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324. 再来、群れ成し襲い来る者

 ミストピアの迎賓館の2階、『白霧の館』の中心部に配された大部屋。

 領主エキュムの居室。

 既に開け放たれていた扉の先に、ハンサと、彼にかしずく三人のメイドの姿があった。

 

「館の周囲に竹林にて、複数の人影を見たという報告があがっています」

「見回りをしていた兵士の中に負傷者が出ています。こちらも複数名。氏名と所属を確認中」

「館の中に侵入された形跡はなし。とりま旦那の指揮下に入れと警備長のおっさんたちに伝えてますよ」

「ご苦労」


 立て続けの報告にハンサが頷き、スーツのネクタイを緩めるのが見えた。 


「ジャーウは防壁の見張り台を一周。パーレは兵に、四人一組で一人は連絡役の編成を組めと伝えて周れ。ダストマールは警備長を第二監視塔に召集。役割を終え次第、エキュム様の護衛に就け」

「は!」

「イエス、マイロード」

「りょ」 


 主の指示を受けて、ランクーガー家のメイドたちが部屋の入口へと向けて駆け出す。

 必然、全員がこちらとすれ違うも視線すら合わせてはこなかった。

 

「ハンサ! なにが起きたのですか!」


 入れ替わるようにして後ろから飛び出してきたのは、ガウンを羽織ったパトリースだ。

 夜着を隠して目の前に姿を現した彼女をみて、ハンサが安堵の息をこぼしたのがわかった。


「無事でしたか、お嬢」 

「フラム様が誘導にあたってくれました。それよりも」

「はい。現在、正体不明の勢力に敵襲を受けています。人を動かして状況を掴ませていますので、整理がつくまでは御父上と奥の部屋に。主だった面々もそこに集まっています。私はこれから1階に降りて指揮に当たります」

「わかりました」


 執事の仮面を脱ぎ捨てた男へと、領主の娘が手を差し出す。

 跪く臣下に向けて、少女が命じた。


「死んではなりませんよ」

「御意」


 その返事と共に手と手が重なり、ハンサが頭を垂れる。

 

「行って参ります」

「武運を」


 短く言葉を交わして、二人共にどちらからともなく身を離す。

 足早に、しかし駆け出すことはなく、ハンサがこちらに向かってきた。

 

「エキュム様の傍を離れられず、助かった。兵をまとめて街に伝令を出す。詰所の術士に神官長に宛てた『伝達』の用意をしてもらっているが、妨害を受けんとも限らんのでな。この場を頼めるか?」

「……わかりました。フェレシーラと相談の上、動きます」 

「やり方は任せた。しかし嫌な予感がする。兵の慌てようがおかしい。報告ではほぼ恐慌状態のようだ。普通の相手であればいいのだがな」

「恐慌状態……魔物の群れとかでしょうか」

「一度この眼で見てからになる。街側の防備が手薄になり過ぎるからと、カーニン従士長が戻られたのは痛かった。が、あちらでも何か起こっていないとは限らん。まずは混乱の収拾が先決だ」

「はい。どうか、お気を付けて」


 階下を目指す男の背中を見送ると、白い手袋を外しての腕振りが一つ、返されてきた。

 彼も本心をいえば、イアンニやミグといった他の神殿従士、そして神官たちの助けが欲しいところだろう。

 

 だが、それを言っても始まらない状況であることぐらいは、俺にもわかる。

 領主の部屋は他の部屋と違い、それ自体が一つの住まい……いや、政務の場になっていた。

 

 応接間を抜けて、その奥を目指す。

 既にフェレシーラなりから、話を通してあったのだろう。

 無言となったパトリースと共に、ホムラを従え進むこちらを咎めてくる者はいなかった。

 

「遅くなりました」

「お父様!」 

 

 唯一閉ざされていた扉が衛兵の手で開かれたところで入室を告げると、全員がこちらを振り返ってきた。

 

 縦長のテーブルが配された会議室で、席についているものは見当たらない。

 

「やぁ、フラムくん。娘をすまないね」


 そう言って軽く手を挙げてみせてきたのは、領主のエキュム。

 その両隣には、ドルメ助祭とセレンが控えている。

 フェレシーラはといえば、軽金属鎧ライトプレートアーマーに身を包んだ男と共に部屋の入口よりを固める形。


 エキュムへと頭を下げてから武装した男に視線を向けると、会釈が返されてきた。

 

「貴方は……たしか、代理戦で最後まで残っていた」

「うむ。我のみ助祭の護衛を仰せつかっていた。あとの連中は神殿で反省会があったからな」

「なるほど。それは不幸中の幸い、という奴でしたね」


 ポロリと本音を漏らすと、ヒョイと肩が竦められてきた。

 我さんにしてみれば、面倒事に巻き込まれてしまったという感じだろうが……

 

 査察団の面々はドルメ以外、ミストピアの神殿に戻っていたと聞いていただけに、正直これは心強い。

 おそらくまとめ役には不向きというだけで、あのメンバーの中では技量・判断力共に明らかにこの人が抜きん出ていただけに、嬉しい誤算だと言わざるを得ない状況だ。

 

「フェレシーラ。ティオはどうしたんだ? あいつだけ見かけなかったけど」

「エキュム様に挨拶をして、一人で外を見にいったみたい。多分あの子のことだから、襲撃犯のリーダー格を見つけて仕留めるつもりね」

「なる。まあ、単独の方が動きやすいだろうからな。期待しておくか」

「そうね。少なくともこの面子では攪乱役として打ってつけだから。万が一手に負えないのが出張ってきて戻ってくるまでは、忘れておきましょう」

「了解」


 フェレシーラの説明を受けて、そのまま彼女の横に並ぶ。

 突き放した口振りだが、それはティオに対する信頼の表れ、正当な評価だろう。

 

 それに確かあいつは、ドレスルームで俺と内緒話に及んだあと、『聖域』を解除する際にもたしか……

 

「明らかに人ではない何か……ね」

「ああ。大食堂での領主様とのやり取りの前に、少し話しててさ。その時にティオがそう口にしてたんだよ」

「ふぅん? 一体二人きりで何を話していたかは、今度聞かせてもらうとして。あの子の勘は馬鹿にできないし……報告からしても、魔物が群れてきた可能性が高いか。となれば……セレン様。少しよろしいでしょうか」

「ああ、構わんよ。ドルメ殿、ここは白羽根殿を交えて一度情報をまとめておくとしよう」

「承知いたしました、魔幻従士殿。なにぶん、こうした事態に慣れていないもので足を引っ張ってしまうやもしれませんが……」


 パトリースを傍においたエキュムの前で、フェレシーラとセレン、そしてドルメが話し合いを進めてゆく。

 その間にも伝令の兵士が所属と氏名を述べて、剣の門扉を越えての入退室を繰り返してゆく。


 そういやティオの奴、あの時しれっとフツーに男用のドレスルームに入ってきてたなぁ、とかおもいかえしつつも、俺は思う。

 

 はっきりいってこの現状。

 いますぐ俺に、皆の力になれることは見当たらない。

 しかしそれで良い。

 

 遠くより響いてきていた兵士たちの声は、次第に落ち着きを取り戻し始めている。

 それはハンサを中心とした統制が機能し始めている証左に他ならない。

 拠って、この場において俺が専念すべきことは――

 

「ほ、報告です!」

「おい! 先に所属を申告しろ! 領主様の御前だぞ!」

「第三監視塔からだ! それよりも!」

 

 ガギン、と組み合わされた刃に拳を叩きつけての報告に、俺は耳を傾ける。

 

「館の中に、化け物が……いえ!」


 響く兵士の叫び声に、その場にいた全員がざわりとした気を発して身構える。

 皆が視線を交わし合う最中、俺は思考を回し始める。

 

 懸念が一つ、存在していた。 

 

 迎賓館を取り囲んだ、魔物と思しき敵。

 邪竜ギリシュの討伐以降、多くの魔物が姿を消していたミストピアの地。

 そんな貪竜湖周辺にのみ出現するとされていた、人ならざる異形の群れ……

 

 俺が知る限り、『突如現れて、数多くして襲い来る』唯一の化け物。

 ティオの言葉を借りていうところの、『明らかに人ではない何か』そのもの。

 

「影人です! 影人どもが、館内に現れました!」 

 

 形を成した懸念……影人の存在。

 その名を耳に、俺は蒼鉄の刀身を鞘走らせていた。



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