表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

359/423

341. 切り返し

 第二監視塔の最上部に設けられた指揮所。

 その部屋の中心に置かれた正方形のテーブルを、皆が囲んでいた。


「遅くなりました、ハンサ副従士長。こちら見回りの結果、特に異常はありませんでした」

「来たか」


 そこにフェレシーラと並び入室を行うと、エキュムの正面に立ったハンサが声をかけてきた。


「歩哨の任、ご苦労……と、お前にいうのも可笑しいか。話は色々と聞いている。館内の兵を纏めての合流指示、負傷者の治療。フラム殿には助けられてばかりだな」

「いえ。こういう時ですので、少しでも神殿で助けて頂いた恩が返せれば。あと……出来れば、これまで通りフラムでお願いします」

「了解した、フラム」


 ハンサが頷くと、セレンとパトリース、ドルメとワーレンら他の面々も、こちらに向けて手短に労いの言葉を口にしてきた。

 雰囲気から察するに、どうやら影人対策に向けての会議も一段落していたらしい。 


 テーブルの上に広げられた地図は、この迎賓館周辺を記したものだろう。

 ミストピアの街へと繋がる経路には太い線が引かれており、その途中、館にかなり近い部分に赤い×マークが複数記されている。


 防衛用の戦地図。

 ホムラと共にそれを覗き込んでいると、フェレシーラが横に並んできた。

 

「それで……状況はどうなっているのかしら? ハンサ副従士長」

「厳しいですね。セレン殿の『伝達』、街に走らせた兵。どちらも反応がありません。物見台から街に『照明』で救援要請の信号を出してはいますが、それでどの程度の速さと規模で援軍が出てくるかは、なんとも」

「術法的にも物理的にも妨害されている、ってことね。エキュム様たちを脱出させる手筈は進んでいるの?」

「そちらは滞りなく。この時間なので馬は使えませんが、街道・裏道共に熟知した者を集めています」

「オーケー。手慣れたものね。ガドム様がこの場にいないのが残念よ。いたら貴方のこと、皆に自慢してたでしょうに」

「御冗談を。親父殿がいれば真っ先に防壁の外に飛び出していってますよ。おそらくきっとほぼ確実に俺と兵士たちを引き摺って」


 ハンサとのやり取りで、簡単に状況は掴めたが……

 御冗談を、といいつつ目がまったく笑っていない辺り、彼の親父殿とやらの破天荒ぶりが伝わってくる。

 

 これまで聞き齧った話から察するに、領主エキュムの一の臣下、という感じのようだが、相当な猛将というか、ヤベー御仁な気がしてならない。

 

「話が逸れましたな。まずは、確認を兼ねてお浚いを」 

 

 言いながら、ハンサが戦地図の脇に置かれていた駒を手に取った。

 駒の種類は、白・青・赤の三種類。


「現在、影人の進攻は収まっています。それに合わせて館内の兵の合流を完了。60人ほどが戦える状態です。独立して指揮を出来る者が少ないこともあり、この第二監視塔に集結させています」


 最も数の多い白い駒は守備兵。

 それが監視塔の近辺、中庭側に向けて三段構えで扇状に配されてゆく。

 

「ま、この配置は布陣とは言えませんので。体勢が落ち着いたら、中庭に陣取る形に移行します。なにせ敵は防壁ごとこの監視塔を落としに来かねない。もし移行前にそうなれば、速やかな退避を」

「わかりました」

「それが懸命ね」


 主にこちらに対しての説明であったこともあり、俺とフェレシーラは揃ってハンサに対して返事に及ぶ。

 暇を持て余したホムラが駒を咥えようとしているので、そこは抱きかかえての絶対阻止だ。


 お願いですからジタバタしないでくれませんかね、ホムラさん……! 

 

「俺も実際にこの眼で見ましたが……やはり警戒すべきは、相手が神出鬼没であるということですね。閉所に籠るのは悪手。開けた場所で受けるか、統率者がいるのであれば、それを叩いて元を断つか」

 

 次に多い駒は、青。

 一旦は白い駒を中庭で方陣を組ませてから、それを方陣の中央と、防壁の正門の二箇所に分けて配置する。


「相手の増援も、こちらの救援も不透明な状態。守ってばかりというわけにもいかない。少数で影人に対応出来る者で手分けして、索敵からの撃破に動くことで盤面を動かしてゆく。ここまでに、質問は?」

「攻めのプレッシャーをかけて、守るってことですね。上手く影人を操っている者の喉元に迫ることが出来れば、相手は攻め入る指示を与えるどころではなくなるので」

「そうね。今は多分、ティオがその動きを担っているとはおもうけど。案外、攻めが途絶えたのもあの子が先攻した結果かもしれないし」

「そこは何とも言えませんが……無事であることを祈るのみです」

 

 そう言ってくたハンサの表情に動きはない。

 うん、まあ……ですよね。

 

 はっきり言ってこの状況。

 指揮に当たる者としては、少しでも多くの戦力が欲しいところだろう。

 そんな中、ティオはエキュムに一言挨拶をしただけで、単独行動を開始してしまっている。

 

 おそらくは『白羽根神殿従士』に匹敵するであろう、『青蛇神官』が独断専行に走ったことで、ハンサの計算は大きく狂ってしまった筈だ。

 

「そもそも彼女は、ミストピア領所属というわけでも、交友がある間柄でもないですからね。戦闘に加わってくれるだけでも、御の字という奴です」

 

 青い駒を一つ、防壁の外に置きつつ彼は言う。

 

「どの道、普通の相手ではないことに変わりはありませんので。通常の戦のセオリーに固執するのは危険です。早めに行動を開始して、後は臨機応変にという形で話は済んでいます」


 最後に赤い駒、つまりはミストピアの領主エキュムを陣の中央に据えて、ハンサが話を締めくくった。


 指揮官としてのハンサの判断・戦略は、正鵠を射たものだった。

 取捨選択を繰り返してゆくことで、主君を守りきる。

 純粋に、その目的を果たす為のものだった。

 

 それを成す手立てを周囲の者に明確に提示して、率いてゆく。

 指揮官としてのその命を受けて、皆が行動を開始する。

 

「ちょっといいですかね、ハンサくん」


 そこに、声が飛んできた。

 エキュムだ。

 ハンサの目の前で、これまで一切口を開かずに泰然と構えていたミストピアの領主が、微笑みと共に挙手を行ってきていた。


「無論です。ですが、出来れば手短に願います」

「それはもう。と、いう事で早速なのですが……フラムくんにお話が」

「え――」


 不意に話を振られて、思わず声が出てしまった。

 しかしここでまごついていては、全体の動きに響いてしまう。

 

「……なんでしょうか、領主様」

 

 居ずまいを正して、俺は返事を行った。

 それを見て、エキュムが問うてきた。

 

「うん。君はいま、我がミストピアの神殿に借りがあるから、と言ってくれましたが……それは君が、命を張るほどのものか、どうか。確認をしておこうと思いましてね」

「それは……」


 問われて、俺は固まってしまった。

 

「はっきり言うと、この戦いでは皆、命を落とす危険性が非常に高い。しかしそれも、仕えた主を守る為に戦う、属した組織の為に動く……守るべきものがあれば、然りでしょう」

「それは……俺が土壇場になって、命惜しさに逃げ出しかねない、と言っているんですか? それとも俺には何も――」

「ちょっと……貴方ね!」

「控えろ、フラム。エキュム様も、教官も。このような時におやめ下さい」


 周囲にいた者たちの間に、緊張が走るのがわかった。

 エキュムは動じない。

 

 しかしまあ、それもそうだろうとも思う。

 この状況で、流れでついてきた俺がギリギリまで命を賭けるかと考えれば、それはノーだと彼には思えるだろう。

 

 そしてその判断が正しければ、俺という人間は戦力の軸としては当てに出来ない。

 青い駒の内の一つに、俺を振り分けることは出来ない、というわけだ。

 

 正直言って、カチンときた。

 俺は俺なりに、死力を尽くしてここにいる。

 その姿を彼は見たわけではない。

 兵士たちの口から伝え聞いてはいるだろうが……それを踏まえて、こちらを一つの駒として数えてもいいのかを試している、といったところだろう。

 

 ふと、思った。

 いまハンサが示した方針・作戦について、頭の片隅を過ぎったことに関して、俺は考えを巡らせた。

 

「その質問に答える代わりに。俺からも、一つ要望があります」

 

 もう一度姿勢を正して挙手を行うと、指揮所にいた者すべての視線がこちらに注がれてきた。

 が、エキュムを覗いて動くことは誰にも出来ない。


 それはフェレシーラにしても、同様だった。

 

「ふむ……聞きましょうか。フラム・アルバレット」

「ありがとうございます。では、失礼します」

 

 エキュムの赦しを受けて、こちらは間を空けず言葉を続ける。

 

「今回の影人の狙いは……いえ、前回の影人(・・・・・)も含めて。フラム・アルバレット、フェレシーラ・シェットフレン、グリフォンのホムラ」

 

 一人一人、はっきりとその名を口に上らせて――


「この三名の内の誰か。もしくはその全員が、影人を操る者の狙いであると俺は考えています。だから俺は……他の誰の為でもなく、俺たちの為に戦うつもりです。そのことを念頭において、采配をお願い致します」

 

 一切の迷いを捨て去り、俺はミストピアの領主、エキュム・スルスへと向けて言い切っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ