307. 単刀直入、胸を刺す
「単刀直入に、ってヤツでいこうか」
手近な椅子に腰かけて、ティオが話を切り出してきた。
「聖伐教団への所属打診が来たら、蹴って欲しい。出来るだけ穏便にね」
教団への所属打診。
その言葉を耳にして、俺は思わず「んん?」と首を傾げてしまっていた。
「蹴るって……誰がだよ」
「勿論、キミに決まってるだろ。9人抜きのフラムっちくん」
「ああ」
9人抜き。
その言葉を出されたことで、ある程度の察しはついた。
「今日の代理戦の結果をみて、俺に教団からお誘いがあるかもって話か?」
「まあね。今回はキミの腕を試してこい、ってのもドルメに与えられた任の一つだったからさ。まあ、それも表立ってやると騒ぎになりすぎるからね。まずは小手調べをってことで、ボクが名乗り出たってワケさ」
「……そりゃまた、驚きというか」
意外な、しかしそれなりに納得いく話の内容。
それを口にしてきたティオの表情は、なんとはなしにつまらなそうに見える。
「あのさ。色々質問したいのは山々なんだけど。この話って、人に聞かれたら不味いんじゃないのか?」
こちらと正対する彼女に向けて、まずはそれを確認しておく。
いまこのドレスルームには、俺とティオしかいない。
それも偶発的な形で話し合いに及んでいる形だ。
普通に考えれば、盗み聞きなどそうそうされていないと思われるが……
世の中には、ランクーガー家のお姉様たちみたいな方々もいるわけで。
「ああ、いまの『咎人の鎖』は索敵モードにしてあるからね。妙な動きをしているヤツがいれば、お知らせしてくれるよ。それに万が一無効化してくる相手がいたとしても、聞かれていい話しかするつもりはないしね」
「そんな機能もあるのかよ……まあ、そういうことなら余計なお世話だろうし、続けるぞ?」
「ほいほい。いきなりではあったからねぇ。どぞどぞ」
「よし。じゃあさ」
軽い調子でオーケーを出してきたティオへと向けて、俺は確認を行うことにした。
「そもそも、聖伐教団に入れるってレゼノーヴァ公国で公民権を取得した人間だけじゃないのか? 所属の打診……つまり、俺にもしも、それこそ万が一教団からの勧誘がくるにしてもさ。
そこからして、こっちは条件を満たしてない気がするんだけど」
「なに言ってんだい。そんなの、公民権の管理局にちょちょいのちょい、で教団が取得させれば済む話だろ。自分から頭を下げて入団したいってヤツには必須、ってだけでさ」
マジか。
セレンが提出してくれていた公民権の申請書、記入していくときに結構厳しめの確認事項がずらずら並んでいた気がするんだが。
公国内での聖伐教団の影響力が強いってのは、マジなんだな……
「流石にどう考えても問題人物、ってヤツは避けてる筈だけどさ。基本的に教団、特に神殿側が実力主義なのはもう知ってるでしょ? あ、いや、問題児にも声かけてたな、そういえば……」
こちらに対する返答を行ってきていたティオが、不意に語尾を濁してきた。
なんだかよくわからないけど、「お前が言うなよ」って感じはするんですが、それは。
ミストピアの神殿もかなりの癖ツヨ集団だけど、そこまでいくと教団全体のカラーって気がしてくるぞ。
そう考えてみると、フェレシーラはわりと常識的で大人しい方だよな。
たぶん。
ちょっと鈍器をブン回すのと攻撃術が得意ってだけで。
「なんにせよだよ。使える『駒』を揃えようとしてるのは、なにも聖伐教団だけってわけじゃない。実力を示してきた以上、余所に持って行かれるぐらいならツバつけておこう、ってのは普通のことだよ。例えそれが、飼い殺しってヤツに終わるとしてもね」
「それは……いまいち俺がその『駒』として見られることに、実感が湧かないのは別としてもさ。そういうモンなんだろうけど」
ティオの言っている話の内容自体は、理解することが出来た。
戦力と使える者は取り込んでおく。
そうすることで、対抗勢力に流れることを未然に防ぐ。
年若い国であるレゼノーヴァ公国には、近隣諸国からの外圧に負けない為にも、戦力の拡充は急務なのだろう。
二度に渡る魔人の軍勢との戦いで疲弊しきった領地で、世界的にも類を見ない規模の霊銀を得始めたということ。
それ自体、非常に危うい状況だったのだろう。
術具産業に力を入れることで経済的な急成長を遂げ、領内の発展のみならず、交易により外貨の獲得も可能となった公国だが、それ故に他国からの介入に対する警戒心も非常に強い。
以前フェレシーラから、ラ・ギオの獣人たちがこのミストピアに攻め入ってきたことを、見事退け、その多くを捕虜としたという話を聞いていたが……
それも先んじて『公国の盾』の二つ名を持つ名将、ルガシム卿を配していたからこその、ミストピア守りの切り札である『惑わしの霧』を伏せていたからこその、大戦果であったことは想像に難くない。
そうした積み重ねがあったこと自体、外敵への警戒心の現れなのだ。
逆にいえば、無策で獣人たちとやりあっていれば……
今頃ここは、ラ・ギオの領土として塗り替えられていた可能性もゼロではないだろう。
なのでレゼノーヴァ公国が戦力を必要とし、そこに聖伐教団が絡んでくる、ということは理解できた。
しかし……
「それならそれで、なんで俺に教団から誘いが来たら断れ、なんて言ってくるんだ? こう言うと己惚れみたいに聞こえるかもだけど……仲間は多いほど、お前にとってもいいんじゃないか?」
「まぁね」
俺が抱いていた疑問に、ティオはあっさりと首を縦に振ってきた。
「ボクもフェレシーラと同じであまり誰かとつるんで行動しない方ではあるけど。どうせ組むんなら、楽しそうな子の方がいいに決まってる。そういう意味じゃ、キミはアリ寄りのアリってヤツだ」
「そいつはどうも……」
「それにさ」
意外なお褒めの言葉を頂き頬を指で掻いていると、青蛇の少女が椅子から身を乗り出してきた。
「公民権を得た上に勧誘を受けて教団入りを果たせば、公国での暮らしは安泰ともいえるからね。そういう意味では、ボクも入団をオススメしたくはあるよ。一定の功績をあげれば、公都自慢の術具工房に顔パスで入れるようになるのも美味しいしね」
「それは……たしかに、ちょっと興味があるな」
ニヤリとした笑みを前にして、ついつい本音が漏れてしまう。
聞けば聞くほど、聖伐教団に所属するメリットは大きいと思えてしまう。
公国での生活を送る上で、これほど大きな後ろ盾もそうそうないだろう。
だが、そうしたことを再確認するほどに、俺の中の疑問は膨らんでゆくばかりだ。
「ま、こんな美味しい話が来たとして。それを断ってくれ……だなんて突然言われても、納得はいかないだろうね」
「それもあるけどさ。その……なんていうかさ」
「言いたいことはわかるよ? フェレシーラ、だろ?」
口籠るこちらの内心が、即座に見透かされる。
やはり、話のポイントはそこだった。
抗弁したところで仕方ない。
そう思い、俺は素直に白状することにした。
「ああ。教団員になれば、大手を振ってアイツと一緒に行動できるかなとは思うよ。ペアってヤツに収まるには、まだまだ実力不足だろうけどさ」
「ふーむ……まあ、そう考えるよね。それが普通だ」
そう口にしてきた少女が、自身の頭に乗せた鍔付きの帽子を指で弄る仕草を見せてきた。
その様子に、俺は思わず首を捻る。
なんだろ。
嫌な感じはしないんだけど、妙に気になる仕草だ。
何か、大事なことを悩んでいる。
そんな感じに見える。
「うん。ここはやっぱり、話しておこう。いいかい? キミのいう通り、どこで盗み聞きされるかわかったモンじゃないからね。一度しか言わないよ。だから耳を掻っ穿って、良く聞いておくんだ」
その言葉に、今度はこちらが身を乗り出してしまう。
ティオが珍しくも、真剣な眼差しを向けてきたかと思いきや。
「君はフェレスのペアにはなれない。絶対にだ」
青蛇の少女が、そう断じてきた。