319. 不可侵なる聖と魔
正直、ティオとフェレシーラの話は納得できるものだった。
「もしも聖伐教団から俺に勧誘があっても、それは断る。公国で生活する分には利点も多いけど、教団員には果たすべき職務があり、フェレシーラと一緒に私事を優先して動くことは難しいからな」
白羽根という、聖伐教団の中でも唯一人しか存在せぬ階位にあるフェレシーラですら、完全なる自由を赦されてはいない。
一つの公的組織に所属する以上、それは当然のルールだろう。
そんな聖伐教団に俺が入るとなれば、まず確実に『術法的不能』という個人の問題に対処している暇などなくなってしまう。
それどころか、昇段試験を目指して修練に励まなければならない身となるのだ。
必然、フェレシーラと共に行動をするなら、夢のまた夢、という事態に陥ることは目に見えている。
「教団員がペアで行動することがあるにしても、それだって職務を果たすためのもので……そもそも入団したてのペーペーが、限定階位の白羽根と組むだとか、まずありえないだろうし」
「それは……そのとおりね」
「ん。よくわかってるじゃん。ついでにいうと、青蛇は青蛇でペアを組むヤツは殆どいないよ。基本の役回りが暗殺とか破壊工作だからね。一人で動く方が足が付かないから、上も組ませようともしないって感じだけど」
肯定の言葉を発してきたフェレシーラに続き、ティオがそんなことを口にしてきた。
うん。
それに関しては、大体そんな感じだろうと思ってたというか……
団体行動する始末屋とか、ちょっとイメージと合わなすぎるし、狙った相手に逆に一気に捕まったりでもしたら、色んな面で教団へのダメージ凄そうだしな。
「二人みたいに特殊な立場にあれば、また話は変わってくるんだろうけどさ。残念ながら俺はそうじゃない。だから自由に動けなくなるってだけで、聖伐教団に入るっていう選択肢はあり得なくなる。これについては、現状結論ってことでいいと思う。なので今はこの話はここまでにしておこう」
「理屈ね。私は元々そのつもりだし、それでいいけど……ティオ、貴女は納得はいったの? さっきからなんだか妙に、私とフラムが一緒に行動できるかどうかで盛り上がってたけど」
「いいよ。ちゃんと条件を理解してることがわかったしね。ボクが気にしてたのは、むしろキミたちの危機感のなさについてだった……って言いたいところけど」
そこまで口にして、ティオが「うんうん」と納得の首振りを見せてきた。
「どうやら杞憂だったみたいだね。うん、思ってたよりしっかり考えてるじゃん、フラムっちも。感心感心。良かったね、フェレス」
「貴女ねぇ……さっきから一体、どこ目線で話してるのよ。心配してくれるのは嬉しいけど」
満足げな親友の様子に、フェレシーラが苦笑する。
俺としても「そこはお陰様です」と返しておきたいところですが。
いい加減に、そろそろ話を本題に進めねばならない。
「というわけで、あらためて二人に質問だ。俺が『隠者の塔』にいた頃、来訪者の中に『煌炎の魔女』マルゼス・フレイミングに聖伐教団からの使いらしき人間がやってきたことは、記憶している範囲ではなかった」
まずは質問の明確化と情報の提示。
それを開始したところでティオが「はいはい」と声をあげてきた。
「ちょっとこっちからも質問。記憶にないっていうけど、『遠見』や『念話』でキミの知らないところで連絡なんて幾らでもつけられるじゃん。そこについては?」
「いや、多分それは無理かな。フェレシーラには話していたけど……俺、わりと小さな頃から塔の術具であの森の監視役みたいなことしていたし。術法的な手段の干渉は弾くか、それが無理でも察知は出来たいたとおもう。何度か気付いたのも、塔宛てじゃなかったしな」
「うえ……それ、マジ? あの森ってラ・ギオとメタルカの国境沿いにあるから、相当な広さだと思うんだけど」
「一応、全域をカバーしてたかな。『広域探知』の術具はかなりシンプルな造りだったから、充填式に改良して寝ている間も作動するようにしておいたし」
「は……? まさか、森全域を『探知』で常時監視していたってこと? キミが術具の扱いが得意っていうのは聞いていたけど。流石にちょっと盛り過ぎでしょ……」
半信半疑といった様子のティオに返答を行っていくと、何故だか余計に疑うような眼差しがとんできた。
まあアトマの総量に関しては俺も結構自信があるし、同じようなことがやれる奴は珍しいんだろう。
というかこの場合は状況自体がレアケースすぎて、そもそも試す環境にない人間が殆どだと思うが。
「まあ、そこをカバーできるレベルの大型術具を使ってたからな。俺の場合、二つまでは同時に使えるから、目的に応じて色々と組合わせてやってたよ。迷い込んできた魔物や人間は『迷走』で森の外に誘導したり、『幻影』を飛ばして追い払ったりもあったぞ」
「大型術具を二つ同時にって……いや、そうか。そういや『迷いの森』だなんて言われてたね、あの場所は。正直、眉唾って感じではあるけど。それならそれで腑に落ちる、ってヤツか。うん、わかった。そこについてはキミの言葉を信じよう」
「とかいって、フラムの口から色々聞きたかっただけでしょ」
ティオとの確認を終えたかと思いきや、フェレシーラが割って入ってきた。
その言葉の意図を掴みかねてしまい、俺はティオへと視線を向ける。
するとそこには「バレたか」と呟きペロッと舌を出す少女の姿があった。
「いや、わるいね。実を言うと、こっちの動きについては知ってたんだけどさ」
「知ってたって……教団がマルゼスさんに接触を試みていないことをか?」
「だね。さっきはフラムっちが、妙に自信ありげに教団が勧誘を飛ばしてきていない、って感じで話を進めていたからさ。なにか根拠があるのかなーって思って、ついね」
「なる。それで今の話を聞いて納得してくれたってことか」
「それも、だねぇ。しかしこの話が伝わると、余計に勧誘が激しくなりそうだし。取り敢えず聞かなかったことにしておくよ。こっちからつついておいてなんだけどね」
「それは……そうしてくれると、助かるかな」
未だ現実味の湧かない話だが、どうにも聖伐教団が条件次第で俺を入団させたいと話は、本当のことらしい。
あれこれと気を回してくるティオに謝意を示しつつ、いま一度考える。
「やっぱり、あの人には教団は声をかけていなかったんだな。というか……むしろ避けていたんじゃないか? 実のところさ」
追加で切り出した、こちらの質問。
それを耳にして、フェレシーラとティオがチラリと互いを横目で見合う。
明らかなアイコンタクト。
示し合わせた動きだ。
「やっぱりこの話になると、そういう推測を立てちゃうでしょうね。フラムなら」
そこから口を開いてきたの、フェレシーラ。
おそらくは予め、こちらがこの手の話題に及んだときの対応をティオと相談しあっていたのだろう。
「話せることと、話せないことがある。先にそれは言っておきます」
「わかった。それでいい」
教団には教団の都合があり、フェレシーラはそこに属する人間だ。
対して俺は、自身が自由であることを選ぼうとしている。
故に線引きは必要だ。
それをはっきりとした首肯で認めてみせると、彼女は「ありがとう」と小さく呟き――
「マルゼス・フレイミングに対しては、可能な限り干渉を行わないし、干渉させない。それが現聖伐教団の最高指導者……教皇ユーセラス・ミシェラトゥール・アレイザ聖下が私たちに降された御言葉よ」
その答えと共に、静かに語り始めたのだった。