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338. 告げられし予兆

「あ……し、白羽根さま!」


 あちこちで篝火の焚かれた仮設の陣に近づくと、哨戒にあたっていたと思しき兵士の一人が声をあげてきた。


「み、皆! 白羽根さまだ! 白羽根さまが戻られたぞ!」

「おぉ……! おい、ハンサ様に報せを出せ! フェレシーラ様が戻られた!」

 

 一人、また一人とこちらと並び歩いていたフェレシーラの姿を見止めて、兵士たちが集まり始める。

 

「あら、随分と人が増えてるじゃない。どうやら守備兵の大半が合流出来たようね」

「防壁の上を走り回ってる人も多いな。あ……もしかして、他の場所からも防壁を通路にして集まっているのか? 俺たちと館内からの兵士以外、ここに向かってきてる人はみかけなかったし」

「ええ、その通りよ。機動力のあるメンバーで中庭の影人をこの陣に集めて迎撃しながら、防壁の通路を使って伝令を飛ばしていたのだけど……この様子だと、上手くいったみたいね」

「なるほど……辺りには影人もいなかったし、そうなると一度戦力を分配するところだったのかな。さっきから館の方に移動している人も見かけていたし」

「そうね。ここからは巻き返しにかかっていく筈よ。ハンサが立てたプラン通りに事が進んでいるのなら、だけど」


 集う兵士たちには軽く手を振り微笑みで応えつつも、フェレシーラが説明を行ってくる。

 ここに向かう間にも、少し話してはいたのだが……

 

 彼女の見立てによると、これ以降は大規模な影人の侵攻はないか、あったとしても時間を置いてになるだろう、という話だった。

 

「たしかに、館の壁どころか防壁をすり抜けてくる影人に、戦力を出し惜しみするって選択は向いてないもんな。他に魔物がいるなら、突入する為に真っ先に防壁を破壊してるところだろうけど、その様子もないし」

「そういうことね。ところで、このまま私と一緒に負傷者を看てもらいたいのだけど。いまハンサがいる監視塔に伝令が向かったから、反応があるまで少し時間がありそうだし」 

「ん、了解だ。フェレシーラは傷の深い人を看るんだろ? 俺は比較的軽症の人を治して回るよ。ホムラはちょっと上から周りを見ていてくれ。怪我人の前にいきなり現れると、びっくりさせて負担になっちゃうかもだからな」

「ピ! ピピーッ!」

「お願いね、ホムラ。暗くてちょっと見えにくいとは思うけど、休み休み監視していて頂戴。監視塔の天辺なら、敵と間違った人がいても矢も早々届かないし」

 

 フェレシーラの提案を皮切りに、俺たちは一旦、それぞれの担当箇所へと向かうこととなった。

 

 幾ら小さいとはいえ、グリフォンであるホムラの姿を兵士たちがみかけたら騒ぎになるのではと思いはしたが……

 そこは既に影人に包囲されていた俺への救援として、ホムラがフェレシーラを呼びにきた際に思い切り騒ぎになっていたので、大丈夫とのことだった。

 

 まあたしかに、戦鎚ウォーハンマーにぶら下がってホムラと一緒に飛んでいく光景は、皆して見ていただろうし。

 もしも早とちりして誰かが弓を射かけたとしても、風のアトマによる守りとホムラ自身の俊敏性を考慮すれば、まず当てることは不可能だろう。

 

 とはいえ、戦場で強く警戒すべきことの一つに、同士討ちが含まれるのは間違いない。

 ホムラには「面白そうな物をみかけても、低いところは飛んじゃだめだぞ」と念押しをしてから、俺は彼女を夜空へと送り出した。

 

「さて、それじゃ……すみません! 負傷者の治療にきた、フラムという者です! 館に招かれていましたが、簡単な回復術なら使えるので、比較的軽症の方を教えてください! 回数はこなせます!」


 負傷者は防壁の内角側、仮設の陣の一番奥に集められていた。

 種類もサイズも不揃いの布が敷かれているだけの、即席の野戦病院。

 

 所狭しと人が行き交うそこで、手近な兵士へと声をかける。


「本当か!? 助かる……! こっちに来てくれ!」


 晩餐会への招待状に記されていた領主の押印が、ここでも身元を証明するのに一役買ってくれた。

 影人を倒すことで味方であることを主張出来た戦場とは違い、兵士たちもこうした場では不審者を簡単に通すわけにはいかないだろう。

 部屋を出てくる時に咄嗟に持ち出してきていたけれど、これに関しては自画自賛しておこう。

 ナイスだ俺。

 

「よし……一度軽く体を動かしてから、大丈夫そうなら歩いてみてください。無理なようでしたら、追加で『治癒』をかけますのでまた声をかけてもらえたら」

「ありがたい……恩に着ます! これでまた戦えます!」

「体力までは回復出来ていないので、あまり無理をせずに。まずは休みながら影人と戦ったことを思い出して、得た経験、注意すべきことを皆に伝えてください」

「は、はい……っ!」


 上半身だけを起こして敬礼を取ってきた兵士に、むず痒さを感じつつも辺りを見回す。

 野戦病院では、既に布を掛けられて一所に集められている兵士の姿もあった。

 

 夜間に、それも足元や背後から襲い掛かられた者も多かっただろう。

 死者は決して少なくはない。

 だが、適切な手当さえ行えれば持ち直せる者も多く見受けられた。


「お疲れのところ申し訳ありません、術士様。あちらにもう一人、血が中々止まらない奴がいて……傷はそう深くないのですが」

「わかりました。他にも出血がある方を探しておいてもらえると助かります。厳しいかたはフェレシーラ……白羽根様に連絡を」

「了解です。本当に、なんとお礼を言って良いのか……」

「こっちこそ、助言をいただけて助かっています。もう少し、踏ん張りましょう」

「は! それでは、私は一度容態を見て回ります!」


 医学に心得のある者、実戦での応急手当を学んだ兵士の力も借りて、次々に不定術での『治癒』をかけて回る。

 フェレシーラとの特訓において、幾度となく回復術を施してもらっていた経験。

 それが思いの外、活きる結果となっていた。

 

 負傷箇所と程度を看護にあたっていた人々から教えてもらい、実際に反応をみて、術法式を構築する。

 場合によっては小規模な魔法陣を抽出して、完全な『治癒』を施すこともあったので、驚かれもしたが……

 

「フラム様! 意識がはっきりしていた軽症者は、すべて動けるようになりました!」


 時間にしてみれば、それは30分ほどだっただろうか。

 大凡十数人の負傷者を見て回ったところにやってきたその報告を受けて、俺は「ふーっ」と大きな溜息を吐き溢していた。


 正直、かなりのハイペースで治療をこなしていた。

 こちらが看た負傷者の殆どが、自力で歩けるレベルだったので、歩き回らずに済んでいたのも大きい。

 しかしその分だけ、治療の回数は増えた感じだ。

 

 達成感よりも虚脱感が強いのは、やはり命を落とした者もいたからだろう。

 暫しの間、俺は瞳を伏して柄にもなく、顔も知らぬ兵士たちの魂が、アーマ神の元へ辿り着くことを願った。


 するとそこに、見覚えのある深緑色の法衣と角頭巾を身に付けた男性がやってきた。

 

「お疲れ様でした、フラム殿」

「え。ドルメ助祭……ですよね? なんで館の中にいた筈の貴方が、ここに……」

「フラム殿と白羽根殿が出撃されたあとに、エキュム様が提案されたのですよ。『どうせ何処にいても影人が襲ってくるのなら、いっそ皆で仲良く集まっておきましょう!』と。私とパトリース様は怪我人の手当に当たっていましたが、エキュム様とセレン殿はハンサ副従士長との協議に出向かれています」

「それはたしかにそうですが……全然、気がつかなかったです」

「はっはっは。それだけ集中なされていた、ということですな」

 

 柔和な笑みと共に差し出されてきたタオルを受け取り、額の汗を拭う。

 適度に濡らされた生地が心地良い。

 

「やはり健在であったな、フラム氏」

 

 折り畳み式の椅子、胡床に腰かけて気息を整えていると、今度は軽金属鎧ライトプレートアーマーを身に着け、腰に長剣ロングソードを佩いた男が姿を現してきた。

 我さん……もとい、ドルメの護衛を務めているワーレン卿だ。


 この人、なんか卿呼びしたくなるのは何故なのだろうか。

 

「道中、攻撃術が使用された形跡があったので、合流した館の守備兵に聞いてみたが。氏が先陣を切り影人なる魔物を倒していたようだな。それに怪我人の治療までこなすとは……大したものだが、ここで気を張り過ぎるなよ。聞けば、これが初陣だとの話ゆえ、わからんでもないがな」

「初陣って……そんな、大袈裟な」


 突然飛び出てきた言葉に戸惑っていると、彼は「ふ」と嘲る風でもなく、口元と歪めてきた。

 おそらくはその口振りから、彼が後続の兵をまとめてこの場に誘導してくれたようだが……

 

「ここに至るまでの話を耳にしたときは、疑ってかかってしまったものだが。どうやら初めてだという話は、本当らしいな。なれば、敢えてフラム氏には断言しておこう」


 頭上にはゆっくりと、しかし常に旋回し続ける赤茶の翼。

 そこに愛でる様な視線を向けて、一時の間だけその眺めを堪能すると――

 

「この地は既に、魑魅魍魎が跋扈する戦場いくさば。故に……戦いはこれからが本番。ここよりが佳境。氏の正念場だと、我の鼻が告げておるわ」

 

 彼はこちらの瞳を見据えて、ニヤリとした笑みを向けてきた。



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