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318. 『質問』

 大食堂全体を温かな光で包む、アーマ神と4つの亜神たちの像の下。


「本当にありがとうございます、領主様。晩餐会に招いて頂いた上に、このような物まで用意してもらって……」


 俺はミストピア領主、エキュム・スルスに向かい深々と頭を下げていた。


「なに、構いませんよ。それよりも無理にお酒を勧めてしまい、すまなかったです。白羽根殿にもお手数をおかけしました」

「う……そ、その節は、こちらこそ大変なご心配を……!」

「いえ。折角の晩餐会で揃って席を外してしまい、申し訳ありませんでした。その上、許可証まで手配してくださり……私からも礼を言わせていただきます、エキュム様」

「なんのなんの。今宵はドルメ殿とも盛り上がりすぎてしまったので、少々深酒が過ぎていましたからね。『解毒』の術、たすかりましたよ。明日の政務に響いてしまうところでした。はっはっは」


 隣で頭を垂れたフェレシーラへと、エキュムがからからと笑い首を回した。

 酒好きの人達のなかには、酔いが解けるからと飲酒直後に『解毒』の神術をかけてもらうことを嫌う者も多い、と聞いていたが……

 

 どうやら彼はそういった拘りの持ち主ではないようで、自ら進んでフェレシーラに『解毒』によるアルコール抜きを頼んでいた。

 

 なんでも彼が言うには、アルコールが抜けたからといって酩酊感は残るとのことで、ティオの言によるとそうした反応には個人差があるらしい。

 そういえば、アルコール依存症と診断された人に安易に『解毒』をかけると、大暴れされたり、逆に虚脱状態になってしまうこともあるのだとか。


 一応そういうときに沈静化させる神術もあるが、そうした精神に絡む症状に対して術法ばかりで対処していると、今度はまた別の症状が出てきたりで大変らしい。


 実のところ、神術を行使する上で必要となる理論、術法式の構築法自体は魔術と変わらない。

 しかしこういう話を聞くと、破壊の力に秀でた魔術とは別の意味で、神術には神術の難しさがあるのだとわかる。


 人の精神、心の領域に触れる術の持つ、危険性。

 思えば俺の用いた『アトマ付与』が、急性アトマ欠乏症を引き起こしたフェレシーラに対して上手く作用しなかったのも、そうした事への理解のなさが関係していたのかもしれない。

 

 ちなみに俺もフェレシーラに『解毒』をかけてもらっていたりする。

 お酒は飲んでなかったのだが、周りがパカパカと飲みまくっていたから念の為、という感じだ。

 

 あまりアルコールの類に興味はなかったけど、皆が美味しそうに飲んでるのをみていると、実はちょっと興味が湧いてたりもするんだけど……

 神術で回復が出来るとはいえ、普通に未成年なので先の楽しみにとっておこう。


「なにはともあれ、です。明日からの影人討伐。油断せずに励んでください。最近は被害報告も減ってきたとはいえ、あれもまたミストピアの民を脅かす魔物に変わりはありませんので」

「はい。お言葉、肝に銘じてあたります」

「うんうん。それとアレイザで上手く事を終えたら、いつでも訪ねてくるように。気長に待っていますからね」

「それは……いえ、わかりました。近くを通りかかったら、お邪魔させていただきます」


 穏やかながらも中々に粘り強く誘いかけてくる領主様を前にして、ついつい苦笑をもらしてしまいながらも―― 


「それでは皆。今日はこの『白霧の館』に集まってもらい、感謝する。また会いましょう」


 その言葉を幕引きとして、晩餐の場が閉じられたのだった。





 場所は変わって迎賓館の2階、俺に貸し与えられた来賓室にて。

 

「それにしても、ちょーっと意外だったね」


 特に断りもなく人の寝台に腰かけたティオが、足をプラプラとさせていた。

 

「一体なにが意外だったっていうのよ」

「そりゃ決まってる。フラムっちの引き抜きに、キミが口を出さなかったからだよ」

「引き抜きというよりは、勧誘だと思うけど……そこに関しては言及しておいたじゃない。エキュム様には借りがあったって」


 親友からの指摘に、ソファーに腰かけたフェレシーラが答えを返す。

 ちなみに俺はホムラさんがスヤってる籠の隣の床に胡坐を掻いてます。

 

 場所的に絨毯がかかっていない部分なので、ひんやりとした床の感触がケツに心地よかったりする。


「借りねぇ。でも、その借り自体がフラムっちに依頼を出させて、それを自分が受ける為の物だったんだろ? それって結局、二人で一緒に行動するためじゃん。だったら借りがあろうがなかろうが、横槍ぐらい入れるとおもうけどね。もしもコイツがあの古狸のおっさんの口車にホイホイ乗っていったら、どうするつもりだったんだよ」

「それは……彼が決めることよ。ねえ、フラム」

「ん? ああ、まあそうだな。俺が決めることだったよ、あれに関してはさ」

「いやいや……わかんないだろ、どんな強引な手でくるか」


 どちらからともなしにフェレシーラと視線を合わせると、何故だかティオが食い下がってきた。

 というかなんで二人して、当たり前みたいな顔して俺の部屋にいるんだよ。

 そろそろ寝ておかないと、明日の依頼に響きそうなんですが。


「さっきの許可証だってさぁ。怪しいモンだよ? 後から色々要求するための仕込みかもしんないぞ? 二人して呑気すぎない?」

「確かにあの人は搦め手は上手いけど。そういうやり方でくるとはあまり思えないかな」

「俺は初めてあった人だし、そういうのはまだよくわからないけど。もし不当な要求があれば、その時は失礼のないように許可証を返せばいいんじゃないかな。それに最終的には正式な物を自力で取得しないとだし。ありがたい品だけど、それとこれは別だろ」

「ええ……なにその無駄に溢れる常識人感。キミたち、揃って危機感ってモノがないぞっ。危機感が!」

「危機感って。貴女こそ、なにをそんなにむきになって騒いでるのよ。そっちだって大教殿からの指示でフラムを勧誘するためにテストしていたんでしょ?」

「それは……また別の話だろっ。論点がズレてるぞ!」

「ズレてなんていないから。貴女だってわかってる筈じゃない」


 謎のヒートアップ具合を見せてくるティオに向けて、フェレシーラが淡々とした口調で返す。

 

「聖伐教団に加入した者は、まず大教殿から指定された教会か神殿で洗礼を受けて、見習いとして鍛錬の日々を過ごす。そこから昇段試験を受けて、晴れて四級と認められたら教団に依頼された仕事を含めて、外部での活動開始。異動があるのもそこからよね?」

「……まあ、そうだね。多分、そんな仕組みだったような……」

「ような、じゃなくて原則的にそうなの。貴女も私も、皆そうだったじゃない」


 なるほど。

 いまフェレシーラが口にした内容からすると、だが。

 聖伐教団に所属した人間は、昇段に向けた下積みを重ねて試験をクリアすることで、本格的な職務につけるようになるらしい。

 

 そしておそらく、そこから先も基本的には所属する教会か神殿、また大教殿の指示により、レゼノーヴァ公国の守護者としての任をこなしてゆくのだ。

 つまりは、フェレシーラが言いたいことは……

 

「貴女の口振りだと、まるでエキュム様の誘いを受けなければフラムが私と一緒に行動できる、みたいに聞こえるけど。それって聖伐教団からの誘いを受けても同じよね」


 まるでこちらの考えを先読みしたかのように、彼女は言葉を続けてきた。 


「期間的な部分に個人差はあれど、まずは神殿か教会に通い詰めるか寝泊まりして昇段試験に漕ぎつけて。そこから野外での活動を開始。そんな状況で自由に旅をするだなんて、纏まった休みでも取らないと不可能だもの。私たちのような称号持ちだって、大なり小なり制限はあるし」

「……そうだね。キミのいうとおりだ。これから大教殿には今日の代理戦の結果報告が行われるし、そこからほぼ確実にフラムっちの元に勧誘の使者が寄越されてくる。なんなら現時点で彼と交流のある人間が、説得役として任命される可能性が高い」

「それでしょうね。というか先ず一番に説得役として選ばれるのは、私でしょうし。当然拒否するけど」

「拒否するつもり、ですらないんだ。まあ、キミの意志が固いのを再確認できたのはいいけどさ。それにしたって」

「ちょっと待ってくれ、二人とも」

 

 互い身を乗り出して会話に熱中し始めていた白羽根の神殿従士と青蛇の神官が、こちらを振り向いてくる。

 

「あのさ。時間的に、先に一つ聞いておきたい事があってさ」


 その一言に、少女たちの視線が宙で交わる。

 ほんの少しの間をおいて、二人は頷きあい、再びこちらに向き直ってきた。

 それを受けて、俺も頷きに続けて口を開く。

 

「まず、気になっていたのがさ。なんで聖伐教団は……俺よりも先に、『煌炎の魔女』マルゼス・フレイミングに……なんで『聖伐の勇者』の勧誘に、力を入れていなかったんだ?」


 それこそ『俺なんか』という言葉を寸でのところで飲み込んで、俺はずっと感じていた疑念を二人にぶつけていた。



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