309. ブチ切れ
「一人の女性として、って」
ティオより投げつけられた言葉を口にして、俺は戸惑う。
一人の女性として。
フェレシーラを。
好いているか。
「そ、そりゃあ、フェレシーラのことは一人の人間として好きだし、あいつは女の子だけど」
「そこを分けるな。けどっていうな。日和るな」
「ぐ……っ!?」
「質問には明確に答えろ。でないとボクも同じように答えるぞ」
純白のアトマで満たされた『聖域』の守りの中で相対していたティオが、その金色の瞳で俺を射抜いてきた。
彼女の要求は妥当だ。
取引としての質問に対して、明確に、嘘偽りなく答える。
そうすることで、こちらの質問にも同等の回答を求める。
ぶっちゃけた話、こうした厳正な対応を求められている時点で、俺は既に回答を得ているようなものだった。
俺が先んじてティオに問いかけたのは『フェレシーラのためをおもい、行動しているのか』という内容のものだ。
親友のために行動する。
当然といえば当然のことなのかもしれない。
しかし彼女は聖伐教団という組織に所属している。
そこに属する者には大なり小なり、果たすべき責務と役割があり。
それを全うするからこそ、公国の守護者の一翼足りえている。
そういう観点から見てみれば、ティオ・マーカス・フェテスカッツという少女は、非常に出鱈目な人物にみえる。
気紛れで破天荒、冷酷なようでいて叙情的で感情豊か、適当な癖に……強い。
聖伐教団は、たしかに力ある者を認めるし、求めている。
だがそれは飽くまで、教団、引いてはレゼノーヴァ公国にとって益を齎せばこそ、の話だろう。
強い力を持つが教団の総意に反した行動を取る。
力に価値を見出すものが、強い力に追随する。
もしそんな流れが生まれでもすれば、元も子もないどころか災いの芽にしかならない。
組織が備えるべき法と秩序。
わずかな時間ではあるが、俺がこれまで出会い、その人となりを知り得た人々の中で……ティオという少女は、断トツの一番で、そこから逸脱した存在に思えてならなかった。
ちなみに二番目はセレンで、三番目はパトリース。
女性陣ばかりがヤバい気がするのは何故なのか。
閑話休題。
「お前なぁ……こんな高位術法まで持ち出して、内緒話にしておきたいって時点で無理があるだろ」
「は? いきなり何わけわかんないコト言い出してんの。無理があるって、何だよ。話逸らしてないでさっさとボクの質問に答えなよ」
「いやいや……『聖域』って言ったっけか。この防御術法。見た感じ隠匿性含めて、相当ハイレベルな対物理、対アトマ防御性能があるみたいだけどさ。ここまでするってことは、他の教団員の人に聞かれたくない話をするってことだろ」
「それは……まあ、そうだけど。それに何の無理があるっていうんだよ」
こちらの指摘に、ティオが鼻白む。
なんとなく、俺の言わんとすることを感じ取っている風ではあるが……
ここは素直に二択を迫っておくとしよう。
「うん。だから、フェレシーラのために俺に接触を図ってきているから……個人として行動しているから、それが教団にバレないようにしたいんだろ。そうでなければ、ここまで警戒する必要もないし。教団のために動いてるなら、別に誰に気付かれてもいいだろ」
「それは……そうとも言い切れないだろ」
筋道立ててティオに説明を行うと、苦虫を噛み潰したような表情で返された。
どうやらあちらにも言い分があるらしい。
頷き、俺は言葉の先を促す。
「キミだって、誰彼構わず聞かれたくないだろ。こういうことってあんまりさ」
「聞かれたくないって……なにをだよ」
「そりゃ当然、キミがフェレスを好きかどうかだよ。だから万が一でも他の連中に聞こえないように、ボクなりの配慮だよ。この『聖域』はさ」
「配慮って……えぇ……」
「ええ、じゃないよ。さっきだってキミ、言い澱んでたじゃん。彼女を好きかどうかを、一個人としてとか何とか勿体つけた言い方でさ。しかもその上、チクチクと理屈捏ねて話を逸らそうとしてるし……往生際がわるいぞ!」
ダンッ、と右足で輝く唐草模様の絨毯を踏みつけて、ティオが語気を強めてきた。
その剣幕に押されて、俺は思わずその場から後退りしてしまう。
そこを逃さず、彼女は間合いを狭めてきた。
「ごちゃごちゃ言ってないで、キミは質問に答えればいいんだよっ。フェレスのことを、異性として好いているのか、とっとと答えろっての!」
「異性としてって……そりゃあいつのことは、嫌いじゃないし。ずっと世話になってるし」
「だからさぁ……ええいっ、まだるっこしいな! 女として愛しているのかって、聞いてるんだよっ」
「あ……!? ちょ、なにいきなり、そんな話に……! だいたい、俺とあいつは出会ってまだ大して日にちも」
「そんなもクソもあるか! 過ごした時間が短いことが、なんか問題になんのか! 大事なのは、中身だろ! お前……ほんっっっっっとーに、面倒臭いなっ!?」
「うぐ……っ!」
ドンッ、と背中に衝撃がやってきた。
勢いを増すティオの剣幕に押されてずるずると逆り続けた結果、いつの間にか『聖域』により打ち立てられた光の壁に退路を阻まれてしまっている。
「いいよ。この際だ。先に忠告しといてやる。そんな中途半端な態度で、いざって時に逃げ出されたら困るからな」
逃げ場はない。
否。
あったとしても、ブチ壊してやる。
金色の瞳にこれまでにない熱を……激情の炎を宿して、彼女は言外にそう言い放ってきた。
「生半可な気持ちで彼女と添い遂げられると思うなよ」
「……なんだよ、そりゃ」
「どんな困難が待ち受けていても、捻じ伏せてみせろって言ってるんだよ。それが出来なきゃ、今すぐとっと尻尾巻いてあの辛気臭い森に帰っとけ。いっとくけどな、こっちはもう色々《・・》知ってるんだよ」
「はあ? んな一方的に捲し立てられてもな。一体、お前が俺たちの何を知ってるって」
「宿」
言葉の途中、ギロリとティオがこちらを睨みつけてきた。
「ここの神殿に来るまで、ずっと一緒に泊まってただろ。知ってるぞ。堂々と同じ部屋で寝泊まりしやがって。バレてないとでも思ってたか? 大教殿の連中は噂が広まらないように根回したり、無駄なことしてるけどさ。目撃者なんて山ほどいるんだからな?」
吐き捨てるようにして、彼女は続けてきた。
俺は動けない。
「聖伐教団にとって、白羽根は特別なんだよ。だから単独行動も許されていたし、むしろ上の連中に支持されていた。だけど、突然彼女がそれを止めた。教団になんの連絡もなく、ぽっとでのガキのお守りを買ってでて……気付けばそいつはこんな場所にいる。当然のような面をして、フェレシーラ・シェットフレンの横にいる」
これまで、なんとなくで済ませてきったことを……
心の何処かで罪悪感を抱きつつも、「これは彼女の好意だから」「これぐらい、やましい事でもなんでもないから」と言い訳し続けてきた事実を前にして。
「お前はもう、何も知らなかったじゃ済まされないところまで踏み込んでる。『煌炎の魔女』……『聖伐の勇者』マルゼス・フレイミングの元愛弟子。フラム・アルバレット」
いつかは誰かに咎められることを、薄々感じてはいながらも目を背けて続けてきた、そのすべてを自覚しながらも……
「責任を取れって言ってるんだよ、私はさ。あの子を泣かせでもしたら、マジでブッ殺すぞスケコマシ」
「誰が泣かすか、ボケ。この出歯亀二号が」
俺は渾身の顰めっ面で以てして、彼女にそう言い返していた。