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335. 降臨撃砕

 注意不足だったなどという、言い訳で済む話ではない。

 これだけの敵に囲まれては、どう足掻いても只では済まない。

 

 というか、普通に死ぬ。

 余裕で死ねる。

 

「お、おい、ホムラ! どこ行ったんだよ! まさか、影人に――うぉっ!?」

 

 慌てて呼びかけを行ったところに、今度は大きな揺れがきた。

 この場に巨人型の影人が迫ってきている証拠だ。

 しかも今度は、通常型の影人も逃げ出すでもなく、群れ集ってきている。

 

 一体何故、こうも突然まとまりのある動きを示してきているのか。


「クソ……! ホムラ! どこだ! 無事なら返事しろ! 返事、してくれ……!」


 そんな疑問を解消する間もなく、俺は駆け出す。

 ただ只管に走るしか、手がなかった。

 

 だがそれも、雲霞の如く押し寄せ始めた影の軍勢を前には無力だ。

 気付けば俺は背中を石壁に預けて、肩で息をしていた。

 

 ここが何処なのかわからない。

 無我夢中で走り続けたせいで、肺が悲鳴をあげている。

 頭も回らない。

 

 もう動けない。

 抱えていた疲労が全身に一気に圧し掛かってきていた。

 不意に辺りを包む闇がその密度を増して、俺は空を見上げる。

 

 見上げた先には、蜥蜴のような顔をした影人がいた。

 10m近い高さを誇る防壁にも迫ろうかという、途方もなく巨大な影人だ。

 こんなデカブツが近づいてきていたというのに、まったく気付けていなかったことに驚く。


 が、それ以上の感情が湧いてこない。

 なんとかして、こいつを倒さねば。

 逃げたところで追いかけてくるし、こいつを放置すれば防壁そのものを破壊して、外から更に多くの敵が押し寄せてくるかもしれない。

 

 泥が詰まったように重くなった頭でそう考える。

 考えていないと、理性を働かせていないと、頭がどうにかなりそうだった。

 しかしその為に必要な手立てを考えてみようとするも、イメージが湧いてきてくれない。 

 

 連戦続きで体にガタが来ている。

 これだけの巨体を打ち倒すために、必要な物が、材料が揃い切っていない。

 そもそも俺は何故、こんな場所でここまでして戦い続けていたのかだとか、もう十分頑張っただろうだとか、思考がどんどんと『やれなくても仕方がない』理由を探しにかかっている。

 

「……るな」

 

 無理だ。

 不可能だ。

 

「……けるんじゃ……」


 半ば無意識に起動していた霊銀盤が、『探知』の術効たるアトマ視をもたらしてくるも、視線は地を向いてしまっている。

 起承結。

 実行すべき式が練り上げられてゆく。

 

 手に熱が灯る。

 拙い、ぐちゃぐちゃになっていた頭でなんとか形にしたそれを手に、俺は叫んでいた。

 

「……ざけるな。ふざけてんじゃ、ねえッ!」

 

 叫びざま見上げざま、俺が放った『熱線』モドキは、しかしあっさりと巨大な何かに弾き散らされていた。

 手だ。

 ぶすぶすと白煙を上げて、馬鹿デカイ手が頭上から迫ってきている。

 

 鈎爪もなく、鱗もない、只々只管に巨大で真っ黒い手が、俺の視界を覆い尽くし……そこに突然、声が降り注いできた。

 

「天に聖業、地に誅伐――」


 凛とした響きを伴う、中音域アルトの美声。

 白霧を纏った夜を圧して、篝火の炎に照らされた石壁を伝い、それ(・・)は遥か上空からやってきた。


「グォ……?」


 同時に、己が頭上を見上げていた巨人の姿が、闇の中よりくっきりと浮かび上がる。

 

「遍く地平に、汝ら魔を照らす光なく……」


 夜陰を照す月の中心より、声が、亜麻色の光が落ち迫る。


 舞い降りる光輝が影を影として、より鮮明に曝け出しながら――

 

すべからくしてそのことごとく! 聖伐の浄撃にて、塵燐じんりんと化せ!」

「ゴガゥッ!?」

 

 続く詠唱の声が、振り抜かれた戦鎚ウォーハンマーの一撃が、俺と同じく馬鹿のように口を開けて空を見上げていたデカブツの、その鼻下を弾き飛ばしていた。


 だが、それだけでは止まらない。

 そんなもので彼女が(・・・)止まるわけがなかった。



「はあぁぁぁぁ――っ!」 

「カ、カカカカ……ッ!?」


 顎に、喉笛に、鳩尾にと。

 星無き夜空に一直線に光芒が落ち刻まれてゆく。

 

「とどめッ!」 

「――――ッッッ!?!?!?」 

 

 そして最後に、ちょっと男の俺には口にしにくい部位へと、落下しながらのアッパースイングを叩き込むという器用すぎる芸当を決めながらも。

 

「はぁ……まったく、どこで油を売っているのかと思えば」


 倒れ消え逝く巨影を青い瞳で切って捨て、その巨体が巻き起こした風に亜麻色の髪を靡かせつつ、彼女はこちらへと振り向いてきた。


「なんで貴方、一人でこんな敵地の真っ只中にいるのよ」

「――フェレシーラ!」

 

 呆れかえった声をもらす少女の名を叫ぶと、「ふぅ」と大きな溜息が返されてきた。

 そうしながらも、その手に握られた戦鎚ウォーハンマーに宿るアトマの光は衰えてはいない。

 

「話は後にしましょうか。どうやらこの独活うどの大木を潰したぐらいで、大人しくしている連中じゃなさそうだし」


 天より舞い降りた白羽根の聖女。

 聖伐教団最強の神殿従士、『滅多打ちの』フェレシーラへと、俺は頷き返す。


 周囲には再び、影が満ち始めている。

 これまで俺が打ち倒してきた影人を合わせて倍しても及ばぬほどの、夥しい数が間近に押し寄せてくるも……

 

 今は、負ける気がまったくしなかった。

 

 

 

 

「まあ、こんなものかしらね」

 

 時間にすれば、それは10分にも満たない間の出来事だったのだろうか。

 消滅させた影人の数は大小合わせて50を越えた時点で、カウントそのものが怪しくなってきたので中断していたが……

 そんな事をやる余裕があるぐらいには、それは一方的な戦い、殲滅戦とでも呼称すべき代物だった。


「ええと……『身体強化』の術効で多少の被弾は物ともせず、通常型は『浄化』で一撃必殺。大型でも二撃確殺。巨人型も多くて四、ってところか……」 

「最初の大型巨人タイプには五発も撃ち込んじゃったけどね。最後の一発はやり過ぎ(オーバーキル)って奴だったかもだけど」

「わかってるんならやめろよな。見ててこっち、キュンってなったぞ……」

「? 別にときめくような事、私していなかったと思うけど」

「……サーセン。今の発言は忘れていいです」

 

 戦鎚ウォーハンマー小盾ラウンド・シールドを地面に置いて服の埃を祓うフェレシーラへと、俺は両手を挙げて『降参』のポーズを返してみせた。

 

「ピ! ピピィ♪」

「あら、ホムラったらご機嫌ね。そういえば貴女の援護、すごく的確でびっくりしたけど助かったわ。この様子だと、フラムもかなり助けられたんじゃない?」

「そりゃあな。そいつがいなけりゃ、今頃とっくにくたばってからなぁ……ありがとうな、ホムラ」

「ピイィ……ピピー♪」


 地面に胡坐をかく俺とフェレシーラとの間で、文字通り小躍りするホムラさん。

 一度その姿を見失ったときは、もしや影人に捕まってしまったのかと思い、気が動転してしまったが……

 

「まさかフェレシーラの元に飛んでいって、連れてきてくれるとはな。よくこんな暗い場所で見つけられたもんだ。すごいぞ、ホムラ。影人がわんさか集まってきていたから、探してきてくれたんだろ」

「ピ? ピピピピピ……キュピ!」

「それは私も思ったけど。案外、お空の上から見回していれば気付けるものなんじゃない? 私の場合、『光弾』を使わなくても『浄化』があるからピカピカーってなっちゃうし」

「あー、たしかに」

 

 言われてみればごもっとも、という感じはするが……

 

「それにしても、お前が空から降ってきたときはガチで驚いたけど。まさか『身体強化』をかけたホムラに戦鎚ウォーハンマーを掴ませて、それにぶら下がって飛んできただなんてさ。よくそんな手段、思いついたな」

「そりゃあ、その子の様子が只事じゃなかったし。肩を掴んで強引に飛ぼうとするから、貴方のいる場所に連れてこうとしてるのかな、って思って」

「なる。ということは、俺の『浮遊』とお前の『身体強化』を合わせれば、もしかしたら二人一緒に――あだっ!?」


 三人揃って大空にゴー、なんてことを考えていたら、後頭部に衝撃がやってきた。


「ちょ、おま……なんでいきなり、人の頭叩いてくんだよ!?」

「馬鹿なこと考えているからよ。ホムラだって、きっと無理を承知で必死で運んでくれたのよ? 今は『体力付与』で持ち直したけど、運んできてくれた直後は飛ぶのも精一杯でフラフラしてたの、貴方もみていたでしょ?」

「う……すみませんでした……!」

「謝るならその子にね。それが終わったら監視塔に向かいましょう。幾ら敵の中核を叩いたからって、まだまだ予断を許さない状況に変わりはないもの」

「ああ。進みながら、まずは情報交換だな」

 

 幾分急ぎ目に会話を進めつつ、俺はその場から立ち上がる。

 目に見える範囲には、影人の姿は見当たらない。

 迎賓館側もいまは静かなものだ。

 

 しかし当初の目的地であった第二監視塔側では、いまだ闘争の音が鳴りやまずにいる。


「あっちはハンサ副従士長が率いているから、そう簡単には崩れない筈よ。もっとも、さっきみたいな10mクラスのが湧いて出てきたら、耐えきれる保証はないけれど」


 フェレシーラの言葉に、俺は頷く。

 頷き、そして大事なことを忘れていたのを思い出した。

 

「ありがとう、フェレシーラ。助かった。もう、駄目だと思った」

 

 その言葉に、先を行こうとしていた少女の歩みがピタリと泊まる。

 しかし彼女はまたすぐに前を向くと、スタスタと歩を進めながら言ってきた。 


「ちょっとぐらい戦えるようになったからって、慢心しては駄目よ。私だって、いつもこうして助けられるようになるわけじゃないんだし。それにここは戦場なのよ。一々助かったなんて言われなくても、ちゃんと助けるもの」

「ああ。ほんとその通りだな。俺が悪かった。助かったよ、フェレシーラ」

「あのねえ……! 貴方、反省してないでしょ? たしかにここでフラムが踏ん張ってくれていたお陰で、私も監視塔から離れられるぐらいの余裕は出来ていたけど――」

 

 ちょっぴりムクれたフェレシーラに、俺は負けじと感謝の言葉を重ねてゆく。

 そんな束の間の休息を挟みつつも……


 俺たちは、揃って仲良く先に進み始めていた。



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