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304. つもりはなくとも

「サイズが合わなくなってたって……え?」


 突然の思い付きにより、勝手ながら貸し切り状態となっていたダンスフロアにて、己が足元へと視線を向けながらも……


「それってどういうことだよ、フェレシーラ……!」


 両腕でドレスの前面を押さえて蹲る少女へと向けて、俺は思わず説明を要求してしまっていた。


「た、多分だけど……ドレスが落ちないように通されているゴムが切れちゃったっていうか、弾けちゃったみたい……パチーンって……」


 若干涙目となり頬を薄桃色に染めた少女が――位置関係的に当たり前なのだが――上目遣いで答えてくる。

 

 ゴムが弾けた。

 ドレスが落ちない為に必要な物が、ダメになった。 

 

 前後がひっくり返った形で頭の中を通り過ぎていった説明と、目の前で縮こまるフェレシーラの姿に、俺は混乱する。

 混乱しつつも、辺りを見回して人がいないかを確認してしまう。

 

 当然というべきか、幸いというべきか、吹き抜けのフロアに他の人間はいない。

 晩餐会が開かれていた『白霧の館』の館の大食堂は、このダンスフロアとは対角線上の、最も離れた位置にある。

 たしか、ハンサがしてくれた案内の中にそんな言葉があった。

 

 なんでも厨房から料理を運ぶ際は、大食堂でゆっくりと食事と酒を楽しむか、ダンスフロアで踊りと歓談に立食を加えてのパーティーを催すか。

 もっぱらそのどちらかに分かれる形となるらしい。

 

 その為、そのどちらにも厨房から食事を供しやすいようにとの考えで、結果的に二つの部屋が離される構造となったいるのだ。

 

 そのことを思い出して、一先ず俺は安堵の溜息を洩らす。

 

「ふぅ……驚かせるなって。人に見られていなかったから、まあいいけど。いきなり悲鳴なんてあげるから、マジでビビったぞ」

「い、いいわけないでしょ、こんな状態……!」

「いやいや。ゴムが切れただけなら、ドレスルームにいってから俺が人を呼んでくればいいだろ」

「それは……そうだけど」 

 

 こちらの言葉を受けて、幾らか平静さを取り戻したのだろう。

 フェレシーラが、顔を俯かせながらも返事を行ってきた。

 

 その様子に俺は再び溜息をつく。

 今度のそれは、どちらかといえば呆れ半分といった感じだが、それも仕方ないだろう。

 

「ったく。私、どこの神殿にもドレスがありますけど? みたいに言っておいて、これだもんなぁ。最初から借りておけばこんなこともなかっただろうに」

「う、うるさいわねっ。私だって、サイズが合わなくなってるなんて、思ってもみなかったのよっ。まだここのは、着るのも二回目だったし……!」

「そりゃ俺の身長だって伸びるぐらいだしさ。そっちだって成長してるんだろ。ていうかお前、食欲もかなりあるほうだし……単純に太ったんじゃないか?」

「な……っ!?」


 これまで目にしてきたフェレシーラの食いっぷりは、正に健啖という言葉が相応しいものだった。

 それを思い出して、俺は推論を行う。


 何故、まだ二回しか着ていないドレスが破損したのか。

 勿論それは、この館で衣類を管理する者の不手際、管理ミスだったのかもしれない。


 しかしここは仮にも迎賓館。

 国賓の歓待を担う、政治的にも重要な国の施設だ。

 そこで扱う物は、当然ながら新品、もしくは美品揃いの品で固められている。

 

 そんな場所で、フェレシーラが預けた衣装が……今現在、レゼノーヴァ公国で多大な影響力を誇る『聖伐教団の白羽根神殿従士』が用いる品に不備があるというのは、中々に考えづらいものがある。

 

「あ、そっか。太ってなくても、訓練のしすぎで筋肉がつきすぎた可能性はあるな。まあお前の場合、どこに筋肉があるんだって感じでプニプニしてるけど」 

「――」


 理路整然とこちらが推測を進める最中、フェレシーラがすっくとその場から立ち上がってきた。


「お。両手で押さえていれば、ドレス落ちない感じか? それじゃ早速、ドレスルー」 

「ちょっとフラムっ!」

「むおわっ!?」


 ダンッ! とヒールで器用に赤い絨毯を打ち鳴らして、フェレシーラがこちらに挑みかかってきた。

 

「貴方、人が黙って聞いていればねえっ! 太っただの、筋肉がついただの、プニプニしてるだのと……っ!」

「ちょ、まっ――まて、待てって、フェレシーラ! そんなに勢いよく動くと……!」

「いーえ、待ちませんっ! というかそもそもこのドレス、ダンス向けのじゃないし! それをいきなり、貴方が踊りたいだなんて無茶いうから……こんなことになってるのよ!? そこのところ、わかってるの!?」

「わ、わかったから! 俺が悪かったのは、わかったから……前、前! てか、下!」

「いーえ、わかっていませんっ。なにが前かは知らないけど……ん? 前? 下?」


 反射的に視界を遮ってしまった掌の向こう側。

 フェレシーラが視線を下方向、つまりは自身の体の前面に向けたのだけが、把握できた。

 

「――っ!」


 声にならない悲鳴。

 そして不完全さをどうにか強い意志の力で保ったいたこちらの視界から、彼女の姿が完全に消え失せる。

 

 さっきの起き上がりの勢いといい、この座り込む速度といい、マジで体のキレが凄いな。

 なんていう、現実逃避をしていても仕方がないだろう。

 

「行こうか、フェレシーラ」


 言いながら、俺は彼女の後ろに回り込む。

 白い地肌を晒すその背中は、ダンスの練習に勤しみ軽く汗を流していた時よりも、随分と血色が良くみえた。

 

「いまのやり取りで人が駆けつけてくるだろうからさ。そうなる前にドレスルームにいって、事情を説明してさ。それで全部、大丈夫だからさ」

 

 出来るだけきつい物言いにならぬよう、その背中へと声をかけるも返事はない。

 それだけ衝撃的な出来事だったというのもわかるし、俺にとってもそうだったが……

 

 このままでは本当に、ここに人が集まってきてしまう。

 場所が場所だけに、警護に当たっている者も多いだろう。

 

 無断でダンスフロアを利用していたことに関しても、問い詰められるかもしれない。

 そうなれば俺だけでなく、フェレシーラも聞き取りの対象となり、この場に留まらねばならなくなるかもしれないのだ。

 最悪、この状態で。

 

 それは嫌だった。

 我ながら勝手な話ではあるが、それだけは避けたかった。

 

「いまの」


 それは彼女にしてみれば、ようやくの一言だったのだろう。

 

「見たでしょ……」


 涙目となってこちらを振り返ってきたフェレシーラの言葉に、俺は一瞬だけ、しかし深く悩んだ後に、頷きで返す。

 

「わるい。つもりはなかったけど、見えた」

「~~っ!」


 ここで再び押し問答をしている暇はない。そんな事をしていたら手遅れになる。

 そう思い白状すると、白い背中が瞬く間にして桃色に染まっていった。

 

 遠くから、複数の気配がやってきた。

 ダンスフロアの入口、南手側の通路から騒ぎ声が響いてきている。


 最初から扉が空いていたのでそのままにしていたのだが……

 こんなことならしっかりと閉めておくべきだった、なんて後悔をしてもどうしようもない。

 

「ホムラ」

「ピ?」


 最早フェレシーラの意志を確認している暇はない。

 先ほどから心配そうに周りをトコトコと歩いていたホムラへと、俺は頼み込む。


「いまから移動する。ちょっと抱えていけないから、離れずについてきてくれ」

「ピ!」


 赤茶の翼バサリと翻されたのと、通路の奥から足音がやってきたのは、ほぼ同時のことだった。

 

 フェレシーラは、いまだ動けない。

 その剥き出しの肩に、いつもより随分と小さく見える肩へと、俺は近づき声を落とした。

 

「いくぞ。抱えるから、暴れるなよ」 

 

 びくりと跳ねた肩に続き、亜麻色の髪が縦に揺れる。

 チラリと横をみると、ゴム欠片のようなものを嘴に咥えて、水筒を収めたランチボックスの持ち手を前足でガッチリとキープしたホムラの姿があった。

 

「助かるよ、ホムラ」


 今度は声も発さず、しかしその身に翡翠色の輝きを纏ったホムラが羽ばたきをうち――

 

「それじゃ、ちゃんと掴まってろよ……!」 

 

 目の前から返されてきた頷きを合図として、俺は彼女を抱えあげ、仄かな輝きに包まれたダンスフロアを後にしたのだった。

 

 ……お姫様抱っこで全力疾走って、案外腰に来そうですね、コレ。

 ホムラみたいにビュンビュン飛べたら、きっと楽なんだろうけど。


 というか警備で詰めてた兵士さんたち、サーセン!



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