308. ド直球の質問返し
フェレシーラと俺は、決してペアになることは出来ない。
「それは……それって、どういう意味なんだ?」
「どういうもなにも、そのままの意味さ」
努めて平静な声でティオに問いかけると、彼女は表面に木目がはっきりと浮き出た椅子の上より、素っ気ない言葉を返してきた。
「言ったろ。一度しか言わないって」
一切の説明は出来ない。
こちらとの会話に応じる気もない。
そんな少女の対応に反感を覚えつつも、俺は意識して溜息を一つ挟み、口を開いた。
「お願いっていう割りには随分と一方的だな。どちらかと言うと、警告の類なんじゃないか。それって」
「受け取り方はお任せするよ。ま、これでブチ切れてくるようならそこまでのヤツだったってことだしね。ボクの見る目がなかっただけ、で終わる話さ」
「あのな。そんなんで何か察しろっていうんなら、それこそ買い被りがすぎるぞ」
フラム・アルバレットは聖伐教団に入ったところで、フェレシーラ・シェットフレンとペアを組むことは出来ない。
だから教団から勧誘があったとしても、断れってくれと。
ティオが行ってきた『お願い』は、その前提が不動のものであるなら……
むしろ彼女に言わなくとも、こちらの方から願い下げ、といった内容のものだった。
そういう意味でもこれはどちらかと言えば『警告』に類するものだ。
わざわざティオが『お願い』と口にしてくるからには、彼女にとっても『俺が聖伐教団に所属する』という選択は回避させたい事態なのだろう。
だがしかし、それを望むには言葉足らず過ぎる。
誘いがあるかどうかは別として、教団に加入する諸々のメリットを蹴って、ティオのお願いとやらに「はい、そうします」と二つ返事で応じてやる義理もなければ、旨味もない。
とはいえそれだけの理由で話を突っぱねても、それはそれで面倒なことになる気はした。
ティオの言葉を借りれば、それは単なる勘だ。
「それに、だぞ」
迷った挙句、俺は話の切り口を変えてることにした。
「それに肝心の、アイツの気持ちはどうなんだよ。ここで勝手にああだこうだ言い合ったところでさ。フェレシーラが望まなければ、おかしな事になるだけなんじゃないか?」
「それはそうだね」
「そうだね、って。お前なぁ……真面目に話し合うつもりあんのかよ」
「んー。そう言われてもねぇ。こっちもまだキミの事を測りかねてる段階だからね。なんでもかんでもホイホイと話すわけにもいかない、ってとこかな。それこそおかしな事になっても困るし」
「それを言ったらお互い様、だろ。話が平行線ってヤツを突っ走ってるぞ。そっちがそういう態度でくるんなら、逆に聞かせてもらうけどな」
暖簾に腕押し、ああ言えばこう言う。
埒を開けさせる気が端からない相手に、四の五のいったところで無駄だろう。
ならばここは、こちらも勝手を通すより他に手はない。
「あいつ、前に言ってたぞ。単独行動ばかりしていたけど、教団の誰かとペアを組むのも悪くないかもってさ。なのになんで、俺が教団に入っても――」
「キミさ」
曖昧な仮定に対しては、揺るぎなき事実を。
そう思い攻め入ったところで、切り返しが飛んできた。
「今までの人生、出来ることだけ口にしてきたタイプ? ああならいいな、こうならいいってな。例えば当ても予定ないのに、明日の夕食はステーキが食べたいとか。行く行くはこの国を影から操り支配してやりたいとか。そういうの口に出して楽しんだりしない? ボクは結構するんだけど」
「――」
感情の色を伴わぬティオの指摘に、俺は言葉を失う。
口調も軽く、内容も本気か冗談かよくわからない、欲望丸出しの例え付きだが……
『ぼく、ぜったいマジュツシになるからね! マルゼスさんみたいな、すごいダイマジュツシになって……それから、それからね!』
茫然としているところに、『声』がやってきた。
それが誰が何処で何時、口にしたのかなど考えるまでもない。
強く、一度だけ頭を振り、俺はそれを振り払った。
そして気持ちを強く持ち、今この場で確かめるべきことを口に昇らせる。
「フェレシーラの、誰かとペアを組みたいっていうのが……願望に過ぎないっていうのかよ」
「キミが一体、いつそれを聞いたのかは知らないけど。少なくとも今はそうだね。事情が変わったというべきかもしれないけど」
「その事情とやらは、俺には言えないんだな? なら俺が、そっちの勝手に付き合う義理なんてまったくないのもわかって言ってるんだよな」
「そりゃあね。話して良いものなら、洗い浚いブチ撒けたいぐらいだよ。でも、無理だ。少なくとも現段階ではね」
「……一つだけ、確認させてくれ」
どう足掻いても、話は平行線。
具体的な内容はまったく見えてこないことに苛立ちながらも、話の軸を確かめにゆく。
「ティオ・マーカス・フェテスカッツ。これは、あんたはあんたなりに、フェレシーラのことをおもっての行動なのか。それだけは、はっきりとさせてくれ」
当然、そうでない可能性もあるだろう。
コイツが「自分はフェレシーラのために行動している」と言ってきたところで、それが本心であるかを見抜く術はないだろう。
それでも、面と向かって確認しておく必要があった。
正直なところ、俺はティオのことをまだよく知らない。
いや……知っていたとしても、何を仕出かしてくるか良くわからない相手だろう。
それは彼女と付き合いが長いフェレシーラの反応をみれば、薄々察しがつくというものだ。
しかしそれでも、ティオが己が属している聖伐教団よりも、フェレシーラの個人を優先しているということは、理解できた。
同じ人物を師と仰ぎ、同門の徒として互い腕を磨き合い、同じ組織に所属する。
それは単なる偶然、流れというヤツに、過ぎなかったのかもしれない。
いわゆる腐れ縁的なものに過ぎないのかもしれない。
しかし経緯や理由はどうあれ、フェレシーラにとってティオが親友であることに違いはないだろう。
故に俺は、彼女もそうであると信じる。
そこにズレがあり、問題が発生したというのなら……その落とし前をつけさせてもらうだけだ。
それが俺という人間に関わってきた、ティオの持つべき責任だろう。
「彼女のことを、おもってか」
そこに思考の芯を定めての問いかけに、反芻するかのような声が返されてきた。
明らかな迷い。
言葉の響きだけでなく、表情にも翳りがある。
不意に、青蛇の少女が立ち上がった。
そこに黄銅色の鎖が音もなく従い、彼女の周囲で渦を巻く。
それに対して、俺は椅子に腰かけたまま動かない。
敵意はなかった。
あるのは只々、深い哀しみの色のみ。
咎人の名を冠する鎖が、唐草模様の絨毯の上に円を描いて伸び走る。
「印すは聖なる軛。隔てるは輝きの轍……」
飾る者なきドレスルームに、呪文の詠唱が響く。
初めて耳にする――おそらくは高位の神術を構成する為の――祝詞の如き囁き。
「穢れへの拒み。静謐の理。安寧乱す者悉く絶ち退ける、地の封域よ」
純白のアトマが地に満ちる。
岩肌より流れ出る清水にも似たそれを、黄銅の鎖環が阻み堰き止める。
「咎人の鎖と連動させて、『聖域』の神術……高位の防御術法を持続的に展開させてある。範囲を絞って固定させた分、強度に関しても通常のそれと遜色ない代物だ。構成上、追加の術効を求めない限り、維持に気を回す必要もない」
唐突な、だが必須であろうレクチャーに、俺は耳を傾ける。
既にこちらの足元には、直径にして3mほどの『聖域』がドーム状に展開されている。
「例え地面ごと抉り飛ばされても、『聖域』自体を突破しない限り、この守りを超えることは敵わない。当然、『遠見』を代表とする探知系の術効も機能しない。つまりここなら、誰にも邪魔はさせない」
「……それって、今から人には言えない話をするってことか?」
戦術具の機能と神術の術効を見事に融合させた、超高等技術。
その技量と発想より生み出された、未知の術法に目を奪われつつも……
俺はその使い手へと向けて、疑問の声を投げかける。
「ああ。正確にはボクからキミにも一つだけ質問がある。そちらの質問に答えるか、どうか。それを決めるのは、そのあとだ」
「オーケー。時間がないんだろう? その条件でいい。質問を頼む。飽くまで、答えられることならだけどさ」
「こっちもそれでいいよ。答えられないのなら、どの道そこで終わりだからね」
互い了承の頷きを交わして、居ずまいを正す。
それからティオが、これまでにない程の真剣な面持ちで以て、こちらをじっと見つめてきて。
「質問は至ってシンプル。キミさ……フェレシーラを、一人の女性として好いているよね?」
ド直球で放たれてきたその質問に、俺の思考は完全に停止へと追い込まれていた。