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315. 領主 vs 青蛇

「なるほど、なるほど」


 沈黙に包まれていた大食堂に、ジャラリという鎖の擦れ動く音が響き渡った。


「スルス家の支えになれ、ですか」

「なれとは言ってませんよ。なってくれたら嬉しいなぁ、というお話です。青蛇殿」

「ボクをその名で呼ぶ以上、今の発言がどれだけ危ういか。エキュム様も理解されているとおもいますが」

「はて? 何の話かわかりませんね。どうやら酔いが回りすぎてしまったようだ。面目ない」

 

 上座の席より酒気で頬を赤く染めたエキュムが、グラスを傾けるティオへとにこやかな笑みを向ける。

 それを受けて、青蛇の名を冠する少女が苦み走った表情を浮かべてきた。


「不味いなぁ。ホント不味い。あ、お酒の話ですよ。エキュム様」

「ほう。若いのに味がわかるのですね。そちらはペスカザントに顔の利くという者から譲り受けた品なのですが」

「失礼ながら、酒を味わう舌に歳も顔も関係ないかと」

「ふむ、どうやらティオ殿も酒に対して一家言お持ちのようですね。後学のためにも、よければ是非お聞かせいただきたい」


 俺とフェレシーラを挟む形で、二人が言葉を交わしてゆく。

 あれ?

 なんだかいつの間にか、こっちに来ていた用件から話が逸れてないか?


「なあ、フェレシーラ。このままティオのヤツに話させていていいのか?」

「んー……まあ、様子見ね。たぶんあの子、こういう話を領主様が持ちかけてくるのを予想していた筈だし」

「なるほど。それでタイミングを伺って間に入ってきたってわけか。ちなみにお前も予想していたのか?」

「可能性はあるかな、ぐらいならね。とは言っても、ここまでストレートにくるとは思っていなかったけど」

「なる。俺は予想外すぎて焦ったけど……そういうことなら、任せてみるか」


 多少の不安を抱きつつも、またも棒状の焼き菓子に手を伸ばす俺。

 領主様の前で失礼になるかと思いもするが、フェレシーラも同様にポリポリと楽しんでいるので、いわゆる無礼講という奴なのだろう。

 

 うん。

 やっぱこれ、美味しいな。

 小麦の生地に野菜や肉が混ぜ込んであるのか、何種類もフレーバーがあるのがいい感じだ

 ホムラのオヤツにも良さそうだし、街に戻ったら露店とかで売ってるところがないかチェックしてみようかな。

 

「では、無礼ついでに言わせていただきますが……」


 なんてことを呑気に考えていると、ティオが再び口を開いてきた。


「こんなモノをペスカザントのお酒だなんて喧伝はされない方がいいですよ。あそこのお酒は蒸竜酒といって、飲む者のアトマを……魂を酔わせるんです。でもこれは違う。竜人の杜氏が仕込んだものじゃない。二流品ですらない、ばったもんというヤツですね。ていうかコレ……そこらの酒屋で売っている安酒を、包装だけそれらしく変えただけの代物だな。最近飲んだ覚えがあるし」

 

 うおうお。

 なんかこの人、すごいぶっちゃけたこと言ってませんか。 

 

 領主様は相当なお酒好きっぽいし、こんなこと面と向かって言われたらお冠というヤツなのでは。

 と、お酒のことはわからないなりに思っていたら――

 

「ほぉ! 魂を酔わせるですか! それは是非とも味わってみたい……! 成り上がりの見栄も手伝い、この歳になって噂の名酒をと方々に手を出していましたが……どうやらこれは、ティオ殿を頼った方が良さそうですね」

「その判断は正解ですね。とはいえ、流石に伝説の『竜殺し』の様な曰く付きの品は手元にありませんので。一週間ほど後で良ければ、本物の蒸竜酒を飲ませてあげますよ。ちょーーーーっとだけ、高くつくけど」

「それはむしろ楽しみというものです。いや、ティオ殿と知己を得ることが出来てよかった。今宵の席、それだけで価値があったというものです」

 

 ハイ。

 なんだかめっちゃ上機嫌になってますね、この領主様。

 気のいい酒好きのナイスミドル全開って感じで、印象自体はわるくないんですけど。

 

 なんでティオだけ、最初からちゃんと名前を呼ばれ続けているのか。

 そこがもう納得いかないのですが。

 ティコとかティナとかティロとか色々パターンあるんじゃないですかね?


 あと今気付いたけど、ハンサさん向かいの席にいたのに完全空気状態でした。

 影が薄いというよりは領主様の相手役から解放されて、のんびりしてるだけかもしれませんが。

 

「まあ、お酒の話はこれぐらいにしておいて……どうです? エキュム様」


 凸状の栓を手にしたティオへと、エキュムの視線が注がれる。

 それを受けて、飲みかけの酒瓶に蓋がされた。 


「今なら先ほどの発言。少々酔いが回っていたという体で、聞かなかったことにしても良いのですが」

「おや。これは異なことを申されますね。陛下より……公王ラフィー・アルメーグ・レゼノーヴァより預かりし、ミストピアの繁栄の為に。将来有望な若者に協力を願い出る。なにか可笑しな点がありますか?」

「いやいや……可笑しいどころじゃないでしょ。ドルメがこの場にいたら血管ブチ切れ確定だし。あの人まだ助祭になって日が浅いんですから。間違っても挑発するような真似はやめてくださいよ」


 マイペースそのものといった調子のエキュムに対して、珍しくもティオが深々とした嘆息で応じる。

 そこから一瞬、青蛇の少女がこちらを軽く睨みつけてきたかと思うと、すぐに姿勢を正して言葉を続けてきた。

 

「今日の査察の目的は、既にお伝えしてあるとおりでしたが……」

 

 貪竜湖を根城とする湖賊討伐への足掛かりを、聖伐教団が得る為。

 その橋頭堡となる『副神殿の建立』を行うべく。

 ドルメら大教殿所属の教団員たちは、ミストピアの神殿を訪れていた。

 

「それと同時に、フラム・アルバレットの身辺調査を進める。これが司祭長リファ・ライドリィズ・アレイザより、ボクたちに課されたもう一つの任務です」

「なるほど。それは初耳でしたね」

「初耳ねぇ……まあ、これ以上は言わなくてもわかると思いますが。要は大教殿こっちが先に手を付けたんだから、横から掻っ攫うような真似をされては困るって話ですよ。言っちゃなんですが、人も金もガッツリ動かしているんです。9人抜きだなんて分かり易い結果だけを見て色気を出されても、こちらも立場上、『ハイどうぞ』とお譲りするワケにはいかないんですよ。そこのところ、ご理解願えますか?」

「それも、なるほどですね」


 最早口調も崩して説明に注力し始めたティオに対して、エキュムは何処吹く風といった様子で相槌を打つばかり。

 弁が立つ印象のあったティオだが、亀の甲より年の功というやつなのか、それとも生来の性質なのか、こうして眺めている分にはエキュムが一枚も二枚も上手という感がある。

 

 それをティオ自身、強く感じていたのだろう。

 彼女はガタンと音立てて椅子から立ち上がると、

 

「アンタなぁ……もうちょい立場を考えて譲歩するとか、交渉してくるとか、あるだろっ。蒸竜酒の件、なかったことにされてもいいのかよっ!」

「いえいえ。それはそれ、これはこれ、という奴ですよ。貴女も一角の酒好きであればわかるでしょう? こうした話とごちゃまぜにするのは無粋、野暮というものです」

「ぐ……!」


 わーお。 

 マジで完全にあしらわれてますね、ティオさんってば。

 なんかちょっと、こういう風にジタバタするコイツを見ているのも面白いけど。

 

 いまいちよく分からないこの状況下。

 取り敢えずここは、「ボクの為に争わないで!」とでも言って場を治めるべきなんでしょうかね? 

 

 それとフェレシーラさんや。

 隣で笑いを堪えていないで、いい加減、同門のよしみで助けてあげてはいかがでしょうか……!



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