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294. 『定義』

 寝台の上で掌を合わせて、魂源神アーマへの祈りを捧げる。


「ご馳走さまでした」


 魂源力アトマは地上に存在する万物に宿る。

 ならば食事を頂くということは、それを己の体に取込み、血肉に通わせるという意味合いもあるのだろう。

 

「うん。おいしかった。ここまで小さいサンドウィッチは初めて食べたけど、真ん中に竹串を刺して固定してるのはいいなぁ」


 持ちやすく食べやすい、角型食パンに具材を挟み四つ切りにしたサンドウィッチ。

 スモークサーモンと、シャキシャキのレタス。

 タルタルソースたっぷりの白身魚のフライ。

 そしてちょっと酸味の効いた『蛮族風揚げ魚の甘酢漬け』という、一風かわった青魚の揚げびたし。

 

「ありがとう、フェレシーラ。お腹ペコペコだったんで助かったよ」

 

 それらの具材を挟み込んだ3種類の調理パンをペロリと平らげて、俺はフェレシーラに礼を述べた。


 流石に目の前に貪竜湖があるだけのことはあり、ミストピアは獲れる魚の種類を豊富だ。

 鮮度も良いので味も文句なしだ。

 実をいうと青魚にはちょっと苦手意識があったけど、味付けのお陰か、はたまた調理法のお陰か美味しくいただけた。


 そういや『竜の角』でも一口だけ頂いたヤツに、蛮族風の芋料理ってのがあったな。

 あれは芋からして甘かったけど。


「それは良かったです。貴方が倒れたあと、騒ぎを聞きつけたシェフが会場にやってこられて。フラムが殆ど料理に手をつけていなかったのに気づき、持たせてくれたのですよ」

「なるほど。そりゃ後でお礼を言いにいかないとな」

「そうですね」

 

 膝の上に置いていたランチボックスをテーブルの上に戻すと、フェレシーラが黒っぽい筒状の容器を差し出してきた。

 受け取ってみると「ちゃぷん」という水音。

 あまり重みはなく、丈夫にはワインコルクを小さくしたような木材とおぼしき栓で蓋がされている。

 

「あれ……これってもしかして、竹の水筒か?」

「はい。この辺りでは湖水だけが沢山採れますので。中身は紅茶ですのでよければどうぞ」

「助かるよ。見た目が黒いのは、表面が炙ってあるからなんだな。完全に黒一色じゃなくてまだら模様っぽいのが、ちょっとカッコイイな……!」

「そんなに喋りながら飲むと溢しますよ。はい、おしぼりもどうぞ」

「へーい」


 竹の栓を引き抜き、甘みの抑えられた紅茶をぐびぐびと飲みながらおしぼりを受け取る。

 

「ピィ」


 そんなこちらの姿を、下から眺めていたのはホムラさん。

 こちらより一足先にお腹を満たしていたというのに、物欲しげな様子で、しかし何処か遠慮がちに俺が紅茶を飲むのを眺めている。

 

「ん? なんだ、ホムラ。お前も飲みたいのか?」

「違うと思いますよ。多分ですが、アトマの方では」

「あ……! そっか、そっちだったか……!」


 フェレシーラからの指摘に、俺は慌てて竹の水筒をテーブルの上へと置き、膝の上へとホムラを誘導する。

 幻獣グリフォンの雛であるホムラは、成長の過程で多量のアトマを摂取する必要がある。


 以前、『隠者の森』で出会った術士の男、バーゼルの言葉によれば……成体となったグリフォンは自然と周囲のアトマを取込めるようになるらしいのだが、幼体であるホムラには、本来母親のグリフォンからの授乳を経てしか、アトマを得ることが出来ないとのことだった。

 

「ごめんな、ホムラ」

「ピィ♪」

 

 謝罪の言葉と共に胡坐を掻いて幼いグリフォンを迎え入れると、待ってましたとばかりにぐるぐると回転し始めるホムラさん。

 

 その中心目掛けて、俺は右の人差し指を伸ばしてゆく。

 そこに赤い燐光が灯されたのを見るや否や、黄色い嘴がちょこんと突き出されてきた。

 

「キュピピピピ……」

 

 まるで降り注ぐ日差しの中、全身でぱしゃぱしゃと水浴びを楽しむようにして、俺のアトマを飲み干してゆくホムラの姿に、思わず頬が緩んでしまう。

 幼くして母を失ってしまった彼女がアトマを得るには、魔術的な繋がりを持つ俺に頼るより他に術はない。

 

「これも大きくなったら必要なくなるとおもうと……ちょっと寂しい気もしてくるな」

「そうですね。ですがべつに、アトマをあげてはいけない、というわけでもなさそうですし。この子が欲しがるなら良いのでは?」

「まあ、そうなんだけどさ。なんていうか……難しいな」

「?」


 言い澱むこちらをみて、ドレス姿のフェレシーラがちょこんと首を傾げてきた。

 それを横目で眺めて、「可愛いな」などと内心思いつつも、俺は言葉を続ける。

 

「あげることは出来るんだろうけどさ。コイツの方から、欲しいっていってくることがなくなるかもしんないと思うと、どうしてもさ。喜ぶべきことなのはわかってるんだけど」

「なるほど。つまり……いつまでも子離れできない、親の心境という奴ですね」

「う――そ、そこらはよくわかんないけど……いや、そうかもな。そうなんだろうな」

「いえ。私こそ。仰りたいことはわかりました。そうですね……」

 

 不意にフェレシーラが言葉を切り、頭上に視線を向けた。

 そして晩餐会の会場よりは随分と低い天井をみて、続けてくる。

 

「幸せだと思いますよ。そういうの」

「幸せって……」

「誰かに見守られて、巣立つ背中を見送ってもらえる。そういう方は、幸せだと私は思います」


 フェレシーラの言葉に、俺は無言となってしまう。

 何故だか、言葉を返すことが出来ない。

 

「なので、ホムラは絶対に幸せです。幸せであるべきです」

 

 そのことに戸惑いを感じていると、穏やかな笑みが向けられてきた。

 それを見て、俺は考える。

 戸惑いながらも考える。

 

 何故いきなり、フェレシーラがそんなことを言い出してきたのか。

 どうして『幸せ』だなんて言葉を口にしてきたフェレシーラが……どこか寂しげな顔で、隠すようにして空を見上げていたのか。

 

 考えてみるも……これだという答えを見つけることも出来ないままに、俺は口を開いていた。

 

「……ありがとう、フェレシーラ。そうなれるように、努力するよ。励ましてくれてありがとう」 

「いえいえ。どういたしまして、です。こちらも突然失礼致しました」

 

 感謝の言葉に加えてそう言葉を返すと、ドレス姿の少女が恭しく、といった風に頭を下げてきた。

 よかった。

 どうやら今のやりとりは、フェレシーラなりの励ましの言葉で、間違ってはいなったらしい。

 

「いまの健啖なお召し上がりぶりをみるに、アルコールはもう抜けたようですね」

「ああ、フェレシーラの『解毒』のお陰だよ。あ、そうだった……まだ晩餐会の途中だよな。今からでも戻って、皆に挨拶しとかないと。心配してくれてる人もいるかもだし」


 腹も膨れて余裕も出来たことでようやく現状に思い至り、俺は寝台から降りにかかる。

 しかしそれを、純白の長手袋イブニンググローブが素早く制してきた。


「待ってください。ストップです」

「ストップって……え?」

「今戻られても――ええと、はっきり言いますと。もう晩餐会ではなく、酒盛り会場になっていると思いますよ。エキュム様は大の酒好きで、その上ドルメ助祭も相当イケる口、という奴のようでしたから。あれでハンサも大酒飲みですし」 

「え……マジかそれ。それはさすがにちょっと……」

「そうです。そんなところにアルコールに弱いフラムが戻って挨拶をしに戻って、『まあいいから一杯』だとか言われても困りますので」

 

 どうやら領主様の酒好き具合は、相当なものらしい。

 ざっくりと、しかし有無を言わさぬ口調でこの先待ち受けるトラブルを予測してきたフェレシーラに、俺は「ですね……」という同意で返し、再び寝台の住人と化した。

 

「でも……そうなるとどうするかな。明日は影人討伐に向かうとしても、今日はここに泊まっていくんだろ? 部屋にはまだ案内されてないし……」

「そんなことでしたら、心配無用ですよ」 


 心配無用。

 自信満々にそう口にしてきたフェレシーラに、俺はホムラと一緒になって首を傾げてしまう。

 

「単純に、案内の者が来るまで時間を潰しておけばいいのです。ですから……」

 

 まるで用意しておいた台詞をスラスラと詠みあげるようにして。

 

「ですから、お話をして暇を潰しませんか? 今日の代理戦のお話……まだ、していませんでしたから。今から二人で、沢山お話しましょう」

 

 彼女はそんな提案を、満面の笑顔でもって決定事項へとすり替えてきたのだった。


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