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310. 意地の張り処

「大体なぁ」


 こちらに詰め寄り睨みつけてきていたティオに、俺は「すぅ」と大きく音を立てて肺一杯に息を溜め込み、言った。

 

「なんで今日あったばかりのお前に、俺とフェレシーラのことを全部見てきたような口振りで、ずけずけグチグチ文句つけられねぇといけねーんだよ。お前はあいつの保護者か何かか? なんにも知らないじゃ済まないところまで踏み込んでるだ? そりゃこっちの台詞だ、不良神官」 

「へー。それがキミの言い分なんだ」


 一息に不満を吐き散らすと、「ハッ」と小馬鹿にしたような笑い声が返されてきた。

 

「そんなのタダの開き直りじゃん。俺の自由だから口出するんじゃねえ、とでも言いたいの? あの子のお情けでここまで来たクセしてさ。一丁前のクチ叩いて人にガン飛ばして来る前に、自分の食い扶持ぐらい自分で稼いで見せろよ。ヒモ魔術士」

「はぁ? 紐魔術士って。新種の術法使いか何かか? さっきからワケわかんねぇコトばっか言いやがって。ちゃんと説明しろ、ちゃんとわかるようにな」


 いい加減にむかっ腹も立ちまくっていたこともあり、俺は目の前の少女へと要求を突きつけてしまう。

 いやマジで。

 マジでなんなんだよ、コイツは。

 自分は色々したり顔で勿体つけた事ばかり言ってくるクセに、人にはフェレシーラとの関係をはっきりさせろだとか、都合がいいったらありゃしないぞ。

 しまいには紐魔術士だとかなんとか、意味不明な文句までつけてきやがって。

 聞いたことのない呼び名だし、新手の術法形態か?

 名前から推測してみると、陣術の様な触媒依存型でそれこそ紐状の触媒を利用して術法式の構築や補強を行うタイプのものか……

 大穴でなんらかの術効を付与した紐を創り出して、それを操るって線もあるか。

 なんにせよネーミングがダサすぎるし、なんか言われただけでムカつくぞ。

 マジで説明しろよな。


「あ、うん……ごめん? その反応は想定外っていうか……ちょっと言い直すから待って?」

 

 なんてことを考えていると、ティオの表情がそれまでの敵意剥き出しの表情から、なんとも言えない微妙な困り顔と変じてきた。

 どうやらこちらの指摘に思うところがあったのか、言葉を選び直してくれているらしい。

 

 続けて文句を言ってやりたいところだったが、そういうことならここは心を広く持って――


「ヒモというのは、この場合、物質的な紐を指していうわけではありません」


 ……ん?


「ヒモという言葉の語源は、ここ中央大陸より海を越えた遥か東。シンレンのとある職業に由来します」


 突然の説明モードに移行したティオに首を捻りつつも、俺はシンレンに関する知識を頭の中から引っ張り出す。

 たしかあそこは、鬼人族ディモスが暮らす国の筈だが……

 

鬼人族ディモスは屈強な肉体と頑健なアトマを誇ることで有名な種族ですが……シンレンの沿岸部に棲む者たちの中には、『男は戦う』『女は働く』といった、なんとも風変わりな風習を持つ人々もいまして」


 そこまで口にして、少女が右手を「クイッ、クイッ」とリズミカルに動かしてみせてきた。

 

「海に舟を出して、女性が腰に紐をつけて海底に飛び込み漁を行い……息がもたなくなる直前で、紐を引っ張ります。男の役目は、その報せを待ち女性を舟にすばやく引き上げる、というものなのですが」


 おそらくそれは、その飛び込み漁とやらの紐の動きを真似たものなのだろう。

 

「その『男は待っているだけ』で『女性だけが働いている』状態が……『ヒモ』という言葉の語源だと言われています。諸説アリ」


 平静とした面持ちで、しかし言葉の端々に冷たい棘を潜ませて、彼女は説明を終えた。


 ……ええっと。

 いまティオが口にしてきた、『ヒモ』にまつわるお話から『ヒモ魔術士』という合成語について、いま一度振り返ってみますと。 

 

「まさか、というか、つまり、当然、それって」

「そうだね。あの『隠者の森』を出てからセブの町を経由して、このミストピアに重装馬車なんて派手な代物でやってきて、それからずっと宿代だの依頼料だの装備代だの神殿での特訓だので、ずーーーーーーーーーーーーーっと特定の女性に世話になり続けてた男性のことだね。敢えて誰とは言わないけど」

「ぐはっ!? って、あだっ!?」


 懇切丁寧なその説明に思わず身を仰け反らせると、後頭部が『聖域』によって生み出されたアトマの壁に直撃した。

 痛かった。

 物理的にもだが、もっと別の部分が痛かった。

 

「大体なぁ、なんて言ってくれたけどね。そういう如何にも『ボク世間知らずです』みたいな顔して上手く母性本能くすぐりにいくんだよね。キミみたいなヤツって大体さ」


 グサッ。

 

「しかもそうやって経済的に世話になっておきながら、ペットまで飼って『共同作業頑張ってます』みたいな感じで連帯感もバッチリとかさ。マジでエグイよね、そういうの」

「あ、あのですね、ホムラはペットではなく、僕の初めての友達であって」

「うん。その主張を否定するつもりはない。キミにとってそれは大事なことなんだね。それはいい。でも、周りからみれば違って見えて当然だ。見た感じ、躾もちょっとなってないみたいだしね。というかキミ、幻獣の所持許可証持ってないでしょ。影人討伐なんかよりも、そっちが先なんじゃない? その初めての友達のことを考えるならさ」


 グサグサッ!

 

「他にもさ。言いたいことなんて幾らでもあるよ? てか、出歯亀二号ってなに? どっかに一号さんでもいるの? ところで一号二号って響きがもうイラッとくるよね?」

「そ、それも良くわかりませんが……出歯亀一号に関しては、一応対策済みといいますか、逆監視中といいますか……!」

「ふぅん? ま、キミらのやってることを全部知ろうってワケでもないけどさ。そこはあの子にもわるいし、小姑みたいな真似まではしたくもないし。ただボクは、もっとキミにはしっかりしてもらいたい。それはわかるね?」

「はい……! それはもう、痛いほどに……!」

「うんうん。ちょっとボクも言い過ぎたけどね? 逆にだよ。逆にキミが本当に胸をはって、『俺とあいつのことに、誰にも口出しはさせない』って周りに言えるんならさ。それはそれでいいんだよ。そこんとこ、わかってる?」

「ハイ……!」


 気づけばティオの声が、頭上からやってきていた。

 いつの間にか自分の両手が、『聖域』の光に輝く絨毯の上にハの字に置かれてしまっている。

 視界は若干ぼやけているのは、ガチで涙目になっていたせいだ。

 

 所謂ところの土下座状態である。

 どうしてこうなったとは言えない。

 完全に、一切の言い訳も出来ぬほどに俺自身の責任だ。

 

「本当はさ。こういう話はもっとゆっくり時間をかけて、誤解なく進めたいところなんだけど……まあ、公私混同もいいとこではあるからね。キミの頑張り次第ではあるけど、そこは折を見てってヤツだ。そろそろ『聖域』の術効も切れちゃうしね」

「了解いたしました……!」

「ん。まあいいよ。ああいう風にムキになるヤツは嫌いじゃない。今回の返事として有難く受け取っておく。ただ、意地の張り処だけは間違わないことだね」


 そんな赦しの言葉と共に黒い外套が揺れ動き、手が差し出されてきた。

 意地の張り処を間違うな。

 その言葉を胸にしまい込み、俺はその手を取る。

 

「それじゃあ、キミの質問に答えよう」


 彼女の手を支えに膝をつき立ち上がると、返事がやってきた。

 

「ボクの返事は最初から決まっていた。『フェレスのために』。ここは変わらない。でもこの先、一つ増えるかもしれない」

「……それって、何がだよ」

「その時がくれば教えてやるよ。お祝いも兼ねてね」

「いやまた意味がわかんねぇし……」


 まあいいか、と。

 

 燐光を放ち解け逝く神術の中で、俺は意外なほどに素直にそう思えていた。



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