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312. 『疑念』

 控室で一人待ち続けていると、白い法衣姿となったフェレシーラとホムラがやってきた。

 

「ごめんなさい、フラム。随分と待たせちゃって」

「ん、大丈夫。さっきまでティオのヤツと話してたからな。よおホムラ、ちゃんとお利口さんにしてたか?」

「ピ! グルゥ……ピピッ!」


 法衣の裾の周りをグルグルと回り続けていたホムラに声をかけると、赤茶の翼をバササと打ち鳴らしての応答が返されてきた。

 ちょっと勇ましげというか、誇らしげな感じだ。

 

「その子ったら、私が着替えさせてもらっている間中、警戒し続けてくれていたのよ。ドレスルームに誰か入ってこないか、おかしな奴はいないか、って感じで」

「ああ、そっか。そういやフェレシーラのこと、頼んでいってたもんな。偉いぞ、ホムラ。お役目ご苦労様だ。よーしよし」

「ピィ♪」


 小さなボディーガードを労いつつも、俺は目の前に立つ少女に視線を向ける。

 白薔薇を模したあのドレスではなく、既に見慣れた感のある、聖伐教団支給の法衣を身に纏ったフェレシーラがそこにいた。

 

「うん。そっちも似合ってるな。荷物、預けてたのか?」

「そりゃあね。有事の際にはエキュム様を守らないといけないし。愛用の品は全部持ち込んであるもの」

「そっか、安心した。俺もいきなりだったから、取りあえず手持ちの荷物は持ってきてたけど……フレンのヤツ、元気にしてるかな。あ、いまのは荷物扱いしたわけじゃないぞ。あいつだけ神殿の厩舎に残してきちゃったなあ、って思ってさ」

「わかってますから。それにあの子なら平気よ。毎日しっかり運動もさせてもらってるみたいだし。あれでいてかなりモテるのよぉ、フレンって。厩務員にも他の馬たちにもね」

「そか。それなら安心だ」


 ちょっぴり自慢げに愛馬フレンについて語るフェレシーラの様子に、自然、安堵の溜息を漏らしてしまう。

 どうやらあの時のこと(・・・・・・)を気にしている風ではない。

 なら、こちらも気にせずにいるべきだろう。


「ところで……ティオとは何を話していたの? 一瞬、壁の向こう側からも視えるぐらい、強いアトマの流れがあったみたいだけど。あれってティオがなにか神術を使ったのよね? すぐに視えなくなったし、特に騒ぎが起きていたようでもなかったけど」

「ああ、それなんだけどさ」


 彼女に問われて、そこで俺は一瞬口籠った。

 ティオとのやり取りをどこまでフェレシーラに話して良いものか。

 当然、彼女に対して隠し事をしたいわけではないが……


 ちなみティオからの『人間じゃない何者かの気配に覚えがないか』という質問に対しては、すぐにジングのことが頭に浮かんだので誤魔化しに走っていた。


 取り敢えず話題逸らしに精銀術シルバリーの応用で作成される『秘術生命体』ーー所謂、魔法生物の関与を疑う形で一通りの説明で返したところ、何故だかティオの方から『ごめん、ボクがわるかった』と謝罪されて終わっていたけど。

 なんなの。


 まあ、それはさておきだ。

 俺は話すべきことを自分の中で纏めると、声のトーンを落として言葉を続けた。

 

「あれな。ティオが俺に『聖伐教団から勧誘があっても受けるな』って言ってきて。それを万が一、他人に聞かれないように『聖域』を使って話してたんだよ。掻い摘んでいうとだけどさ」

「え? 勧誘を受けるな、っていうのは……まあわかるけど。あの子、いつの間に『聖域』まで使えるようになってたの?」

「ああ、『聖域』ならつい最近のことらしいけど。『咎人の鎖(クリミナルハンガー)』と連動させて持続発動させていたから……多分あれ、その場を動かず効果時間内なら、他の術法も使えるんじゃないかな。当然、その間は『咎人の鎖(クリミナルハンガー)』は戦術具として機能しないだろうけど」

「むぅ。覚えて早々、中々に面倒な使い方してくるじゃない。そうなると、崩す為の肝は鎖の方かしら」


 ティオが……青蛇の神官が、新たに技を修得している。

 それを耳にして、目の前の少女が白羽根の神殿従士としての顔を見せてきた。

 対して俺は「どうだろうな」とワンクッション挟みつつ、私見を口にした。


「ティオの口振りでは足場ごと吹き飛ばされても問題なし、みたいな感じだったから。純粋なパワー勝負で一点突破に賭けてみるか、素直に持続が途切れるのを待つかの二択じゃないかな。効果が強烈な分、予備動作抜きでは発動出来ないタイプの術法だし。一対一タイマンなら使う隙を与えない、でいいと思う。時間を稼がれると不味い状況とかじゃないかぎり、こっちも離れて様子見もしやすいし」

「なるほど、それもそうね。むしろ『聖域』があるから出させないようにって、無理攻めしすぎないことの方が――って! 違うから! いま絶対、そういう話じゃなかったから!」


 会話の途中、白羽根様がフェレシーラさんに戻って声を張り上げてきた。

 お元気そうでなによりですね。


 ていうか、ついつい話がそっち方向に飛んでしまったけど……

 そもそも貴方が『聖域』なんて高位の防御神術を、『ゴリ押しでぶっ飛ばす』みたいな雰囲気で攻略する気満々だったので、私見を述べたまでなのですが。

 そこにツッコミを入れると怖いので言いませんけどね。

 

「そういう話じゃないっていうと、勧誘云々の方が気になるってことか?」

「そうね。元々今回の査察が、『白羽根が突然行動を共にし始めた人物』の調査も兼ねていた、っていうのは会議棟でティオから聞いていたのよ。だから流れ次第で、貴方に聖伐教団に勧誘が飛んでくる可能性はあったのだけど……今日の代理戦の結果が大教殿に報告されれば、ほぼ確実にお誘いがくるでしょうね」

「なる。そこらをティオと話していたから、代理戦なんてものが起きても妙に落ち着いてたわけか」


 代理戦の裏にあったのは、まさかの俺に対する調査。

 そして勧誘への筋書き。

 正直言って、意外な内容ではある。

 

 だがしかし、いまいち現実感が伴わないせいか、そこまでの驚きはない。

 教団の積極性には関しては、少し引いてしまう部分はあるかもだが。

 

「それにしても俺なん……じゃない。ただの旅人まで引き込もうだなんて、教団も案外人手不足なんだな」

「人手不足っていうよりは、戦力不足なのよ」

「戦力不足って……いや、十分凄くないか? ミストピアの神殿でこれだろ? 教会にだって神官の人たちが大勢いるし。それが大きな街には必ずあって……当然、公都の大教殿にはもっと凄い人達がいるんだろうし」

「そうね。そこに公国軍の兵士もいるから、貴方の言うとおり、中々に立派なものよ。でも……魔人との戦いで失ったものが大きすぎた。教団の一部の人達は、そう感じているの」


 フェレシーラの言葉には、何処か悲しげな響きがあった。

 魔人との戦い。

 俺の師であった『煌炎の魔女』マルゼス・フレイミングが……聖伐の勇者と呼ばれるに至った、異形の軍勢との戦い。

 

 疑問があった。

 それは俺がフェレシーラと出会い、聖伐教団のことを知る中で感じていた、小さな疑問だった。

 何故それを、いままでそれほど気にしてこなかったのか。

 

 答えは単純だ。

 マルゼス・フレイミングは、ラグメレス王国を滅ぼした双頭の魔人将の片首を落として、撃退へと追い込んだ。

 その結果、魔人たちは総崩れとなり……旧王国領より姿を消した。

 

 聖伐教団と共に魔人と戦い続けていたレゼノーヴァ公は、荒廃した王国領を接収し、レゼノーヴァ公国を樹立した。

 そして聖伐教団は公国にアーマの教えを国教として触れ回り、その立ち位置を確立した。

 

 なので、俺はそう気にしてはいなかった。

 マルゼス・フレイミングが……聖伐の勇者と呼ばれた彼女が、聖伐教団に属していないことを、特には気にしていなかった。

 

 理由は単純だ。

 魔人将を倒して救国の英雄となった彼女は、その恩賞として『隠者の森』を拝領し。

 そこで隠遁生活を送ることを、良しとされていたからだ。

 

 いうまでもなく、『煌炎の魔女』の力は絶大だ。

 そんな人が世捨て人であることを黙認し続けるという行為自体、俺からすればこうとしか考えられない。

 聖伐教団は、別に力を求めていない、と。

 

 勿論、俺の知らないところでそうした誘いは、マルゼスさんの元に届いていたのかもしれない。

 しかし言ってはなんだが、あの人は隠し事だとか、はかりごとだとかは大の苦手だ。

 塔に近づく者がいれば術具ですぐに俺も知ることは出来たし、『伝達』のような術法での接触に関しても同様だ。

 

 なので、あまり気にはしていなかった。

 聖伐教団は勇者を手元に置こうと考えてはいない。

 別にその力を必要としてはいない。

 そう考えていた。

 

 故に何故、と話はなる。

 何故、聖伐教団は聖伐の勇者の力を求めてはいないのに、別の誰かの力は求めているのかと。

 

「フェレシーラ」


 確かめておきたい。

 その齟齬、違和感の原因を。

 

「一度、領主様に挨拶をして……部屋で話をしよう。聞いておきたいことがある」

 

 そんな想いで彼女の名を呼ぶと、ゆっくりとした頷きが返されてきた。




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