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313. 解呪応用論

 迎賓館の2階にある来賓室。


「ピー……スピー……」


 その広々とした床に置かれていた、大きな竹製の籠――おそらくは成犬用の寝床として編まれたと思しきそれを上から覗き見てから、俺はフェレシーラは視線を交わしていた。

 

「ホムラは別の部屋で、って言われなくて良かったよ」

「そうね。多分、ハンサが特別に計らってくれたのかも。わざわざ籠まで用意してもらっていたし」

 

 ホムラが完全に寝ついたのを確認して、そのまま二人で今日の寝室として用意されていた部屋を後にする。

 ちなみに彼女の部屋は真向かいにある、特別貴賓室と呼ばれる部屋だ。

 なんでも他国の王侯貴族を歓待する際の為の部屋らしい。

 

 フェレシーラは「一人で寝るには広すぎる。皆と同じ部屋で十分なのに」ってちょっと愚痴っぽくいってたけど……

 普通の(?)貴賓室でも、ミストピアの街にある宿の倍以上のスペースがあったことを考えると、相当な広さなのだろう。

 

 というか、扉からして既に格が違う。

 こっちの部屋は片開きなのに、特別貴賓室は両開き。

 

 しかも水竜をモチーフにしたと思しき装飾でド派手に飾られており、扉を開けるのを手伝った時にチラッと見えた室内では既に水晶灯がバッチリ起動中で、なんかキラキラピカピカしてた。 

 

 その上、扉の内側には『防壁』用の霊銀盤が配されていたところを見ると、術具による守りも至る箇所に施されているのだろう。


「さっきの霊銀盤。チラッと見た感じ、最新式の充填型ぽかったし……問題がなければ、後でちょっと調べてさせてもらおうかな」

「へぇ、そうなんだ。全然気がつかなかったけど。でも、『防壁』の術具なんてありきたりな物、調べてどうするの?」

「んー……術具の効能自体を確かめたいわけじゃなくってさ。最近、空いた時間で戦闘用に使えそうな術具について調べてたりしてるんだけど。霊銀盤の基幹部分に興味が出てきたっていうか……」

「なによ、はっきりしない物言いね。教えなさいよ。フラムのことだし、考えがあってのことなんでしょう?」

「うん。実は、術具の改良調整カスタマイズが出来たらいいな、って思っててさ」


 1階の大食堂を目指して廊下を進む中、俺はフェレシーラに自分の考えを聞かせていた。


改良調整カスタマイズって……公都の術具工房でやっているような、オーダーメイド仕様みたいなのをやるってこと? あれって確か、結構な資材と設備、なにより技術うでが必要だって言われてるけど」

「そこまで大掛かりな物じゃないよ。元々、『隠者の塔』の術具はメンテナンス含めて管理してたからさ。それなりに細かい部分を弄ったり、壊れた部分を修理したりとかはやってたんだよ。流石に今は道具がなくて、手が出ないけど」

「あー、なるほど。そういえば蒼鉄の短剣の『蓄積』が使えなくなったって言ってたものね。そういうことなら、セレンにも聞いてみればよかったのに。彼女なら術具にも詳しいし、その手の道具も持ってるんじゃない? なにせその腕輪を作ったぐらいだし」

「う……そういやそうだな。なんかバタバタしていて、失念してた……」


 会話の最中、巨大な螺旋階段を二人で降りてゆく。

 敢えてうねりの強い木材が用いられた手摺のごつごつとした感触を指に受けながら、会話を交わしてゆく。

 

「まあ、そういうわけでさ。最新式の術具は見ているだけで参考になる部分が多いかなって。霊銀盤の配列で無駄が多い部分を再設定して、アトマ供給のロスを抑えたり。転用できる技法を使えば、もっと実戦で扱いやすい仕様に変更したり出来そうだからさ」

「……なんだか話を聞いていても、チンプンカンプンって奴なんだけど。つまりは参考になる術具と、ちょっとした素材と道具があれば、手持ちの術具をフラム専用に改造できちゃうかもってこと?」

「そうそう。そんな感じだ。ちょっと手の込んだ微調整ってとこかな」

「手の込んだ微調整って、なんだか結構矛盾しているような……というか、専門の施設もなしでそんな事が可能なのかしら。霊銀盤って、専門の術具技師以外が下手に手を出すと壊しちゃうイメージがあるのよね」


 こちらの説明を受けて、フェレシーラが小首を傾げてきた。

 その反応も当然だろう。

 確かの霊銀盤の作成や改良に臨む際、多くの術具技師は専用の機材を必要とするものだ。

 

 だというのに、術具技師として修練を積んだわけでもない俺が、『術具をカスタマイズしてみたい』等と言い出したところで、普通は「悪いことは言わないからやめておけ」といった反応を返されるのが関の山、という奴だ。

 

 だがしかし、フェレシーラはそんな無謀ともいえるこちらの願望を、馬鹿にするでもなく、呆れるでもなく、耳を傾け続けてくれている。

 その事実に後押しを受けて、俺は言葉を繋いだ。

 

「そうだな。確かに術具技師の人たちは、そうやって作業しているって聞いたし、調べたけど。俺は技師じゃないけど、塔の術具を色々管理していたからさ。マルゼスさんって、わりと雑なところがあってちょくちょく術具を壊してたし……」

「へえ? それは意外ね。『煌炎の魔女』様ともあろう人が……それでそれで?」

「あ、あぁ……うん。それでさ」


 何故だか急に、食い気味となってきた白羽根さんに若干引きつつも……


「だから俺も、あるものを使ってなんとかするしかなかったんだよ」

「あるもの?」

技術うでさ。フェレシーラの言葉を借りるなら、だけどな」


 俺は自身の腕を、トントンと指で叩いて彼女に言ってみせた。

 

技術うでって……え? 貴方、術具技師としての訓練は積んでいないのよね? どゆこと?」

「解呪だよ。『解呪』の技術を応用して、俺は塔の術具を修理したりしてたからさ」

「んんん? 『解呪』を応用してって。あれって術法式を無効化する為のものよね? それを使ったところで、術具の霊銀盤が駄目になるだけに思えるのだけど」 

「確かにそうなるのがオチだな。飽くまで、そのまんま『解呪』しちゃうとだけど」

「ふむ……どうぞ、続けて頂戴」


 フェレシーラの促しを受けて、まずは頷きを一つ。

 

「そもそも『解呪』っていうのは、既に組まれた術法式の構成を把握して、そこからそれを無効化するように構成されたアトマを流し込み……その結果、術法式を解体する技術でさ。だから基本的には、無効化する式を構成することに全力を傾けるものなんだけど……」


 左手を開き、一度はそこに右の拳を「パンッ」とぶつけて弾き飛ばしてから。

 

「でも、そこを上手く調整してやると『解く』んじゃなくて『変更』できるんだ。術法式の構成を完全に把握して、部分的な解除と再構成を繰り返していくことでさ」

「変更できるって……『解呪』の技術を利用して、既に固定化された術法式を変化させるってこと?」

「そう。勿論、物によって難易度は変わるし。普通に『解呪』するのに比べたら、構成の把握にも変更にもかなり時間はかかるけどな」


 言いつつ俺は、再び左手をフェレシーラの目の前へと持っていき、今度は同じように開いた右の掌をそこに合わせてゆく。


「でもその分、道具は霊銀盤をちょっと弄るだけのもので済む。それがこのやり方の利点かな。腕利きが技師が工房でやる仕事には及ばないけどさ」

「それはそうなんでしょうけど。今の話が本当なら、呆れるより他にないわね。いえ……驚くより他にない、というべきか」

 

 そうして出来上がった手と手の形をじーっと見つめながら、フェレシーラが深々と息を吐き洩らしてきた。

 

「というわけでカスタマイズは出来そうだからさ。霊銀盤さえもつなら、アトマの消費量を引き上げて術効を強化してもいいしな。それに他の術具や術法、アトマ光波なんかとも併用していけるなら――」 

「はい、ストップ。そろそろ大食堂に着いちゃうから。そこらの話は、また後でね」


 言いながら、フェレシーラがこちらの口元に指差し指を当ててきた。

 チョン、という軽い窘めに、俺は思わずたたらを踏み立ち止まる。

 

 ちょっとばかり話に夢中になりすぎてしまったようだ。

 こういうところは、ほんと悪い癖としかいえない。

 フェレシーラが嫌な顔一つせずに聞いてくれるものだから、ついつい甘えてしまっている感もある。

 

 そういやマルゼスさんにも、「フラムくんって、熱中しすぎるとこっちを見てくれなくなるの、よくないと思うの」とか言われてたっけな。

 今更ながら、反省です。


 なんてことを思い出しつつ歩いているうちに、大食堂の扉が見えてきた。


「それじゃ、まずは私からエキュム様に挨拶をするから。フラムは適当に合わせておいて」


 扉を前にして法衣をたなびかせて振り返ってきた少女に、俺は神妙な面持ちで了承の首振りを行う。


 ぶっちゃけ下手に喋ると襤褸が出ますからね、僕は。

 ここは一つ……お手本をお願いいたします、フェレシーラさん!



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