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292. 治まらぬは腹の虫 響くは非情の宣告と

「ピィ!」


 不意に響き渡った鳴き声に、俺は瞼を開く。

 

「あれ……なんでお前がここにいるんだ? ホムラ」

「ピ! ピピッ! ピピピピ……キュピィ♪」

「ちょ、おいおい……くすぐったいだろっ。ははっ……あーもう、また着替えないと――って」


 迎賓館にやってきて二度目となるホムラの突撃を受けて、俺は自分がいつの間にか、仰向けの体勢で目の前にいるホムラを見上げている(・・・・・・)ことに気がついた。

 

「え? あれ? 俺、たしか晩餐会に出ていて」 

 

 思い返せる限りで記憶の糸を手繰りよせつつも、ピントのぼけた目で状況の把握を行っていく。

 

 ホムラの背後にある部屋の天井には、見覚えがあった。

 控室、もしくはドレスルームと同じ木製の天井だ。

 

 しかし香水の薫りがほとんどせず、代わりに薬品の匂いが漂っていることを鑑みると、別の部屋である可能性が高い。

 

「ピュイ!」

「おっと……ごめんな、ホムラ。ちょっとストップだ」

 

 ずっしりとした、しかしまだひよっこの証である黄色い毛のかたまりを両手に抱えて、目の前からゆっくりとどかしにかかる。

 すると今度は、自分の身に付けている衣服に変化が起きていることに気づいた。

 

「ん? なんで俺、シャツ一枚で――」

「やっと目を覚まされたのですね。上着でしたら、脱がさせていただきましたよ」

「……フェレシーラ?」

 

 横からやってきた中高音アルトの声に、俺は姿も確認しきらぬままにその名を呼び首を動かす。

 

「気分はどうですか? 一応、『解毒』の後に『体力付与』もかけておきましたが……」

「え……『解毒』って」

 

 続くその言葉に、俺の記憶が過去へと飛ぶ。

 たしかあれは、ミストピアにきて二日目の出来事。

 

 とある出来事から迷い込んだ、冒険者ギルド『竜の角』にて……

 俺は冒険者パーティ『雷閃士団』に所属する、兎人ラビーゼの僧侶プリエラに『解毒』の神術をかけてもらい――

 

「え? ってことは……俺、また酔っぱらって、晩餐会の途中でぶっ倒れたのか……?」

「正解です。細かいことをいえば、気を失って椅子から後ろにひっくり返りそうになったところで、領主様の家令が受け止めてくださったのですが」

「うえ……マジか」


 そんなことになっていたとは露知らず。

 すみません、そしてありがとう、家令のおじいちゃん。

 さぞかし驚かせてしまったことだろう。


 ともあれそこまで聞けば、自分がもう寝台の上で――漂っていた薬品臭からも、おそらくは迎賓館の医務室で――フェレシーラに介抱されていたのだということも把握出来た。


 ようやく定まってきた眼でもって、俺は彼女の姿をとらえる。

 そこでは控室で顔を合わせた時と変わらぬドレス姿の少女が、背凭れ付きの椅子に腰かけて、「ふぅ……」と溜息を溢していた。


「話には聞いていましたが、まさか本当に同席しているだけで酔いつぶれてしまうだなんて……とはいえ、領主様と助祭が、調子に乗って強いお酒を開けていた時点で警戒しておくべきでしたね。私の不注意でした」

「あ、いや、ちょっと待ってくれ、フェレシーラ……なんか、思い出してきたぞ」

「?」

 

 既にしわくちゃになっていたシャツに頭から突撃を繰り返すホムラを抱きかかえつつも、俺は思い出す。

 

「たぶん、なんだけど……領主様に勧められて、飲んじゃってたかも。一口だけ。お酒って気付かずに。俺、かなり上の空だったし」

「――なるほど。それで領主様もあそこまで慌てておられたのですね。ということは、そのお酒が注がれたグラスはおそらく……家令が給仕の者を呼びつけていたのは、そういうことでしたか。まったく、あの方ときたら。酒好きはともかく未成年にまで、領主ともあろう者が非常識にもほどがあります」

「あー……いや、フェレシーラ。あんまり怒らないであげてくれないかな。俺がぼけっとしていなければ、ちゃんと断れたんだしさ」

 

 シルクの長手袋イブニンググローブをもち、そこに指を通していくフェレシーラに俺は言葉を返す。

 フェレシーラが、ふたたび溜息をつく。

 

 晩餐会の場にて、俺が酔いつぶれて気を失ったあと。

 フェレシーラが率先して手当に回り、そのままここで看病してくれたことは、想像に難くない。


 普通に考えれば、医務室には医者なり神官なりが詰めている筈だが……

 彼女の他に誰も見当たらないところをみると、なんらかのやり取りがあったのだろう。

 

「私からお願いして、人払いをさせてもらいました。倒れたのは体質的な問題であって、私であればすぐに治療も出来るのでという説明もしてあります」

「なる。普通に治すのは難しい、的に言っておいたってことか。なんかいつも迷惑かけてばかりだけど……ありがとう、フェレシーラ」

「べつに、迷惑とはおもいませんが」

「ピ?」 

 

 それまでとは打って変わって、言葉少なにそっぽを向いてきたフェレシーラに、ホムラが首を傾げる。

 と思えば、次の瞬間には「ピ!」と鋭く鳴き声をあげながら、寝台に置かれていた毛布の中へと体を潜り込ませていった。

 

 どなたかは存じ上げませんが、ベッドメイクを担当している方。

 ウチのホムラがごめんなさい。

 というか……コイツ、別室で預かってもらっていた筈だよな?

 

「貴方が倒れられたのと同じ頃に、急に騒ぎ始めて大変だったようです。ハンサの元に連絡がきて……それでそのまま、一緒に医務室に連れてきました」


 こちらが抱いた疑問を、目線と表情から察してきたのだろう。

 順を追ってのフェレシーラの説明に、俺は頷きで返した。

 

「それじゃもしかして、ちょっとした騒ぎになってたりしてたのかな。折角のご飯の途中に、皆にわるいことしちゃったな……」

「ちょっとどころではありませんよ。仮にも主賓がいきなり昏倒したのですから。特に査察団の方々は大慌てでした。助祭はギリギリまで医務室についてこようとされていましたし……まあ、最終的にはティオが横槍を入れて断念させてくれましたが」

「な、なるほど……ていうかさ。なんで俺なんかがいきなり主賓扱いされていたのかが、謎なんだけど。普通はカーニン従士長か、代理を務めたハンサ副従士長のどちらかが選ばれるもんじゃないのか?」

「普通の査察なら、ですね。今回はそういう事ではなかった、と考えれば妥当です」

「普通のなら、って……んん? あれ? てことは、今回の査察って」


 フェレシーラの返しを受けて、ようやく回り始めた感のある頭を回していく。

 急遽、ミストピアの神殿に舞い込んできた聖伐教団本部、大教殿から査察。

 

 その目的が、『貪竜湖に巣食う湖賊殲滅の為の足掛かり』を得るための『副神殿』の設立にあるという話だったが……

 

 一通りのチェックを終えて、査察も大詰めとなったところで査察の目的を知らされた後にやってきた、突然の戦い。

 9:1という滅茶苦茶な条件下で行われた、代理戦の勃発。

 

 思えば、その切っ掛けとなったティオとドルメのやり取りからして、不自然なものがあったが……

 

「まさか……今回の査察の目的が、俺と査察団の人達を戦わせることだったって。そう言いたいのか?」

「ええ。正しくは、戦うことで何かしらの確認をしたかった、というところだと思いますが……実力にせよ、素性にせよ、人となりを把握しにきたにせよ。そういう事だったのだと思います。勿論、副神殿の候補地選定も平行してだとは思いますが」


 サラリとした返答を受けて、俺は絶句する。

 しかし同時に、考えもする。

 

「いや……確かに、理由はわからないにせよ、だよな。そう考えると、なんでティオのヤツがいきなり見ず知らずの俺に絡んできたかってのは、納得いくな。うん……まずは小手調べをしておいて、試すに値するかを確認してから、査察団全員で対応、か」

「おそらくそういう流れなのでしょうね。ティオとは後程また時間を作って話をするつもりですが。既に貴方が『煌炎の魔女』の弟子であったという調べをつけての事でしょうから」

「まあ、そこはもう身元が割れてるってヤツだよな。俺がマルゼスさんの弟子だったから、というよりは、未だに弟子だと思われてる可能性の方が高いけど」

 

 破門の話を知っているのはフェレシーラだけ。


「そう考えるとさ。今回の査察って――」

 

 ぎゅう。

 

「……ピ?」

 

 突然医務室に鳴り響いた音に、ホムラが毛布の中から顔を出してくる。

 

「ピ? ピピッ!?」

 

 尚も鳴り響く、ぎゅるる、ぐうぅ……という音に、ホムラがその黄色くぶっとい嘴でもって、俺の腹をちょんちょんとつついて回る。

 一度鳴り始めたが最後、止まることをしらないかのようにして騒ぎ立てる、我が腹の虫。


 そうでした。

 晩餐会なんてものに参加しておきながら、まだまともに夕飯にありつけていないんでしたね、今日の俺。 


「う――ごめん、フェレシーラ。大事な話の途中で」

「いえいえ。それぐらいは計算の内でしたので。ここに」


 謝る俺に、フェレシーラが平静そのものといった声で返してくる。

 ここに、という言葉に釣られて彼女の手が伸びた先へと視線を移す。

 するとそこには、四つ足のテーブルの上に置かれた大きな箱、そして水筒と思しき容器と小さめのケースがあった。


 部屋の中に漂う薬品の匂いに紛れて判然としなかったが……この香り――

 

「え、それってまさか……俺の分の、晩飯を持ってきてくれてたのか!?」

「はい。ですが――」


 肯定の声に続く、否定の言葉。


「先に何か、言うべきことはありませんか? 胸に手をあてて、よぅく考えてくださいませ。話はそれからです」

 

 そんな非情な宣告と共に、少女がにっこりとした微笑みをみせてきた。



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