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339. 束の間の休息

「参ったな……」


 中庭と監視塔を繋ぐ大階段をホムラと共に登り切り、俺は防壁の上より呟く。

 するとそこに、声がやってきた。

 

「あら。何に参っているのかしら? 野戦病院、期待の新人ルーキーさんは」


 振り向けばそこにいたのは、フェレシーラ。

 彼女は先ほど、ここ第二監視塔の最上部に置かれた指揮所での話し合いに向かっていたはずだが……


「茶化すなよ、フェレシーラ。怪我人の手当なら、俺は重傷者は看れなかったろ」

「そうねぇ。でも、貴方に感謝して後から名前を聞いてくる人は多かったもの。見かけない顔だから、気になったっていうのはあるでしょうけど」

「それをいったら、パトリースとか引っ張りだこだったぞ。てーかお前、作戦会議はいいのかよ。ここからどう影人に対応するか、決めてゆくところだったんだろ」

「ん? それなら断りを入れて抜けてきたけど」

「マジか。よくオーケーが出たな……」


 手摺つきの壁に小盾ラウンド・シールドを立てかけて、右手には戦鎚ウォーハンマーを携えた彼女がこちらの横に並んできた。


 防壁の上にある通路の幅は広く、武装した大人が4人ほど並んで歩いても尚余裕があるほどだ。 

 転落防止用の壁も高さ1mを超えており、所々、狙撃用の覗き穴を備えた2mほどの壁で囲まれた射撃台も設置されている。


 迎賓館を取り囲む、堅牢なる防壁。

 その四隅に配された巨大な監視塔は、有事には指揮所として機能する。

 

 ここ第二監視塔は、影人の襲撃を受けた際に最も激しい攻防が繰り広げられた場所であり、今現在、その攻勢を跳ね返したことにより、多数の将兵が集う防衛の要と化していた。

 

 そんな中、個人であっても攻防の軸となるフェレシーラは、作戦会議の場に召集されていた筈だったのだが……


「あっちはエキュム様にハンサにセレンにで十分だったし。『敵襲があればすぐに対応できるよう、フラムと一緒に歩哨にまわります』って言ったら、あっさり許可が降りちゃった」

「降りちゃったって、またそんな……あ、いや。影人が相手だと、即応できる人間が巡回するのはありか。てことは、これから辺りを歩いて回るのか?」

「んー。それもいいけど。ここから周りを監視しておけば、何かあってもすぐに気付いて駆けつけられるんじゃない? それに、ちょっと歩き疲れたし」

「へぇ……お前でもそんなことあるんだな」


 体力お化けなフェレシーラでも、流石に連戦続きでここまでやってきたのは少々堪えたらしい。

 結局は手にしていた戦鎚ウォーハンマーも足元に置き、手摺の上に肘をついてきた少女へと向けて、俺は素直な感想を口にした。


「むぅ……なによその言い方。いっておきますけど9割方は、いきなり敵陣のど真ん中に飛び込むなんて無茶苦茶な真似してくれた、誰かさんの所為なんですけど? ねー、ホムラ」 

「キュピ? ピピピピピ……ピピー!」

「う……! あ、あれはだな……その、館の中から打って出た戦力だけじゃ、上手くここの戦力と挟撃できないかなー、って思ってのことで……!」 

「わーかーりーまーすーけーどぉ」


 ホムラと共に繰り出してきたカウンターに圧されつつも抗弁すると、彼女は拗ねたような面持ちとなり言葉を続けてきた。


「どうせ貴方のことだから、自分が楔になるよう立ち回るつもりだったんでしょ? それはわかる。フラムでなく、私があの場にいたら……きっと同じことをしたもの。そこはわかるのよ。でも引き際を見失っては駄目」

「それは……」


 ホムラのサポートがあれば、あの場から撤退することは可能だった。

 そう言い返しかけて、俺は口を噤んでいた。

 

「たしかに、お前のいうとおりだ。独力で離脱しきれない状況に追い込まれるのは避けるべきだった。ホムラが敵にやられている可能性もあったわけだし……俺の判断ミスだったよ。それにホムラの判断が正しかった。結果的に、フェレシーラを連れてきてくれたお陰で敵の中核を叩けたわけだし」

「そうね」


 ホムラのことに話が及んだからだろうか。

 フェレシーラはこちらの言葉に同意を示すと、自身と俺の間をうろちょろとしていたホムラをそっと両手で抱き上げた。


「よくあの状況で夜目が利くものだと感心したけど。むしろ褒めるべきは、この子の機転の良さだったのかも。フラムの狙いを理解していたからこそ、逃げるよりも倒すことを念頭において動いてくれたのかもしれないわね」

「ピ」 

「だな」


 ここ最近の、ホムラの成長速度には目を見張るものがあったが、それにしても今日の彼女の活躍ぶりは並ではなかった。

 

 迎賓館内での、多対多の戦いぶり。

 俺に監視塔を狙う影人の群れへの突入するを成功させた、飛翔能力。

 

 そして突如こちらを包囲してきた影人どもを撃滅すべくして、フェレシーラを連れて俺の元へと舞い戻ってくるという、その判断力。

 

 全てにおいて、卓抜した動きを見せていたと言っても過言ではないだろう。

 

「もしかしたら今日の戦いの敢闘賞は、この子にこそ相応しいのかもね」

「ピ? グルゥゥ……ピピッ♪」 

「いやいや……そりゃ流石に言い過ぎだろ。これだけの人が死力を尽くしてるんだ。あんまり褒め過ぎても調子に乗ってやらかすぞ」

「あら、厳しいじゃない。もしかしなくても、妬いてるの? 随分とホムラにお世話になっていたくせして」

「それとこれは別だろ。いいか、こういう時こそしっかりと躾けておいてやら――って、いって!? おいこら、ホムラ! 真面目な話してるときに、腕をつつくなっ! お前の嘴、最近ちょっと尖り始めてて洒落になら――あでででっ!?」 


 なんて場面もありつつも。

 

「それにしても、あのダイビングアタックは凄かったよなぁ。俺もあれぐらいの破壊力がポーンと出せたらいいんだけど」

「なによ突然。もしかして、大型巨人タイプの影人に決めた、私の『浄撃』のことを言ってるの?」

「アレ以外になにがあるって言うんだよ。まあぶっちゃけ、アレに限らず近接攻撃全般って感じはあるけどさ」

「ふぅん?」


 落ち着きを取り戻し始めていた仮設の陣を、防壁の上より眺めながら……俺たちは会話を続けていた。

 

「なあ。アレってもしかして、お前の奥の手の一つだったりするのか?」

 

 人でいうところの正中線に存在する、人体の急所を狙い打っての五連撃。

 その圧倒的破壊力と、舞い落ちる白羽根の姿を思い返しつつも、そんな質問を口にする。


「さあ、どうでしょうね」

「む。そこは濁すなよ。背中を預け合うっていうんなら、ちゃんと手札は晒け出し合っておかないとだぞ」

「そう言われてもねぇ。預け合うといっても、対等なところまでいくにはもっと頑張ってもらわないといけないもの。まだまだ要努力、ってところね」

「ちぇーっ。ホムラには甘いわりに、俺には厳しいでやんの。贔屓だぞ。依怙贔屓」

「拗ねない拗ねない。というか……そもそも使っている武器の差が大きいと思うのだけど。流石に戦鎚ウォーハンマー短剣ダガーとじゃ、特性からして違い過ぎるもの。模擬戦でハンサとも剣でやりあえていたぐらいだし、思い切って長剣ロングソードに代えてみるとか?」

「それも一応、考えてはみたけどさ」


 近接火力の克服。

 そこから扱う得物について話が波及したところで、俺は短剣の柄に手をかけていた。

 

「俺はこれで戦い続けるぞ。コイツ以外を使うつもりはないからな」

「それって……私が貴方に贈った物だから? でもそれ、霊銀盤も故障したままなんでしょう? 愛着を持ってくれるのは嬉しいのだけど……そういうのって、その……どうなのかしら……フラムの場合は、剣と同時でも術法は使えるとおもうし……」


 戦いの場においては、余計な拘りは己の足元を掬いかねない。

 至極単純で、故に疑いようもない事実。

 その指摘を、戦闘のプロフェッショナルであるフェレシーラが、はっきりと口に出来ずにいる。

 

「フェレシーラはさ」

 

 そのことに何ともいえないむず痒さと、嬉しさを同時に覚えつつも……

 俺は手摺の上に片肘を立て、頬杖を突きながら言った。

 

「これは譲れないっていう、拘りってあるだろ?」

「……うん。結構、あると思う」

「うん。塔にいた頃の俺には……マルゼスさんと一緒にいた頃の俺には、そういうのって『一人前の魔術士なる』ってことしかなくてさ」


 言葉の途中、亜麻色の髪が肘にかかってきた。

 そこに微かな重みと温かさを感じつつ、俺は続ける。

 

「正直いって、あの森を出てから……しばらくの間は拘りとか何もなくてさ。ああしないと、こうしないとって、考えることは幾らでもあったけど」 

 

 短剣の柄を握りしめると、肘へとやってきていた重みと温かさが確かなものとなった。

 

「今はお前がくれたコイツで戦い抜きたいよ。つまらない拘りだとしてもさ……」

「馬鹿ね」


 バサリという羽ばたきの音が一つ打たれて、少女がこちらに身を寄せてくる。

 それを片手で抱き寄せて、互いの体を折り重ねながら……

 

 俺たちは、束の間の休息に身を委ねていた。



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