336. 理想へと向かう現実
霧を纏い、朧げな真円を晒す月灯りの元――
「しかし、今更ながらに思ったけど……」
ホムラを連れて、フェレシーラと共に防壁の内側に沿い進む中。
俺は先程の影人たちとの戦いを、足早にこちらの先行く神殿従士の少女の闘いぶりを思い返していた。
「マジで強いよな、お前って」
「あら。いきなりどうしたのかと思えば。褒めたところで、特になにも出ないと思うけど?」
「いやいや……ここ五日間の特訓で、ちょっとはお前の凄さがわかった気がしていたけど……」
フェレシーラと出会った『隠者の森』での戦い以来となる、ホムラも交えた三人での影人との交戦を経て、骨身に沁みてわかったこと。
純粋な練度の差。
戦闘そのものへの経験の差。
ここぞという場面での思い切りの良さ。
そうした『総合的な力量』の違いを目の前でこれでもかと見せつけられながら、俺が痛烈に感じたこと。
それは単純でありながら、現状の俺にはどう足掻いても克服のしようがないものだった。
単純に、一撃の重みが違い過ぎるのだ。
「然して予備動作があるわけでもないのに、戦鎚の一振りで影人が消し飛ぶんだもんな……」
例え振り向きざまの一撃であっても、事もなげに影人の頭部を吹き飛ばすその姿を思い出しつつ、俺はついつい、ボヤいてしまう。
白羽根神殿従士、フェレシーラ・シェットフレン。
彼女と俺の強さを比較した際に、それは最も強く感じてしまうことだった。
基本的な火力差が、あまりにもあり過ぎるのだ。
「うーん……そうは言うけど、私としてはフラムだって十分に強いと思うのだけど。いま現れてる影人って、前に戦ったのよりも硬くてタフだし。パワーもスピードも段違いでしょ」
「たしかに、全体的に強くなっている……っていうよりは、『戦闘用』に調整されている感じしかしないな。影人の正体っていうか種族的なカテゴリーが秘術生命体に類するなら、そういう変更も出来るだろうし」
「そそ。いわゆる魔法生物って奴よね、影人は」
術法用語でいうところの、秘術生命体。
影人が世間一般で魔法生物と呼ばれる生き物なのだとしたら、という仮定でもって俺たちは話を進める。
「私、そんなに魔法生物に詳しくはないのだけど。教会にあった報告書には、この辺りに出没していた影人は、訓練を積んだ兵士なら一対一でも苦戦するような相手ではなかった、って記載されていたし。創造主が存在して、それが今回の影人を送り込んできた張本人だとしたら……これまでのデータを元に改良したんじゃないのかしら」
フェレシーラの立てた推測に、俺は頷きのみで返す。
こういってはなんだが……
ぶっちゃけ、完全に気を使わせてしまっているのがモロにバレてますよ、フェレシーラさん。
彼女の影人に対する推測は、決して的外れでないとは思う。
しかしそれはそうとしても、話の切り替え方が少々露骨だ。
「うん。俺もそんな感じだと思うよ。今度の影人は、あの鳥頭を除けば前に戦ったタイプよりかなり手強い。それこそ、神殿での特訓がなかったら俺じゃ歯が立たなかったかもな」
「歯が立たない、って。そこまではないでしょ。多少は手間取っても十分にやり合えたはずよ」
「そうだな。一対一ならそうだと思う」
フェレシーラの気遣い。
それを織り込みつつ、俺は再度話の焦点を元に戻しにかかっていた。
「これは僻みでも自虐でもないんだけど。今の俺は、予備動作の殆どない術法や、光波での追撃抜きでの物理攻撃じゃ影人を確殺出来ないからさ。戦鎚の一振りで仕留めきれるフェレシーラは、やっぱり凄いんだなって。再認識した感じかな」
「それは……一応『浄化』で影人を構成している式そのものにダメージが入る分、魔法生物の類には有効だからでしょう? 特効扱いみたいなものじゃない。有利がつくのは当たり前よ。それに軽めの『浄化』だって、それなりにアトマを消耗しちゃうし……」
「うん。勿論、それも加味した話だよ。でもそれ言ったら、俺にだって手がないわけじゃないからな。それでもコンスタントに、状況を選ばず安定して数を減らしにいけるのは、フェレシーラの強みだと思う」
「それも……そうだけど」
俺が抱く、尊敬の念のようなものは彼女にも伝わったのだろう。
フェレシーラは一旦言葉を区切ると、その歩調をほんの少し落として、隣へと並んできた。
「さっきの戦いでも何度か使っていたけど。あの『劫火』の魔術は、かなりの殲滅力が出せているんじゃない? 特に魔法陣を抽出した時には、術者を起点に周囲の敵を薙ぎ払うように吹き飛ばして、そのままノックダウンさせていたし。不定術で発動させた時も、威力は落ちても燃やし続けて足止めと削りを両立できるのは、優秀よ」
「だな。ただし、味方の巻き込みを避けつつ、詠唱と式の構築に専念できていたら、っていう条件はつくんで、そこは一長一短ってやつだ」
「……むぅ」
可能な限り、卑屈にはならぬよう、言葉を選んで会話に及ぶも。
彼女はついに足を止めて、こちらを軽く睨んできた。
「おーい。流石にこの状況で立ち止まるの不味いだろ。見た感じ、前も後ろも落ち着いて戦えている感じではあるけどさ」
「わかってますよーだ」
俺の指摘を受けてフェレシーラが再び歩きだすも、そのペースはかなりのものだった。
「ピ! ピピ! ピー!」
ツカツカといった感じで先を行き始めた彼女の後を追い、ホムラが羽ばたき、こちらを振り返ってくる。
まるで「放っておいていないで、早くついてこい」と言わんばかりのその様子に、俺は苦笑しつつも小走りとなり、すぐに二人の隣へと並び直した。
中庭現れていた影人の群れは、その中核であったと思しき大型巨人型を含めて、フェレシーラがほぼ撃破し尽くしている。
彼女と合流してからび俺は、基本的にホムラと共にサポートに回っていた。
その合間に、タイミングをみて直接影人を倒しにいくことも、あるにはあったが……
それでも無理にこちらが攻め手として前に出るよりは、万能手として立ち回る方が、良好な結果を残すことが出来るのは明らかだった。
一言でいえば、それは向き不向き、という奴だ。
そのことは、当然ながらフェレシーラとてわかっている筈だ。
けれど彼女はそれを口にはしてこない。
何故ならそれはきっと、彼女が俺の目標にする強さを安易に下げさせない為なのだろう。
戦いの指導者、先輩としての、親心みたいなものなのかもしれない。
向いてないのだからと説き伏せることは、きっと可能なのだ。
しかし彼女とて、おそらく師であるペルゼルート・ロウセウスに……
嘗て赤塵将と呼ばれた男に挑みかかり、打ち倒されたときに同じことを思いもした筈だ。
己の理想とする強さを手にしたい。
その為に、手本となる猛者に迫りたい。
そしてそれを越えて往きたい。
今の俺にとって、フェレシーラもその理想の一人だ。
それを理解しているからこそ、彼女は軽々しくこちらの適正について触れてこないわけではあるのだが。
「でもさ。自分で言うのもなんだけどさ」
ここであまり意固地になっているようでは、駄目だろう。
ホムラに叱られちゃったこともあり、俺は話の矛先を少し変えてみることにした。