328. 闇を祓いて進む中
ダンスホールに次々と湧き出るたびに打ち倒した影人の数は、合わせて8匹。
1mちょっとの俊敏なタイプから、2m越えのパワーに秀でたタイプまでと、サイズに応じた差異こそあれ、その全てが龍人型ともいうべき見た目をしていた。
「と、とまった……?」
左腕に裂傷を負った兵士が、息を荒げながらも剣を構えたまま、呟いた。
辺りへの警戒を絶やさぬのは、周りの三人も同様だ。
床下から壁面、果ては交戦中の相手の中より……
度重なる影人の奇襲を受け続けたことで、この場にいた兵士たちは常に緊張を強いられていた。
それ自体、神出鬼没の化け物を相手にする上では、欠かせぬ心持だ。
「これまで皆さんが目にしたように、影人はいつ如何なる時も気の抜けない相手です」
しかしその緊張を常時維持し続けろというのも、酷な話だ。
鎧で覆われていない兵士の腕に手を翳して、俺は説明を続けた。
「ですが、いま戦った影人たちは再出現のペースもどんどん落ちてましたし、サイズ的にもデカいのは最初の方にしかいませんでした」
そうしている間にも手甲に仕込まれた霊銀盤を経て、自身のアトマで癒しの力を組み上げる。
「おぉ……傷が……!」
「魔術だけでなく、神術まで操るとは」
「これでまた戦えるというもの。感謝致します」
不定術により模倣された『治癒』の術効により、兵士たちの傷が癒えていく。
当然それはフェレシーラが用いるほどの効能を持たない。
だが、それを効果的に用いる為のポイント……
いわゆるコツというものについては、多少なりとも掴めていた。
要は治療の際に、『どこをどう治せば効果的』であるかを把握できるかどうかが、肝なのだ。
フェレシーラは神術士として培ってきた経験に加えて、アトマ視による力の流れを感じ取ることで、そのポイントを素早く見つけ出していた。
そして俺もそれをこの目で見て、自分なりのやり方を編み出している。
皮膚を裂かれて出血をした者に対しては、まず血管の損傷した部位を。
打撃を受けて骨を砕かれた者に対しては、元の骨が収まるべき部位を。
刺突により急所を穿たれた者に対しては、その先に在る臓器の部位を。
まずは『探知』の術具も併用して傷の程度を確認しつつ、対象の肉体的構造を調べあげてゆく。
そうしたプロセスを経て、例え未熟な『治癒』モドキであっても、高い効果を発揮することを可能とする。
その新たな試みを、俺はこの場を借りて試すことが出来ていた。
「これは俺の知る限りではありますが。一度出現のペースを落とした影人は弱体化し、数も減じていくようでした。アトマを奪われるとまた力をつけてくる点は注意ですが、無尽蔵に湧いてくる、ということは考えにくいです」
「なるほど。盛り返してくるのは厄介ですが、数を減らしていけば延々襲い掛かってくることもないだろう、と」
「では、ここは焦らず持久戦が良いということか。焦り被害を出しては、その影人とやらが力をつけかねないのであれば」
「はぁー……オレにはムズカシイことはわからんですがね。アンタのお陰で傷もバッチリふさがったし、まだまだイケるぜ!」
「ですね! このまま先ずは1階の敵を倒していきましょう!」
当面の影人対策と傷の治療を受けて、兵士たちが意気を盛んとする。
それを確認して、俺はホムラと共に館内の影人掃討へと乗り出す。
すると、四人の兵士も行動を開始し始めた。
彼らもまた、この迎賓館の主でありミストピアの領主エキュム・スルスを守るという任があるからには、それは当たり前のことなのだが……
「しっかし強ぇなぁ、アンタは。歳は幾つなんだ? ウチの倅は今年12だが、見たところそう変わらなく見えるが」
「うむ。その若さで魔術を用いた接近戦をこなす上に、癒しの術まで使いこなすとは。流石、領主様のお招きを受けるだけのことはある」
「だな。フラム様がいてくれれば百人力って奴だ。あの短剣からバシュン! って光を飛ばすやつ、アトマ光波っていうんだろ? 神殿従士様や手練れの冒険者の中には使い手もいるって噂で聞いてたが、初めてみたぜ! こう腕を振って……こんな感じだったっけか?」
「いやいや。肝心なのはアトマの操り方なんじゃないですかね。前にハンサ様に少しだけお話を伺いましたけど、相当な修練を積まれてようやく体得したらしいですよ」
……はい。
なんでしょう、この兵士さんたち。
大食堂側へと向かった俺とホムラの後を、皆してワイワイがやがやとお喋りしながら、さも当然みたいな感じでついてきているのですが。
いやまあ、出来るだけ戦力として固まって動くという行動方針も、影人との交戦経験がある俺と協働して戦おう、っていう考えがあるのはわかるのですけれども。
こう言ってはなんですが、ちょっと無駄口という奴が多すぎませんか。
影人への不意打ちに備えて互いの状況を確認しつつ、緊張しすぎないように、ってのはあるのでしょうが……揃いも揃って、皆よく喋る。
とはいえ、わざわざ彼らを振り切って先を急ぐのも不自然というか、浅慮という奴だろう。
現状この迎賓館では、ハンサを中核として兵の統率が図られている。
そしてフェレシーラはこちらより一足先に1階部分に遊撃に繰り出していた。
今のところその二人の姿も見えなければ、影人と交戦している気配もないことを鑑みれば、この戦いの主戦場は建物の外、迎賓館の庭園側に移っているとみるべきだった。
なので俺が優先してやるべきは、館内に残存する脅威の排除だ。
虱潰しに数を減らしてゆけば、たとえエキュムらが集う本陣、迎賓館の2階に影人が現れたとしても、然したる脅威にはならぬほどに弱体化しているだろう。
勿論これはこちらが知り得る影人の情報を元にした想定なので、予想外のことも十分起こり得る。
しかしそれを気にしすぎても仕方はない。
現状、領主を護るだけの戦力は十分割いてある。
全体としての攻守のバランスを組み替える必要があれば、その都度エキュムやその周りにいる者が、臨機応変に判断すべきだ。
それが指揮を担う、人の上に立つ者の責任だ。
なのでここはそれらの要素を踏まえつつ、個として動き、集団の潤滑油として機能する。
それが何処にも属さぬ俺の役割であることは、明白だった。
「ホムラ、通路では俺から離れずにな。また広い場所に出たら、上からサポートを頼むよ」
「ピ! ピピィ♪」
明白だった、のだが……
「ほんと何でも出来るんだなぁ。そのおチビちゃんとも話せるんだろ? さっきもビューンビューン、ぐわしっ! って化け物相手に凄かったもんな」
「まだ幼いといえども、頼もしいかぎりだな。フラム殿と一緒に2階から飛び降りてきた時は、心底驚いたが……あの空中で起動を変えたのも、アトマ光波の応用なのだろう?」
「ああ、あれも驚いたな! たしかこう、腕を頭上に翳して……クソッ、やっぱ出ねえわ」
「きっとコツがあるんですよ。今度機会があれば、フラム様に教えてもらいましょう!」
うん。
やっぱりこの人達、ちょっとばかしノリが軽すぎるんじゃないですかね……!
でもホムラを褒めてくれるのは嬉しいんで、ジャンジャンお願い申し上げます。
というか随分と逞しくなってますね、ホムラさん!