を纏めにかかってきた。
考え事に没頭しすぎていたせいか、少し会話が飛んでしまった感がある。
気持ちを切り替えて、俺はフェレシーラが紡ぐ言葉に集中した。
「エキュム様にそう言っていただけると、こちらとしても助かります。あとはよろしければ、此度の戦いの影人の標的予測に……御身に加えて、私たちも含めて考えていただければ幸いです」
「はっはっは。良いでしょう……そういう事であれば、私からも指示を」
影人の狙いが領主にのみあると考えるのは、あまりに浅慮であり、戦局そのものに響きかねない。
そんな軽挙妄動は、多くの人々の命を預かる、人の上に立つ者として到底赦されはしない。
「それでは、折角貴重な判断材料が出来たことですし……」
言外にそう言い放つフェレシーラからは、視線をスルリと外して――
「ここは一つ、フラムくん達には囮役となってもらいましょう。可能な限り被害を抑えつつ、この戦いを早期に終息させる為にね」
ニヤリとした笑みをこちらへと向けつつ、ミストピアの領主はそんな指示を飛ばしてきたのだった。