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340. 指揮所へ

 巨大な篝火がバチンと爆ぜて、深き闇夜に無数の火の粉が舞いあがる。


「へぇ……戦いはこれからが本番、ね。あのワーレン卿がいうと説得力があるわね」

「うん? あのワーレン卿が、って。もしかしてフェレシーラの知り合いなのか? あの人って」


 ちいさき焔の欠片が防壁の内外へと飛散しては消え、消えてはまた降り注ぐ中。

 俺はフェレシーラと共にホムラを連れて、歩哨の真似事に臨んでいた。

 

「直接の知り合いではないわね。でも結構な有名人だから、知ってる人は知ってるって感じよ。レゼノーヴァ公国南部、アグニファ地方を治める大領主……『公国の瞳』ウィルマ・パーラ・アグニファの懐刀。『七毒牙しちどくが』のワーレン・ワレンスティの名前はね」

「うぉ……『七毒牙しちどくが』、と来たか。また物騒な渾名だけど。そういやあの人、代理戦でもなんかヤバげな短刀投げてきてたもんな」

「そそ。かく言う私も、あれ見て思い出したんだけどね。たしかいま、二級だったかしら。神殿従士の中でも超実戦派。ラ・ギオからの流れてきた野盗やそいつらが操る魔物の討伐で名を揚げていてね。公国が成立して間もない頃の、国境線での軍の衝突で頭角を現してウィルマ様に登用されたって話」

「なる。それで今回のは単なる魔物の襲撃でなく、いくさだって言ってきたわけか」


 期せずして知る運びとなった、我さんことワーレン卿の過去。

 そして彼が警告してきた、『戦いはこれからが本番であり、佳境。お前にとっての正念場』という、一種予言めいた警告。

 

「それで貴方、難しい顔して参ったなんて言ってたのね」

「ああ。最初はこういう大きな戦いに慣れてない俺に、気を緩めるなよ、って意味で言ってきたのかと思ってたんだけど。ちょっと影人についてアレコレ考えていたら、気になっちゃってさ」

「そこに今の話で、信憑性が高まっちゃったと。ごめんなさいね」

「いや、そこはいいよ。というかお前だって気にはしてるんだろ。今回の影人の襲撃についてさ」

「そうねぇ……」


 歴戦の勇士が告げた勘。

 フェレシーラに限って、それを無視することなどありえない。

 そう思い目の前の少女に問いかけるも、意外なことにそれは瞬考で終えられた。

 

「まずはフラムの意見を聞かせて頂戴。その上で話を纏めて、場合によってはエキュム様に報告をしておきたいから」

「あー……やっぱ、そういう流れになるよな」 

「そうね。貴方が参っちゃう気持ちもわかるけど。こういう情報は集めるだけ集めて、上に判断してもらうのが一番楽……じゃなくて、妥当だもの」

「なんかいま、バッチリ本音が出ていた気ような気がするんだが……そういうことなら、一通り失礼するかな」


 場合によっては領主であるエキュムに報告が行われる。

 そうなれば、こちらの判断・私見が今後の迎賓館の守りに……ここにいる兵士たち全員に影響を与えることだろう。

 

 今回の戦いで俺がフェレシーラと共に遊撃として動く前に、『全体としてどう動くべきか』を問い、それに対する答えを方針として採り上げたエキュムであれば、その可能性は十分にあった。


 それを念頭に置きつつ、俺はフェレシーラに向けて語り始めた。 


「影人は秘術生命体、魔法生物って呼ばれる魔物の一種。これはもう、間違いない。個人レベルではあるけど、それを裏付けるデータもかなり集まった」

「そうね。戦闘中に『分析』で調べ続けていた貴方がそう判断したのであれば、確定したと言えるでしょうね」

「ああ。アトマを原動力として動き、限界を超えたダメージを負えば跡形もなく消える。サイズ差の小さい個体はどれも同じ外見と能力を有している。ここに関しては、『隠者の森』で戦ったモノと同じだ」


 指折りその特徴を数えつつ、俺は続ける。 

 ここまでは影人に関する共通事項、といった具合だ。

 となれば、ここから注目するのは両者の違い。

 相違点というヤツだ。

 

「そんでもって、前回と今回の明らかな差は二つ。一つは総じて爬虫類のような……一部の文献にある『龍』と似た外見を備えている。全身は鱗に覆われていて、長い口顎と鯰みたいな髭。長い二本角に尻尾持ち。前回のヤツと被るのは、爪ぐらいのもんだな」


 ここでいう龍とは、レゼノーヴァ公国の南西、海を越えた先に在る大陸に棲まうとされる生き物だ。

 ランスリィ神皇国の支配域であるそこは、聞くところによるとその陸地の殆どが高き断崖に囲まれており、ごく限られた地域からしか他国とのやり取りを行わない……らしい。

 

 長くなるので割愛するが、ランスリィには他の大陸、国々では見かけない動植物がわんさかと存在しているとのことで、龍という生き物もその中の一種だとされている。

 

 あまりに謎が多すぎて、ここ中央大陸には外見だけが書物で伝わってきていると、いう具合だ。

 なので、どのような生態や能力を秘めているのかは謎に包まれている。

 一説によれば、翼がなくとも空を飛べるのだとか、滑るように水上を進み大河を遡上するのだとか、土地のアトマを喰らって成長するのだとか……

 

 とまあ、語り出したらやっぱり限がないので、龍に関してはここまでにしておくとして。

 

「もう一つの違いは……多分、今度の影人は襲った相手からアトマを奪っての変異は出来ないタイプだな。少なくとも、兵士を襲ってダメージを回復してるケースはみかけなかった」

「ふむ。たしかにそうみたいね。大型巨人タイプが爪と尻尾がなかったけど、それも同サイズの奴はどれも同じ外見だったし……」

「うん、それも基本は『同じ構造』だった。なんていうかな……『隠者の森』で出くわしたのが、未完成品、急ごしらえの『斥候』みたいなモノだと仮定するとさ」


 フェレシーラの指摘に同意を示しつつ、そこで一旦言葉を区切る。

 

 突如押し寄せてきた影人の大群。

 神出鬼没にて影の如き体色は、闇夜に乗じるにはあまりにも噛み合い過ぎている(・・・・・・・・・)

 そして何より、前回のものより明らかに……強い。

 

 つまり、それらの情報を撚り合わせて考えてみると、今度の影人は――

 

「一つの完成品にして、量産品。戦争向けの『兵士』って印象かな。今度の影人はさ」 

「なのよねぇ……やっぱり、フラムもそう思うか」


 二人揃って仲良く、そういう結論に相成ってしまう。

 しかしそれだけならばこの戦い、そこまで悲観することもないと言える。

 

 如何に強化されているとはいえ、影人がアトマを元に活動する存在なのであれば、流石に物量的な限界があって然りだ。

 無論その物量をこちらが把握することは出来ない。

 

 出来ないが、それでも絶望的ではないという推測が立つ。

 その根拠は単純だ。

 単純に、それほどの影人が、戦力が存在しているのならば、一気にそれを投入してこちらを叩き潰しにきて然り、だからだ。

 

 よく『戦力の逐次投入なぞ愚の骨頂』という言葉を聞いたりもするが、影人の場合は正しくそれが当て嵌まる。

 神出鬼没な影人であれば、攻めるべきポイントに数を只管集めるだけで事が済むからだ。

 

 影人がどの程度の距離を一気に移動出来るかは不明とはいえ、少なくともこの広い迎賓館の敷地内を短時間で行き来可能であることは判明している。 

 なので、更に突き詰めるのであれば……

 

「ぶっちゃけた話さ。領主様の命を狙うのなら……ミストピアをどうこうしようって腹積もりなら、最初の段階で終わってるよな。あの大型巨人タイプのを数体、迎賓館のど真ん中に出現させれば、それで館は簡単に崩壊してるだろうしさ

「……まったくもって、貴方の言うとおりね」


 影人は魔法生物。

 恐らくは何者かに術法によって産み出され、使役される存在だ。

 そしてその影人は、明らかに戦いの為に調整されている。

 

 故に影人自体に明確な自我や知能は、そう必要とされていないのだろう。

 主の命に忠実な、物言わぬ僕。

 それが今回、俺たちの前に現れた影人だ。 

 

「どこかに、影人を操っている奴がいる。それも確定ね」

「ああ。出来ればそこも『分析』で読み取れたら良かったんだけどな。影人を構成している術法式がかなり特殊でさ。バラすことは出来ても、細かく調べるってなると難しそうだ」

「ううん。状況が状況だもの。それだけわかれば十分よ。ありがとう」


 そこまで言って、彼女はこちらを労いように微笑みをみせてきた。

 するりと、ホムラが足元を抜けてゆく。

 フェレシーラがそれを追い、防壁の通路を進んでゆく。


「いきましょう、フラム」

 

 その先にはあるのは第二監視塔の中枢部、皆が集う指揮所。


「影人を操る者の目的。その狙いがなんであるのか。それを知る方法はなくとも、襲撃の首謀者が何処にいるかを掴めれさえすれば……防戦一方のこの状況を覆すことが出来る。貴方だって、そう考えてるんでしょう?」

「……だな」 

 

 フェレシーラの言葉は、真理だった。

 影人を操る者がいたとしても、その狙いを知るすべはない。

 

 だが、推測は立つ。

 他の者であればいざ知らず、俺とフェレシーラであれば……

 都合二度目となる影人との戦いの場に出くわしてしまった俺たちであればこそ、ある推測が立ってしまう。

 

「フェレシーラ」

「今は必要なことだけを考えて。たしかな情報のみを届けるのが先決よ。背中、預けるって言ったでしょ」


 先を行く彼女に、無言で頷いてみせる。 

 ここからが正念場。

 ただその言葉のみを胸に刻みつけて、尚も篝火が燃え爆ぜる中……


 俺は再び、少女と共に歩み始めていた。



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