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332. 影人殺し

 高き防壁の上、白霧に包まれて朧気に輝く篝火。

 それがバチンと燃え爆ぜて、暗夜に無数の火の粉を振りまく。

 

 蹴りつける地は固く、行く手を阻むは直立した影が二つ。

 薄暗がりを駆ける中、意識は手甲に仕込まれた霊銀盤へ。

 視線は撃ち抜くべき異形、影人へと定める。


 第二監視塔方面。

 多くの味方が戦う、そこに至る道を拓り開いてみせる。

 

 そんな啖呵を、大言壮語を吐いて見せたからには、皆に魅せてやらねばならない。

 それも出来るだけ派手に、決して立ち止まることなく。

 我ながら中々にハードルをブチ上げまくった感がありありだが、それだけに越え甲斐には困らない。

 

「御武運を!」

 

 先をゆく1班の兵士を抜き去ると、力強い激励の声が背中を押してきた。


「起きよ――」

 

 起承結。

 その術理に乗せて掌へと籠めたアトマが、輝きを伴い膨れ上がる。

 

 不定術の発露、その予兆。

 それを脅威と見做したのだろう。

 2mを優に超える巨漢の影人が、咆哮と共にこちらに向けて突進を開始してきた。

 

 互いスピードに乗っての初撃。

 鉤爪の分を含めて、接近戦のリーチではあちらが上。

 中距離攻撃が可能なこちらからすれば、わざわざ自分から突っ込んでいく必要のない相手だ。

 ただしそれは……この影人のみを標的としていれば、の話となる。

 

「承けよ――」


 紛い物の『熱線』が、握りしめられた破壊の力が、行き場を求めて猛り狂う。

 鈎爪が横薙ぎに繰り出される。


 避ける必要はない。

 防御も不要だ。

 こちらはそのままぶつかるのみ。

 

 何故ならその影人の一撃は――

 

「結実――し続けよ!」 


 俺の掌中で引き絞られ続けていた灼熱の奔流により、消し飛ばされる運命にあったからだ。


 持続時間の延長。

 並びに注ぎ込んだ多量のアトマが齎す、熱量の増大。

 

 既に兵士たちと交戦を開始していた影人の群れに対して、背後より奇襲を仕掛けて挟撃に持ち込む。

 素人考えであるが故に、俺の打ち出した作戦は兵士たちに取ってもわかりやすく、迷いが生じにくいというメリットがある。

 

 しかしそれは、飽くまでも奇襲を成功させればの話だった。

 これが優れた指揮官であれば、闇夜に乗じて兵を進め、完全に敵の不意を突くことで一方的に蹂躙し、多大な戦果をあげたことだろう。

 

 だが、俺にそんな真似は出来ない。

 頭の中だけでこねくり回した用兵術もどきを披露したところで上手く行かず、あたら兵を無駄死にさせるだけに終わるだろう。

 

 ならば、俺に出来ることは唯一つ。

 人並外れたアトマを牙に変えて、影人共を強引に切り崩すことのみ。

 

 その意志に、練り上げられた術法式に従い、偽りの『熱線』が燃え盛る。

 影人の腕のみならず、上半身をも吹き飛ばした火線が、防壁の頂きすれすれを掠めて闇夜へと吸い込まれてゆく。

 遅れて膝から崩れ落ちたのは、巨大な影人。

 それも2体ほぼ同時に、叫び声すら発せぬまま、霞のように闇に溶け消えてゆく。

 

 その結果を見届けて、俺は霊銀盤の動作を停止する。

 このまま術効を持続し続けて、薙ぎ払って殲滅するような運用法は取れない。

 味方に被害が出ては元も子もない。

 

 可能な限り下から上に角度をとりつつ、影人のみを射線に複数を巻き込むとなると、これが精一杯といったところだった。

 

 だが――

 

「おぉ……!」 

「すげぇ、一発だ! 一発でデカイのを二匹もやりやがった!」

「よし、我らも遅れるな! フラム殿に続け!」


 準備時間あってこそ、開幕一回こっきりの手ともいえる、術法式とアトマを練り上げまくった俺の一撃。

 それはどうやら、皆の士気に火をつけることに成功したらしい。


「おらおら、いままで散々やってくれたな! コイツはお返しだぜ!」

「そろそろ盾役ばかりでウンザリしていたところだ。鬱憤を晴らさせてもらう」

「奇襲が得意なのは自分たちだけだと思うなよ! この真っ黒トカゲども!」

「ヒャッハー!」


 気付けば十名を超える兵士たちが、驚き戸惑う影人の群れへと突入を果たしていた。

 

「うっわ……一気にごちゃったな。でも、この勢いなら……ホムラ!」

「ピピッ!」

 

 怒号と歓声が巻きあがる中、俺は相棒の名を口に進路を変える。

 視界がはっきりとしない状態でこれだけの乱戦になると、こちらはおいそれと手は出せなくなる。

 

 俺が影人を倒しに回ると、現状では短剣一本、物理攻撃のみで倒しきるのは非常に難しい。

 というか、アトマを用いねば無理だと断言できる。

 せめて光源がしっかりとあれば、巻き込み被害・同士討ちを回避しつつ動けたかもしれないが、ないものねだりをしたところで意味はない。

 

 なので俺には、もう一度強引に前に出る必要があった。

 そしてその為に必要な時間は、皆が稼いでくれている。

 

「漂うは看得みえざる鶴翼。秤謀はかりたばかるは空舞う踊り子……」


 激しさを増しゆく戦場に、呪文の詠唱が響く。

 魔術『浮遊』の構築と展開。

 その律動に併せて、こちらの足元に小規模な魔法陣が現出する。

 

 今日幾度目となるかもわからぬ不定術の発動に拠る、自身の術法的不能を覆す為の苦肉の策。

 体の内外で二つのアトマを操るこの技にも、随分と慣れてきた。

 

 初めの内は先に術法の『起』と『承』までを組み上げきり、その上で不定術による術法の式を魔法陣として抜き出すという手順を経ていた。

 しかし今はこうして難度が低めの術法であれば、式の構築と陣の展開を殆どタイムラグなしに実行可能になってきている。

 

 何事も経験。

 経験こそ力。

 

『フラムくんって、あれよね。努力、経験の人って感じ。いつだかその術具も、『こわれたー! もう直せなーい!』……って言って投げ出してたのに、自力で修理しちゃってるし』

『そんな事が出来たところで、肝心の魔術が使えなければ無意味ですけどね。それと壊したのはマルゼスさんです。なので、俺がやらかしたみたいに言わないでください』

『あら、そうだったかしら。でもまあ、こうして優秀な弟子が直してくれるしー。えいっ、今日も花丸っと』

『あ、ちょ――そこ、霊銀盤だし! なんでいつもそんなに物の扱いが雑なんですか!』

『やーん、メンゴメンゴ。怒っちゃやーよ、一番弟子くん☆』

 

 そんな事をチラっと考えていると、なんか超久しぶりに余計な記憶が甦ってきてしまった。

 が、今はそれどころではない。

 

 再び術の統制に及ぶと、微弱な浮遊感が足元よりやってきた。

 その感触を梃子に、地面を蹴る。

 

「よし……!」


 目の前には、行くべき道が拓けている。

 3つの班が死力を振り絞り、作ってくれた道だ。


 前傾姿勢を取り、スピードに乗る。

 風が渦巻く。

 加速を果たした耳元で、そしてその頭上で力強く渦巻く。 

 

「ピィー!」

 

 ホムラの声に合わせて一際強く地を蹴りつけたその瞬間、『浮遊』の術効を全開に持ってゆく。

 すると、己の体が予想を超えて上方へと跳ねた。


 自身の脚力・跳躍力に、タイミングを見計らい『浮遊』の魔術を掛け合わせた、その結果――

 

「うっ……わ!」

 

 俺の体は、まるで投石器カタパルトか何かで撃ち出されたようにして、見事に宙を舞っていた。


「キュピ!」

「おっ、とぉ……!」


 勢い余ってバランスを崩しかけたところを、背中から合皮のジャケットを何かがガッシと掴み引き上げてきた。

 その正体は言うまでもない。

 幼き空の幻獣、グリフォン。

 俺の頼もしい相棒だ。

 

「サンキュー、ホムラ! ちょっと目算が狂ってたんで、フォロー助かった!」

「ピピーッ♪」


 勢いに乗せて跳ばした体を、『浮遊』を用いて滞空時間を伸ばす。

 これが可能であることは判明してはいたが、それだけで目的の場所に到達することは難しい。

 特に今回のように、目視で狙うべき位置を把握出来ていない状況下では、ただの無謀なダイブと化す。

 

 しかしそこにホムラのサポートが合わさることで、得られる結果はガラリと変わっていた。

 

「すごいな……想像以上だ。これなら――!」


 眼下に広がる薄闇、そして無数のアトマの燐光を前にして、俺は確信する。

 ホムラの成長が予想以上であったことを。

 そしてその力を借りれば、十分な飛翔能力を得られるのだということを、俺は確信していた。

 

「ホムラ、もうちょい右だ!」

「ピ? ピピピピ……!」

 

 発した声にあわせて風のアトマを纏った翼が空を打ち、見事軌道が右方向へと寄っていく。

 その間にも俺は腕を肩の上に持っていき、ホムラがこちらを掴みやすいように体勢を入れ替える。

 

 目標としたのは、影人のものと思しき一際巨大なアトマ。

 俺が狩るべき獲物がそこにいた。

 

「いいぞ、ホムラ! もうちょい、もうちょい……いまだっ!」

 

 合図と同時に、こちらを牽引していたホムラの前肢が自由となる。

 頼るべき翼を自ら手放したことで、落下が始まる。

 

 勢い自体はまだ失われてはいない。

 速度を落とせばそれだけ会敵が遅くなる。

 なので、それは出来ない。


 軌道修正と加速。その両方が必要だった。

 そう認識した瞬間に『浮遊』の制御を切る。

 雲散霧消。

 全身を包む浮遊感が掻き消えて、入れ替わりにやってきたのは体が地に引き摺られる感覚。

 

 その結果、到来する結末には思考を回さない。

 代わりに求めるのは自由となったアトマの、即ち己が最大の武器の使い道。


 一度アトマを直接背後へと放ち、その余波で目標へと迫る。

 

「出力増強、範囲拡大、効果持続ゼロ。反動制御オフ……」

 

 なすべき事を口に上らせて、定まらぬすべを細く鋭く、歪んだ時の狭間で鍛え抜く。

 

「起、承、結――」

 

 巨大な影人がこちらへと振り返る。

 好都合だ、向かってくればいい。

 どれだけデカイかなどと、いまは気にするな。

 

 お前ならやれる。

 やれ。

 やってみせろ。

 

 例えこの場限りの虚像なれど、我こそは『影人殺しの英雄』であると、力戦する兵らに照らし示す為だけに――

 

「吹き飛べ!」


 蠢く闇の化身目掛けて、俺は贋作にして渾身の『熱線』を解き放った。



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