321. 進展、曇り陰る中にて
話せることと、話せないことがある。
フェレシーラが切り出してきたその前提に、不満があるわけではなかった。
「それでいいって言って、話せることを話させてきたクセしてね。随分と小狡い真似をしてくるようになったじゃない」
「そう言うなって。単なるダメ元っていうか、正直聞けること聞いてもちょっと不足していたらかな。要は、『もう一声!』ってやつだよ」
「なら、素直に気になったことを聞きなさいな。こっちも意地悪しようとか、騙そうと思って伏せてる部分があるわけじゃないんだから」
床で胡坐を掻いていた俺の周りを、フェレシーラがゆったりとした歩調でぐるぐると回ってゆく。
少々、こちらの動きを監視している様な動きだが……
まあこれは彼女なりの、ティオに向けたポーズだろう。
聖伐教団でも、極一部の者にしか降されていないとされる『煌炎の魔女への不干渉令』に関する情報。
普通に考えれば、他者に洩らしていい話ではない。
思えばマルゼスさんも、俺に対しても聖伐教団には干渉しないようにと暗に告げて来ていた気もする。
白羽根、青蛇、そして黒獅子。
この階位にある者は皆、教団きっての狂犬揃い。
そんな言葉を彼女は口にしていた記憶がある。
教団所属の神官が用いる神術に関しても、そう熱心に教えてはこなかったのは……
まあそこらは、根っからの攻撃術法スキーなあの人の、単なる好みの問題だったのかもしれないが。
なんにせよ、聖伐教団と『煌炎の魔女』は表立って敵対こそしていないものの、良好な間柄であるとはいえない状態であることは理解出来た。
だが――
「んじゃ、素直に質問だ」
事情を聞けば聞くほど、膨れ上がる疑念。
それを頭の中で整理してから、俺は挙手を行いつつ、フェレシーラに問いかけた。
「マルゼスさんとは互いに不干渉。それを隠し守る教団が、なんで元弟子の俺のことを調査して、挙句、勧誘の準備をしているだなんて話になるんだ? 言っちゃなんだけど、それこそ『煌炎の魔女』を刺激しかねないだろ。自分から藪に手ぇ突っ込んで、蛇に噛まれにいってるようなもんじゃないか?」
ひた、とフェレシーラがその歩みを止めた。
寝台に腰かけていたティオに動きはない。
それを視界の端で確認しつつ、俺は質問を続けた。
「これは例えばの話なんだけどさ」
フェレシーラが俺に向けてきた意地悪でも、騙すためでもないという言葉。
それに嘘はないだろう。
彼女なりの基準で、伏せるべきと判断した話を伏せていることは明らかだ。
そこに関しては信頼している。四の五の言うつもりもない。
俺だって話せないことの一つや二つはある。
しかしその『どこからどこまで』という判断は、飽くまでフェレシーラ個人のものだ。
故に当然、聖伐教団の総意とはズレがあって然りだ。
そしてその『教団から見たズレ』を是正する役回りを誰が担うかといえば――
「俺が教団からの誘いを受けて、聖伐教団で活動を開始したとすると。それって遠からず、マルゼスさんの耳にも入るよな? 不干渉であることは、イコール相手の情報を集めない、ってわけではないし。というか俺ならむしろ、不干渉でいられるようにする為にも、情報自体は押さえておくからさ」
「それは――」
「そうだね。キミのいうとおりだ。教団の……いや、大教殿のやろうとしていることは矛盾がある。というか、ここのところの大教殿周りの動きは、矛盾だらけだ」
フェレシーラの言葉を遮りこちらの疑問に同調してきたのは、ティオだった。
自身が所属する組織の、それも上層部に対して向けた言葉としては、中々に刺激的なものだ。
そのくせ、いまは神術による『遠見』等に対する防衛策もとってはいない。
つまりこれは、ティオにとっては『誰かに聞かれてもいい』話なのだと、それだけで断定できる。
出来るが……それでティオが聖伐教団に対して批判的であり、ましてや反発しているとは言い切れない。
むしろ彼女がこうした話をすることが織り込み済み、と考える方が妥当だろう。
そこに誰のどういう意図、狙いがあるのかは未だ不透明だ。
しかしティオが俺の疑問に対してだんまりを決め込まず、それどころかフェレシーラに先んじる形でこちらに同調してきたことには、意味がある。
レスポンスの速さ、澱みのない言い様からしても、おそらくは用意されていた回答だ。
「だよなぁ。俺もそこがどうしても引っ掛かってさ。そこについて、二人とも何か聞いていたりしなかったか?」
まあ、現状あまりに情報が足りていない。
こちらが切れる有効な札も見当たらない。
そんな状況で無闇矢鱈と相手をつつき回して、警戒していることを悟らせる必要もないだろう。
「残念ながら、特にはなにも。限定階位だのなんだのと持ち上げられても、所詮は個人の武に多少秀でているぐらいのものだからね。色々と訳知りになるには、最低でも大教殿の司祭あたりからだよ。こう言っちゃなんだけど、従士長や神官長が関われるのも担当部署に限られているしねぇ」
「へー……なるほど。そっちも結構苦労してそうだな」
「ホントね、イヤんなるよ。まあ、とどのつまりはしがないお役所仕事ってことさ。まあ、察するにアレじゃない? 上の方も一枚岩じゃなくって、噂の魔女さんへの対応の仕方で割れてるとか。むしろそれを出汁にして割れたがってるとかもあるかもね」
「うーん……そういうのは、複雑すぎてよくわかんないけど。大人の事情って奴か」
「そうそう。あまり気にしすぎても雁字搦めで動けなくなっちゃうしね」
うん。
これはちょっと、領主様とのやり取りを見ていても思ったことだが……
多分こいつは、わりと最初から内容を決めて話を進めることが多いんだな。
領主様との『俺に対する勧誘』のやり取りでは、お酒の話から入った後に、聖伐教団の意向と威光(上手いこといったな俺)を盾にゴリ押しを試みて、結果そのお酒の話に絡めてスルスルーッとスルス様に躱されていたけど。
今回は今回でこちらが話に納得する素振りをみせたら、勝手に結論まで出して質問を終わらせにきている。
ということは、〆に持ってくる言葉は……
「なにはともあれ、この話は人に洩らされて嬉しいものじゃない。聞いてしまったからには、迂闊に口にしないようにね。それこそ命が幾つあって足りないよ」
ストレートな警告・脅し、というオチなわけだ。
「ああ、わかってるよ。俺だって教団と揉めたいわけじゃないからな」
「うんうん。どこの国もだろうけど、デカい組織ってその分闇も深いからねー。処世術ってほどでもないけど、距離の取り方は大事だよ」
そう、俺もわかってはいる。
その脅しを超えた先を実行するとなれば、彼女が適任だっていうのを含めて。
なんにせよ、聖伐教団が何かしらマルゼスさんと因縁があることは確定した。
それに勧誘の件が絡んでいそうという推測がついただけでも、いまは良しとしておこう。
ティオの動きに関しては、ドレスルームでの『聖域』まで使ってのやり取りもある。
単純に教団の監視役に徹するなら、あれは不要な行動だしな。
そう考えると、今回のゴリ押しも大教殿への『ボク仕事してますよ』アピールにも見えてくる。
疑いだしたら限がないとはこのことだ。
というわけで、随分と知らないことも聞けたことだし……
今回はここまでにしておくのが良いだろう。
「ありがとう、ティオ、フェレシーラ。色々と聞けてよかったよ。今日はもう遅いし、お開きにしよう」
「ほーい、お疲れ! 明日は影人討伐だっけ? 二人とも頑張ってねー!」
「うん……それじゃあ、フラム。お疲れさま」
二人に向けた礼の言葉と共に、俺は部屋の扉を開けて退室を促した。
時間が押していたわりには、そう悪くない結果だったといえる。
途中からずっと、フェレシーラの表情が曇りがちだったことを除けば、の話ではあったが。