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289. ランクーガー家の日常

 目の前に一人の少年がいた。

 瞳は鳶色で、髪は錆色。


 やや童顔で、背もそう高くはない。

 口はポカンと開かれており、まなこは虚ろ。

 

 鮮やかな紺のタキシードに身を包んだそいつは、壁そのものと一体化した巨大な鏡の前に立ち――


「……はっ!?」

 

 そこでようやく俺は、自分がドレスルームのど真ん中に突っ立たされていたことを思い出した。

 

「ふむ。なんとか体裁は整った、というか……そうわるくない仕上がりですね。ご苦労だったな、お前たち」

「ありがとうございます。お気に召されたようで何よりです」

「ハンサ様にそのように評していただき、光栄にございます」

「マネキンみたいに動かないんでラクショーっした。あざす」


 ハンサがかけた労いの声に返答を行ってきたのは、深々とこうべを垂れた黒髪の女性が三人。

 濃紺のワンピース、フリル付きの白いエプロンドレス、そして竹細工のカチューシャといった装いで統一された……所謂メイドのお姉様方である。

 

 時を遡ること、今より20分ほど前。

 意外なほどに巧みなハンサのハサミ捌きを受けて、髪を綺麗に整えてもらった俺は「これだけやってもまだ跳ねるか。跳ねるのは戦ってる間だけにして欲しいものだな」と、素に戻って呆れかえる彼の案内の元、言われるままにこのドレスルームへとやってきていた。

 

 そしてそこから、この三人のお姉様方に一瞬の内に取り囲まれて、やれ「かわいい」だの、やれ「ちっちゃい」だの、やれ「キミ、いい体してるね」だのと好き放題言われつつ――

 

 スミマセン。

 ボク、キオクガサダカデハアリマセン。

 

 いや実際のところ、だ。

 パトリースには晩餐会があるから着替えておくように、と言われてはいたが……『用意されていた服に着替えてハイおしまい』、ぐらいに考えていたので、色々とびっくりした。

 何故だか着替えの間に、お姉様方もびっくりしていたけど。

 まあそこは、あまりに田舎者すぎてドン引きされていたのだとは思う。

 

 というか、香水って男性用のも色々あるんですね。

 お姉様方があれじゃない、これじゃないって言いながら、柑橘系のコロンを選んでくれていた。

 香り自体はふんわりとした薄いもので、食事の際に邪魔をしないよう、ということらしい。

 

 それとネクタイを締める役を決めるのに、やたら気合の入ったジャンケンで争ってた。

 ぼけーっとして立たされたり、ぐるぐる回されたり、何故だかその場でピョンピョン跳ねさせられている間に小耳に挟んだ情報に寄ればだが……

 

 どうやらこのお姉様方、ランクーガー家専属のメイドさん達とのことで。

 既にハンサから俺の話を聞いており、本日急遽決定した晩餐会のサポート役として、この迎賓館に乗り込んできたらしい。

 

 いやいや……いやいやいや。

 乗り込んできたって、どういうことですか。

 正式に仕事として派遣されたわけじゃないんですか。


 三人そろって着付けの間に、『相変わらずこの迎賓館、警備があまいですね』『やはり術法への対策が不十分です』『詰所のオヤツはいつもより美味しかった』とかくっちゃべってるの、なんかおかしくないですか。

 

 気になってそこを聞いてみたら、どうやら迎賓館の中の人にとっては普通のことらしく、裏方が働く場所では頼りになるからと顔パス状態らしい。

 なら正門から入れよと言いたかったが、思い切り回される予感しかしなかったのでやめておいた。

 どうなってるんだ、この迎賓館の規律ってヤツは。

 ランクーガー家がめちゃくちゃ上の立場にあるってことは、なんとなく雰囲気でわかったけど。

 

 そしてハンサもハンサで、そんなお姉様方のやり取りと着付け作業を満更じゃない笑みを浮かべて腕組みポーズで見守っていたりする。

 ほんとなんなの。

 もしかしてこの人、神殿では副従士長として真面目に振る舞ってるだけで、ミグやイアンニ顔負けの変人なのではなかろうか。

 

 思い返せば散髪を開始する直前に「家人の髪は全部自分が切ってやっている」とか言って、いきなりスーツの内側からマイハサミとヘアブラシを取り出してきていたし。

 あの神殿、実はヤバイ人だらけなのでは。

 

 ……考えてみれば、パトリースもめちゃくちゃヤバイ子だったのが発覚したし。

 もしかして、領主であるエキュムっていう人も、輪をかけてぶっとんだ人である可能性が出てきたのではあるまいか。

 

 あれ?

 そういや今日は、その領主様も主催者としてこの迎賓館に来るっていうか、来てるんでしたっけ。

 たしか主賓がドルメ助祭になっていて、査察団の人達も呼ばれているって話だったような。

 そして俺が呼ばれているぐらいだから、ミストピア神殿側からしっかり招かれているだろうし……

 

 え?

 今日の晩餐会って、実は結構な大所帯になるのではなかろうか。

 いやまあ、国使・外交官は元より国の代表までをも歓待する為の場所だし、それぐらいは余裕で収まるんだろうけど。

 

 な、なんかごちゃごちゃと考えてたら、急に胃の辺りがキリキリしてきたぞ……!


「おや。どうかされましたか、フラム様」 


 こちらが慣れぬ衣服に押し潰されるかの如くしてお腹に手をあてて呻いていると、そこにハンサが声をかけてきた。


「いえですね……やっぱちょっと、俺ってこういう場には相応しくないかなー、と。今更ながら緊張してきたといいますか、ビビってきたというかですね……」

「ああ。何を言い出すかと思えば、そんなことでしたか」

「そんなことって、そりゃ貴方はこういうのにも慣れているでしょうけど……!」


 大したことではないと言わんばかりのハンサに対して、ついついこちらは非難がましくなるも、彼は肩をヒョイと竦めてきた。


「大教殿所属の強者相手に、あれだけの戦い、立ち回りをみせた御仁の台詞とはとても思えませんね」 

「それは……今は、関係なくありませんか」

「おおありですよ。この国はまだ若い。何はなくとも強さを求められる風潮にある。例えそれが公国に属さぬ者だとしても……聖伐教団は受け入れる。そういう道を歩んできたからな」


 いつの間にか副従士長の顔となったハンサの言葉に、俺は言葉を失う。

 そこにパン、パン! と小気味の良い手拍子が続いてきた。

 

「三人とも、ご苦労。後は警備の薄い場所に散開。俺はパトリース嬢の傍にいる。なにかあれば連絡しろ」 

「は!」

「イエス、マイロード」

「りょ」 

 

 その命に従い、メイドのお姉さんたちがその場に片膝を衝き、各々返答を行ってくる。

 そして次の瞬間には、微かに風を裂く音を伴い――

 

 って、消えたんですけど!?

 

「え、ちょ……なんですか、いまの!? なんかヒュン! って音して消えてましたよね!?」

「なんですかも何も、ウチのメイドだが?」 

「いやいやいやいや……! おかしいでしょ、何から何まで! どこの暗殺者アサシン集団ですか!?」

「そう言われてもしらん。俺がミストピアを留守にしている間に、親父殿が拾ってきたということ以外はな」

 

 ……うん。

 領主様が云々以前に、この人の親父様とやらも大概おかしな人であることが確定したな、コレ。

 って、よくよく周囲を見回してみたら、部屋の入口の真上の辺り、天井の板が取り外されてるし。

 なんかそこから、お姉様方がこっちに手を振ってきてるし。

 

「ファイトですよ、少年」

「健闘を祈ります」

「またな、フラムっち」

「え、あ……はい。そのー……着替えさせてくれて、ありがとうございました……?」

 

 あまりのことに疑問形になってしまうも、俺はなんとかお礼の言葉を伝えきる。

 直後パタンと天井の板が閉じきられて、微かな気配がバラバラの方向へと散っていった。

 

「さて、これでどうにか体裁は整いましたね。控室はすぐそこです。皆様お待ちかと思われますので、向かうとしましょう」 

「あ――あの、ハンサさん!」


 この場に用はなし、とばかりに踵を返した案内人の背中に声をかけると、彼は小首を傾げつつ振り向いてきた。

 そこで俺は、すぅと息を吸い込み、頭を下げた。

 

「先ほどのお言葉、ありがとうございます」

「別に礼などいらんがな。まあ、もう少しぐらい自信はもっておけ。でなければ、やり込められた者も立つ瀬というものがないからな」 

「……はい!」


 その言葉を受けて、俺は案内人の背中目掛けて駆け出す。

 ……控室は隣だったので、すぐ止まったんですが。

 

 てーか、なんでフラムっち呼びが広まってるんだよ!

 お姉様方が密かに情報収集してただとかにしても、方向性がおかしくないですかね!?



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