326. 翼は踊る、戦友と共に
「さて……」
急造の本陣と化した領主の部屋を出て、フェレシーラ、そしてホムラと共に小走りで通路を進む中。
「基本はどう動く? 2階の人員は全部中央に集めてあるんだろ? 優先事項は、戦ってる人の援護だよな?」
「そうね。交戦中の味方がいたら即時介入。あとは通路で見つけた影人を処理しつつ、1階へ。同様の手順で一周し終えたら合流して、中庭へ。手に負えない相手に出くわした時も合流ね」
「了解だ。それなら、俺はざっと2階を見て周る。お前は1階に直行で。ホムラ、お前はこっちについてきてくれ」
「ピ!」
「オッケ。ま、主戦場は下でしょうから。その案でいきましょう。でも……あまり無茶はしすぎないでね。味方も多いんだから、頼れるところはしっかり頼っていくこと」
「ああ。お互いにな……それじゃ!」
言って彼女に軽く手を挙げてみせてから、俺は一気に通路を駆け始める。
フェレシーラは、それを引き留めることもなく進路を右へと変更し、1階に繋がる螺旋階段を目指してゆく。
「ホムラ。お前は敵を見かけたら、距離をとってグルグル回り続けてくれ。気を引いてくれたら、めちゃくちゃ助かる。お前と追っかけっこして捕まえられる奴なんて、そうそういないからな」
「キュピピピ……ピピィ♪」
「サンキュ。でも、危なくなったらすぐに逃げるんだぞ」
「ピ!」
まずは貴賓室の集中した迎賓館の2階東側を駆け回りつつ、ホムラとの連携について考える。
体格的にも雛と呼べるサイズを越えつつあるホムラだが、なによりその動きの俊敏さ……機動力といっても差し支えのない、飛行能力に関してはかなりの伸びをみせている。
元々活発な性格ではあったのだが、それに加えて風のアトマを操るようになってからは、その成長具合には目を見張るものがあった。
日課と化している散歩で突発的に発生する追っかけっこでは、なんと俺が連敗中。
まだまだ子供なんだしと、最初の内は手加減していたのだが……向こうは初速が速い上に小回りも利くため、地上にいたところを捕まえようとしてもチョロチョロと動かれて股下抜きなど日常茶飯事。
低空飛行中はやや小回りに関しては鈍るものの、そこに上下の動きが加わるので更に厳しくなり、その上一度勢いに乗ると距離もガンガン離されてしまう。
ホムラからしてみれば、最初から高所に逃れればこちらが手がでないこともわかっているだろう。
しかしそれをせずに、『もう少しで手が届く。捕まえられそう』という範囲で常に動き回っているのだ。
こう言ってはなんだが、最近は正直、俺の方が遊ばれている感すらある。
無論こちらには、不定術を用いた搦め手もあるにはある。
フェレシーラの見よう見まねで『鈍足化』も使えるようにはなったし、自己強化で(コントロールが難しくなるとはいえ)一時的に脚力をあげることもできる。
でも流石にまだ幼いホムラ相手に。そこまでするのは大人げないというものだ。
あっちはアトマを操り飛んだりしてるけど、そこはハンデという扱いにしているし。
まあ、本気を出せば流石に負けることはない。
多分。
おそらく。
常識的に考えて。
幾らなんでも負けっこない……と、思うのですが。
「ピピィー!」
「あっ、こらホムラ! 先にいくのはよせって! なにがあるかわかんないだろ!」
なんてことを考えているうちに、なんとホムラの方がこちらより先行してしまった。
これはちょっと予想外の動きだ。
活発だとかそういうレベルを越えてしまっている。
ここはしっかりと注意をしておかねばならないだろう。
というか、医務室では食べ過ぎでまともに動けなかったというのに、やたらと気合が入っているのが逆に気がかりだ。
「ほら、落ちつけって。いきなり敵と鉢合わせしたらどうするんだよ」
「ピ? ピィー……」
一通り辺りを探り終えたこともあり、俺は一旦足を止めて荒ぶる友人を窘めにかかる。
不承不承という感じながら、ホムラもこちらも倣い足元へと戻ってきた。
それを確認して、思考を状況の整理に回す。
既にフェレシーラは1階に到達しているだろう。
方々からは武具が打ち鳴らされる音と、気合の声とが響いてきている。
貴賓室側からは本陣に人が集められていたので、無人なのは当然だ。
そこに影人が姿を現している可能性低い。
おそらくだが、影人はアトマをエネルギー源にしており、それを持つ生物を狙って活動する習性がある。
多数の人間が集まる迎賓館に、突如押し寄せてきたのもその辺りが関係しているのかもしれない。
そして強力なアトマを奪った際は、『隠者の森』で交戦したあの鳥頭のような――
「あ」
あの洞窟での戦いを思い返したところで、俺は声をあげてしまっていた。
「そっか……そうだよな、ホムラ」
「ピ」
こんな状況下だというのに、足を止めたままホムラと向かい合い、声を交わしてしまう。
しかしそれも仕方ない。
今回は完全に、俺のミスだった。
ホムラを責めることは出来ない。するべきことは、他にある。
「……いこう、ホムラ。あとは東側だ」
「ピ!」
迎賓館の2階西側は、カジノやビリヤード場、そしてバーといった遊興の為のスペースとなっている。
利用者がいたとしても、こちらも騒ぎに気付いていれば自然と本陣側に流れているだろう。
ただし、酔い潰れた者や、その介抱にあたっている者がいればその限りではない。
そういう意味では、貴賓室側よりも先に見ておくべきだったが……
一応ルート的には意味はあったので、気にしすぎても良くないだろう。
幾つかのパターンを想定しつつも、ホムラと共に通路を走り抜けてゆく。
本陣前を突っ切ってゆくと、入口を固めていた兵士が敬礼を仕草をとってきた。
その様子から察するに、影人の侵入を許してはいないのだろう。
「お願いします!」
「おう、ここは任せろ! 直に救援も来るって話だ! あんま無茶すんなよ!」
「はい!」
頼もしい声を背に、グンと駆ける速度を増してゆく。
複数の部屋で構成された西側とは違い、東側はスペース的には開けている。
キューとボールが放置されたビリヤード台に、チップが積まれたままのカジノ場を見るに、利用者はいたのだろう。
ざっと見回してみた分には、人影はない。
だが、闘争の気配は伝わってきている。
2階部分の確認を進めるごとに、辺りが無人であると判明してゆくごとに、それが強まってゆく。
「クソッ! 次から次に!」
「盾持ちが正面から受けろ! それ以外で回り込め!」
ついにはハッキリと聞こえてきた兵士たちの声を耳にして、俺はホムラと視線を交わす。
その瞳は明らかな闘志に満ちており、羽ばたく翼は力強さに溢れている。
そうなのだ。
これは確かに、迎賓館に集っていた人間にとっては『奇襲』だ。
しかしホムラにとっては違うのだ。
俺はそれを失念してしまっていた。
だが、ホムラは決して忘れてはいなかった。
この戦いは、彼女にとっては待ち望んだ一戦だったのだ。
既に東側・西側共に索敵は完了した。
故に向かうは、1階部分。
フェレシーラとハンサが影人たちとの戦闘を繰り広げている、館内の主戦場。
時間は出来るだけかけない方がいい。
そしてその為の手段を、俺たちは持っている。
「頼む……ホムラ!」
「ピィー!」
その呼びかけに応じて、ホムラが羽ばたく。
目指すはバーコーナーを越えた先。
手摺がぐるりと取り付けられた、巨大な水晶灯のシャンデリアを目指して。
「ピ!」
ホムラが動きを止める。
シャンデリアの手前、こちらの視線とほぼ平行の空中にて羽根を打ち、翡翠の輝きを放つアトマを纏い、俺を待つ。
以心伝心。
何故にここまでそれが可能であるのかは、心当たりがあった。
黒衣の魔術士バーゼルが施してくれた、契約の法。
それが俺とホムラの繋がりだ。
でもそれ以上に、彼女には大事なものがあった。
果たすべき事があったのだと、直感していた。
その直感に任せて、俺は跳ぶ。
助走の乗り切った跳躍に合わせて、視界が急変する。
固い感触を返してきた石床にブーツの爪先が別れを告げて、眼前に迫っていた木製の手摺を軽々と飛び越えてゆく。
巨大な水晶灯の横を通り越して、ふわりと体が宙に舞う。
本来であれば、そう長くも続かない筈の浮遊感。
しかしそれが途絶えることなく、続いてゆく。
そこにホムラが羽根を打ち、動きを合わせてくる。
翡翠色に輝く風が渦巻き、二人を包み込む。
階下には、幾つもの人影。
武装した兵士たちと、黒い大きな人型の何か。
それを目にして、ホムラの生み出した風のアトマに身を委ねながらも――
「いくぞ――お前の父ちゃんと母ちゃんの……敵討ちだ! ホムラ!」
「ピィー!」
俺はダンスホールの吹き抜けへと躍り出ると、そのまま一気に小さな幻獣と共に、眼下に広がる戦場へと突っ込んでいった。