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333. 削ぎ撚り、焼べ疾る先に

 視界を埋め尽くす、赤一色の異形の夜景。

 天から地へと向けて放たれたアトマの奔流が、仮初の命を呑み込み消し飛ばす。

 

「ぐ――ッ」


 体高4mはあろうかという巨人型共々、周囲をうろついていた十は下らないであろう無数の影人が燃え散るのを目にしながらも――

 俺は自らが放った疑似的『熱線』の反動を、両の掌でもろに受けていた。

 

 通常、攻撃術法を行使した際に伴う術者自身への余波や反動は、術法式を練り上げる段階で抑えるように構成するのが基本であり、常識だ。

 如何に敵を撃滅することが目的であろうと、発生した攻性エネルギーの起点となるのが術者自身である場合、相応の負担はやってくる。

 

 アトマの消費効率や制御の容易さにアドバンテージを持つ、直接投射型の術法特有のデメリット。

 しかも今回のそれは、瞬間的とはいえ威力と範囲を引き上げまくっての一撃だ。

 当然ながら、その反動は桁違いな代物となっている。

 

 だがそれも、こちらは計算済みだ。

 頭上より超高温の火線を浴びせかけられたことで、己が形を保てなくなった影人の群れから視線を切り、宙空にて次なる一手へと移る。

 

「ホムラ!」

「ピ!」

 

 ここまで俺を牽引してくれた相棒が、こちらの呼びかけに応じて合流へと移行する。

 あのままの勢いで落下していれば、如何に風のアトマを操り高速で飛翔可能となったホムラといえど、俺を回収することは不可能だったであろう。

 

 まあそれも、たったいま眼下の影人どもを焼き尽くした『熱線』もどきを放った反動でもって、落下の勢いを完全に殺しきっていなければ、という話ではあったのだが。

 

「フェレシーラに、感謝だな……っと!」

 

 呟きつつ、俺は頭上に差し上げた左の手甲へとやってきた、力強い衝撃に身を委ねる。

 同時に、緩やかな落下が始まる。

 

 落下の勢いを攻撃術法を放った反動で相殺する。

 その発想自体は、以前フェレシーラが『隠者の森』で取った行動から拝借したものだった。

 

 あの時は彼女はたしか、フルパワーの『熱線崩撃』を放ち意識を失った俺を庇いつつ、滑り台から放り出されるようにして、二人仲良く洞窟内へと落ちたのだと口にしていた。

 

 その際に受けた説明によれば、『光弾』を放った反動で落下の勢いを殺し、見事洞窟の奥地、霊銀の鍾乳洞への着地を成功させたらしい。

 

 なので俺が今回敢行したダイビングアタックも、そこから着想を得ていた。

 結果、半径5mほどの限定的な焦土を迎賓館の敷地内に生み出してしまったわけだが……

 

「どうやら上手くいってくれたぽいな。助かったよ、ホムラ」

「ピ!」


 安堵の溜息と共に、俺はホムラに導かれて白煙をあげる中庭へと降り立った。

 見たところ、館の守備兵を巻き込んではいない。


 あらかじめ『探知』での確認は終えて術の範囲を設定していたとはいえ――

 

「いや……流石にここじゃ、気にする必要もなかったか」


 これまでの、そしてこれからの行動を再確認するその最中。

 俺は周囲を取り囲んできた無数のアトマを『視て』取ると、思考を一旦途絶させた。

 

「ホムラ、お前は上にいてくれ。何があるかわからないからな」

「ピィ……ピピッ!」 

 

 一度は躊躇う様子を見せてくるも、俺の要請を受けてホムラが再び飛翔する。

 こちらの頭上をグルグルと旋回するその姿を見上げつつ、手甲を起点にアトマを練り上げる。

 

「さて」


 薄闇の中、ざっと周囲を見回してみる。

 位置的には当初の目標としていた第二監視塔と、俺が先ほどまで率いていた部隊との間。

 恐らくは迎賓館の敷地内でも、最も敵味方がぶつかり合っていた激戦区の、ど真ん中。

 

 その中でも味方は誰一人存在せず、在るのは影人の群れ、群れ、群れ――

 それ故に場違いなほどの静寂に満ちた、『台風の目』とでも呼ぶべき場所へと、俺は降り立っていた。

 

「残夜喰らうはあかつきの使徒、白日焦がすは黄昏の大輪……」


 連中にとって、こちらは正に降って湧いた異物であり、放置出来ぬ障害だったのだろう。

 掌印と共に紡がれる呪文の詠唱よりも、俺が発するアトマそのものにいち早く反応したのか、影人どもの動きは迅速だった。

 

 瞬く間の内に、五つの影が押し寄せてくる。

 通常の構成では式の完成が間に合わない。

 このまま爪牙の雨を受けたとすれば、無事では済まない。

 

 であれば……こちらが先に、仕掛けるのみ!

 

「起、承、結――」


 不定術を用いた術法式の抜き出し。

 速度重視で敢行されたそれを経て、己が内より曲がりくねった歪な魔法陣が抜き出されてゆく。

 

 不規則に脈動する、不全なる奇跡の図面。

 

 明滅する陣が絡みついた掌印を、左右へと強引に切り崩す。

 伸ばしゆく指先で、焔の予兆を握りしめながらも――

 

「落日(はら)う、紅蓮の劫火よ!」

 

 俺は『劫火』の魔術の最後の断片、その発動詞を迫る影人どもへと叩きつけていた。

 放たれた陣が燃え散る。

 僅かに遅れて、灼熱の波動が周囲へと放たれた。

 

 詠唱短縮。

 それに依り無理矢理に生み出されたアトマの火が、熱風を伴う波紋となって燃え広がる。

 

「グルオオォォ……!」

 

 だが、影人どもの突進は止まらない。

 押し寄せる熱波に鈍りこそすれど、中断されるまでには至らない。


 その理由は明白だ。

 単純に、威力が足りないのだ。

 火力・衝撃共に、連中の動きを止めるには力不足だからだ。

 

 積み上げるべき動作を、構成を、祈りまでもを投げ打つ。

 迅速な術法の発動を可能とする『詠唱短縮』の技は、その代償として肝心の術効を大きく損なうという欠点を孕んでいる。

 

 故に術士によってはこれを拙速な行い、超常神秘の御業を成す者が目指すには不要とまで言い切る者もいる。

 かく言う俺自身も、つい最近まではその主張に賛同する側だった……

 

 というよりも、そもそも『完全な術法式を組み上げても、術法の起動に失敗してばかり』だった身からすれば、『詠唱を省いて不完全な式で術効を得ようだなんてとんでもない』行為でしかなかった故、なのだが。

 

 しかしその考えを、今は改め始めている真っ最中だった。

 不完全ながらも、術法は術法。

 研究室の机に齧りついてたっぷりと時間をかける環境と、目まぐるしく状況の変わる戦場では、その有効性もまったく変わってくる。

 

 詠唱短縮。

 それに依って繰り出された攻撃術は、言わば牽制・足止め向けの技。

 攻撃性の高い防御手段として非常に実用的であることが、いまこの瞬間にも証明されている。

 

 火力を切って威力を抑えて、唯一残した構成要素。

 術法に定められた『持続時間』が影人に付き纏い、火達磨にし続けている。

 

 当然それだけでは、以前よりタフさを増したこいつらを殺しきれるほどではない。

 だが、動きの鈍ったケダモノに捕まってやるほど、俺も鈍くはない。

 

 更に加えてやるのであれば(・・・・・・・)、こういう芸当も可能だ。

 

べるは復燃する死灰しかいくすぶるは災禍の余燼よじん……」

 

 燃え踊る五つの影を煽るように、焚きつけるようにして呪文を口に、後退しつつ手を鳴らす。

 こちらが拍子をパンと打つたびに、炭が爆ぜるようにして火勢が増してゆく。

 増幅詞。

 またの名を後詠唱とも呼称されるそれが、一度は収まりかけた火を炎へと変えてゆく。

 

 持続時間内での再燃を果たした、『劫火』の魔術の本質。

 即ち、『籠められたアトマの続く限り、対象を焼き尽くすべく燃え盛る』という特性が、瞬きをする度、影人を消し炭へと造り変えていた。

 

「はぁ……思っていた以上にヤバいな、この使い方」

 

 まずは手近な敵を倒しきり、そのアトマが消滅する様(・・・・・・・・・)をしっかりと見届けてから、息をつく。

 詠唱短縮による周囲への先制攻撃からの、追撃に至る流れ。

 非常に効果的で、非常に凶悪な魔術連携は、しかしこうした状況下でしか使えないものだと、実際に試してみてよくわかった。

 

 ぶっちゃけた話、やり方が怖すぎる。

 如何に巻き込みのない状態でも、周りに兵士がいれば皆ドン引きしていたことは想像に難くない。

 

「ま、なんにせよだ」

 

 一難去ってまた一難。

 辺りには再び影人の気配が満ち始めている。

 今度は更に数が多い。

 同じ手で捌こうとすれば、二波、三波と押し寄せてきた敵に圧し潰されるだろう。

 

 走竜の肩当から短剣を抜き払い、精神を集中させてゆく。

 こうまでして性急に影人の群れ、その中核部分に飛び込んだ理由を、もう一度振り返りながら――

 

「いけるところまで、いってみるか……!」


 俺は目的地である、第二監視塔へと向けて駆け出していた。



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