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337. 『信頼』

「――せいっ!」


 気合一閃。

 月の灯りに照らされた戦鎚ウォーハンマーが、影人の頭部を叩き潰す。

 

 物理的なダメージに加えて、己が肉を持った存在とする為の仕掛け――アトマを束ねる術法式を完膚なきまで破壊されたことで、影なる魔物が霞の如く溶け消える。

 

「ふぅ……」


 立て続けに『浄撃』を繰り出したことで、想像以上に疲労が蓄積されていたのだろうか。

 神殿従士の少女が軽く息を吐き漏らし、瞳を閉じた。

 

 その足元の闇が、不意に濃度を増す。

 

「後ろだ、フェレシーラ!」

「!」


 こちらが飛ばした警告の声に反応して、振り向きざま、戦鎚ウォーハンマーの一撃が放たれる。

 アトマの輝きを纏った鉄塊が、少女の首筋に迫っていた鈎爪をそれを生やした右腕ごと吹き飛ばす。

 

 影人を構成する式が外圧たる破壊的アトマを受けて、拉げて軋んで歪に曲がる。

 曲がるも、そいつはまだ影人としての機能を保っていた。

 

「……!」

 

 フェレシーラの横顔に、緊張が走る。

 かろうじてその存在を保っていた影人が、残る左腕を振り上げて――

 

「ほいっ、と」


 パンッ、という破裂音と共に、俺の左手が掴んでいた影人の頭部が消滅した。

 そしてそのまま、残る体も塵と化す。

 

「今のはちょっと危なかったな。やっぱこいつらに『浄化』を決めるにしても……きっちりと『視て』有効な部位に当てないと、効果半減、ってところか」

「それは……そうなんだけど」

 

 返事の途中にも「ありがとう」とお礼の言葉を挟みつつ、フェレシーラがこちらに向き直ってきた。

 その隣にホムラと一緒に並びつつ、俺は歩みを再開する。

 

 ハンサが拠点としているという第二監視塔。

 そこを目指して進む中、俺たちは散発的に襲い掛かってくる影人を撃退しつつ、その合間で言葉を交わしていた。

 

 傍から見れば、悠長な移動速度に思えるかもしれないが……

 こちらの前後の兵士が合流を果たす上で、その中間地点にいる俺たちは何かあればそのどちらにも加勢が可能な状態でもある。

 

 ホムラに運ばれて俺の元に救援としてやってくるまで、フェレシーラが戦っていた監視塔側の兵士たちは、影人に対してそこまでの苦戦を強いられてもいなかった、との話だった。

 

 ハンサの統制による、兵士たちが発揮する群の力。

 それを支える、フェレシーラという圧倒的な個の力。

 そこに加えて、迎賓館内からの戦力による挟撃が開始されたことで、現状、戦いの形勢は大きくこちらに傾いている。

 

 そうした状況である以上、俺たちだけが焦って監視塔に辿り着く必要はなく……むしろ後方の兵士たちが強襲を受けた際の、カバーに回れる位置を保っていた方が良いのではなかろうか。

 

 そんな俺の提案をフェレシーラが受け入れて、今現在こうした進行ペースとなっている、という次第だった。

 

「ねぇ。さっきから貴方、なにやってるの?」

「ん? なにって……基本的に、ホムラと一緒にお前のサポートに回ってるぞ。その方が効率的だからな」

「ピ! ピピィ♪」

「それは見ればわかるし、助かってるけど。私が言ってるのはそういう方針の話ではなくて。いまフラムが影人にやってた奴の話よ。見た感じ、こっちが仕留め損ねた相手を倒してるみたいだけど……こう、パァン! って弾け飛んでるじゃない?」

「ああ。コレか」


 やっぱりそこに触れてくるか、なんて思いつつも。

 俺は肩に飛び乗ったきたホムラの頭をポフポフと撫でながら、フェレシーラに返事を行った。

 

「例の『左』だよ。まだ単体じゃ力不足だけどさ。お前が取り逃した奴を処理するぐらいなら、そう難しくないかなって思って練習させてもらってるよ」

「左って……うん? 確かあれって、『分析』の術具よね? なんでそんなもので――あ」


 自らそう口にしつつも、フェレシーラが言葉を止める。

 どうやら彼女も俺の狙いに気付いたらしい。

 

「なるほどねぇ……最初に聞いた時は、なんでそんな戦闘に向いてないものを、って思ったけど。まさかそうくるとは思ってもみなかったわ」

「うん。中々悪くなさそうだろ? 戦闘以外でも出番あるし、不定術で代用するには精密性が求められるから、術具できっちり精度を確保した方がいいしさ」 

「まあね。不定術は単純な攻撃術や回復術向けだから、その判断は正解よ。正解なんだけど……」

「けど?」

「いえ。たしかに貴方のいうとおりかなって」


 若干歩むペースを速めつつも、フェレシーラは続けてきた。

 

「自分で言うのもなんだけど、少しは頼れるようになってきただろ……って。ほんと、その通りね」

「ありゃ。案外あっさり認めてくるんだな。言った時には、『私から見ればまだまだ未熟ね。調子に乗らない!』……ぐらい、言われると思ったんだけどな」

「そうね。私も昨日までの貴方になら、そう言っていたと思う。ところでそのぜんっぜん、欠片も似てない声真似。ぶん殴られたくなければ、即刻やめることをオススメしちゃうけど?」

「サーセン……!」


 会話の最中、後頭部にやってきた戦鎚ウォーハンマーのゴツゴツとした感触に、俺は素直に自分の非を認めて謝罪体勢へと移行した。

 したので、そのニッコリとした微笑みは止めて下さいませんかね、フェレシーラさん。

 それとホムラさんも、危険を察知してしれっと逃げないで?

 

「まあ、冗談はこれぐらいにしておくとしてね」


 ふぅ……と、先程のものよりやや深く、長い溜息を共に彼女は言ってきた。

 

「本当に強くなったわね、フラム」

 

 しみじみと、そして嬉しげに洩らされたその声に、俺は思わず足を止めてしまう。

 そこにフェレシーラが言葉を続けてきた。

 

「戦闘中の判断力と、機転の利かせ方。自身の特性と技能を組合わせた、戦術の構築。不足した要素を補う為の、技の発展。加えて、ホムラとの連携力。そしてなにより……諦めない気持ちの強さ」

「……いきなり、なんの話だよ」

「もちろん、貴方への評価よ。忖度抜きの、忌憚なき評価ってやつかしら?」

「いやいや……幾らなんでも褒め過ぎだろ。そりゃ少しはマシになったとは思うけどさ。お前と比べたら」

「あの大型巨人に撃った『熱線』。ギリギリの状態でも、カウンターを取りにいっていたでしょう?」

「え――あ、ああ。お前がホムラに運ばれて、空から落ちてきたときの『熱線』モドキか? でもアレは、全然効いてなかったし……」


 突如話が飛んでしまったことに戸惑いつつも、俺はなんとか彼女に答えを返す。

 そんなこちらにチラリと青い瞳を向けてから、彼女は尚も言葉を重ねてきた。

 

「ええ。たしかにあの『熱線』だけでは駄目だった。それは事実ね。でも、あの粘りがあったからこそ、私は自由落下中であっても影人に接近して、渾身の『浄撃』を決めることが出来た。あんなの、来るのがわかっていれば半歩下がって終わりだもの。だからあれは間違いなく、フラムが最後まで諦めなかったお陰なの。それもまた、事実でしょう?」


 説き伏せるでもなく、窘めるでもなく。

 しかしきっぱりとした口調での語りかけに、俺は返す言葉を見つけることが出来ない。

 

 不意に目頭が熱くなり、慌ててそれを手で隠す。

 嬉しいのに、何故だか口がへの字に曲がってしまう。

 それを一緒くたにして、隠しきろうとしたせいだろうか。

 

 指と指の合間に出来てしまった隙間の向こう側で、月の光に煌めく、亜麻色の髪が揺らめくのが視えた。

 

「フラム・アルバレット」


 その名を呼ばれて、彼女の姿が露わとなる。


「ここから先、私の背中を貴方に預けます。だから貴方も、私に背中を預けてください」


 朧げな月光の下、少女が宣言を行う。

 フェレシーラ・シェットフレン。

 聖伐教団唯一人の、白羽根の神殿従士。


 そんな彼女の言葉に、考えるまでもなく俺の口は動いてしまっていた。

 

「……俺でいいのか?」

「いいえ。違います」 

 

 我ながらこの期に及んで、といいたくなる返答は、しかし即座に突っぱねられてしまった。

 困惑するこちらに向けて、少女が満面の笑みをみせてくる。

 

「貴方が、いいのです。貴方でいい、ではありません」

「ああ……そういう」


 続くその言葉に、俺は内心、胸を撫で下ろす。


「びびったわ……心臓に悪いぞ、そういうの。てかいきなりやめろよな。危うく泣くとこだったぞ、マジで」

「そういうわりには、嬉しそうな顔をされているようですが」

「あのなぁ……!」

「ふふ。冗談ですよ。それより、これからもよろしくお願いしますね。フラム」

「ああ。まだまだ頼りないとはおもうけど……よろしく頼むよ。フェレシーラ」


 それからも、あれこれと話をあっちにこっちにと、迷子にさせつつも……

 

 ぐるぐると頭上で羽ばたき続ける小さな翼の下、俺たちは肩を並べて歩み続けていた。



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