291. 主催と主賓
深みのある真紅のカーペット。
豪奢な装飾の施された水晶灯より降り注ぐ、温かみのある輝き。
それを繋ぐようにして部屋の四方を囲む、微かな陰影をみせる乳白色の壁。
中央に吊り下げられた一際煌びやかな水晶灯を彩るは、白き乙女。
右手に黒い杖を携え、左手では天秤にて舞い落ちた己が羽根を受け止める、片翼の女神。
輝ける者、魂源神アーマの姿がそこにあった。
アーマ教が広く布教されているここレゼノーヴァ公国において、こうした国教の主神であるアーマの威光を示す創作物は、その出来栄えの差こそあれ、そう珍しいものでもないのだろう。
しかしそれを囲む四つの水晶灯。
そこに座した神像は、俺が初めてみる造形のものだった。
北に座するは、竜神バアト。
赤黒き翼と長い二本の角を持つ女神の面には、慈しむような微笑みが浮かんでいる。
角がちょっとクワガタぽいな、と思ったのは秘密である。
翼はストレートにドラゴン、って感じでカッコイイけど。
南に座するは、獣神ベルギオ。
狼男然とした容貌に鎧姿といった風貌だが、なんとはなしに親しみのある雰囲気をまとっている。
そういえば今現在の獣人族は、ここまではっきりとした動物そのものといった見た目で産まれてくる人はいないらしい。
実際俺が今まで出会った獣人族も、獣耳と尻尾が生えた人間って容姿の人ばかりだったし。
東に座するは、鬼神ディルザ。
立派な髭にバアトのものよりは小さめの二本角、彫像であってもハッキリとわかる朗らかな笑み。
正に好々爺といった様相だが、体つきは逞しく、筋骨隆々という形容が相応しい。
ちなみにこっちの角はちょっと牛っぽいです。
西に座ずるは、兎神ラパーニ。
ぴーんとVの字にのびた耳は、兎そのもの。
だがしかし、ローブを纏い丸眼鏡をかけたその姿は、誰がみても術士そのもの。
神話の時代から眼鏡あったんだ、って『隠者の塔』の本でアーマ神話を読んだ時にもまったく同じことを思ったけど、やはりどこで見かけても眼鏡だけは絶対に付けた姿なんですけどね、この神様は。
合わせて五神。
天上ならぬ天井より、これでもかとばかりに光輝放つ神々を見上げつつ……
今宵、晩餐会に呼ばれていた筈の俺が、何故こんな関係のないことを延々と考えていたかといえば。
答えは、その視線を落とした先にあった。
「――というわけで、代理戦はフラム殿の圧勝に終わっておりました。私の護衛達も、決して侮ったわけではないのですが……いやはや、流石はティオ殿も認めた腕前と機知の持ち主。このドルメ・イジッサ、心より感服いたしました」
テーブルの上に配された儀礼用の燭台の向かい正面より、ニコニコとした笑みと共にそんな言葉を連ねていたのは、かの査察団を率いる助祭様。
「なるほどですね」
それを静かに聞き入っていたのは、艶のある深緑の長上着に身を包んだ初老の紳士。
縦長のテーブル、その上座の席に腰かけていた人物こそ誰あろう。
ここミストピアの領主にしてパトリース・マグナ・スルスの実の父。
エキュム・スルス、その人だった。
この晩餐会の主催でもある彼は、二つ折りにしたナプキンの内側で軽く口元を拭うと、言葉を続けてきた。
「ガラムからはハンサとも良い勝負をしたとは聞いていましたし、街でも色々と噂にはなっているようでしたが……聞けばまだ、15になったばかりだとか。その若さで大教殿所属の兵を相手取り手玉にとってみせるとは、どうやら聞きしに勝る御仁のようですね」
中肉中背で、まとう空気は穏やかの一言。
髪には微かに白いものが混じり始めているが、肌には張りがあり、今年で齢50になると聞いていたにしては、声から受ける印象も相当に若い。
……正直言って、領主という言葉から『なんか物凄く威厳があって、偉そうな人』というありきたり且つ、勝手な想像をしていた身としては変にプレッシャーが強すぎず、非常にありがたいのですが。
そんな領主様から見て、左手に見えますは大教殿所属、査察団の皆様。
ドルメから順にテーブルについている。
ついでにいうとドルメの横にいるのは護衛長ではなく、自分のことを『我』っていってたナイフ使いの神殿従士さんな辺り、家柄とかが並びに関係しているのかもしれない。
続いてその向かい側、右手に見えますはカーニン神殿従士長と、教会の神官長を筆頭とするミストピアの面々……
だと、思って、いたのだが……
「そうなのですよ、エキュム様。このフラム殿、こう見えて百戦錬磨の猛者もかくや、という技量、胆力の持ち主でありまして――」
折角供されていたシェフ自慢の――実際に給仕の人達が行きかう間に、本人が説明をしていった――ミストピア料理にもほとんど手をつけぬまま、ドルメがふたたび口を開いてきた。
先ほどもいったように俺の向かい正面で、である。
領主様に一番近い席にいる、ドルメがそこにいるということは……
当たり前だが、俺がいるのもまた、領主様に一番近い席。
つまりは主催である領主様に対して、ドルメと俺は主賓扱いというわけだ。
わけだとはいってるけど、ぶっちゃけわけわかんない状態です。
しかも二人が話していることの殆どが、今日の代理戦に関する話か、噂で聞いたという俺の話題ばかり。
始めの方こそ、領主様から挨拶があり何だか格式ばった感じのやり取りが行われていたものの、いざ夕食をとりながら歓談の場となった直後から、ずっとである。
二人からは時折会話を振ってもらっていたが、俺に出来ることといえば生返事が精々で、それすら失礼にあたるのでほぼ頷きで返すか、否定するにしても軽く首を振る程度に留めている。
ありがたいことに、それでこちらがこうした場にまったく慣れていないことを察してくれたのか、途中からは領主様とドルメのやり取りがメインと化しており、他の参列者は近い席の者と騒々しくない程度に会話も行いつつ食事をとっている。
そんなこんなで、今現在。
積極的に食事をしまくるのもちょっと気が引けてしまい、頭上に輝く神々の姿を眺めていた、というわけである。
勿論、ぼーっとしている感じには見えないよう、その造形、美しさ、神秘性に感銘を受けている、という体を装ってだ。
俺みたいなどこの馬ともしれないヤツを領主様のすぐ傍に座らせるとか、幾ら無手とはいえ魔術も扱えるのに危険じゃないのか、ともおもうが……
領主様から十歩ほど離れた、部屋の壁側にいる老執事風おじいちゃん。
スルス家に仕える家令だとハンサが教えてくれていたんですけどね。
このおじいちゃん、どうにもさっきの俺の着付けを担当してくれたお姉様方と似たような匂いというか、雰囲気がする。
ていうか、すぐそこにいるのに気配らしい気配が殆どない。
護衛の人は他にも部屋の四隅に待機しているけど、たぶん何かあればこの家令のおじいちゃんが動くのだろう。
天におわすという、アーマ様。
貴方を崇拝する国の人達っていうか、一部の人たちって、なんか色々とおかしくないですかね?
そもそも勘違いが原因にせよ、強さを貴ぶのでこの並びってことなら、ボクの隣はフェレシーラさんであるべきだとおもいます。
こんな扱いを受けたお陰で、彼女と控室で顔を合わしたあと、あれからずっとまったく話せていないんですけど!
いやまあ、あの場で固まって動けなくなった俺が悪いんだけどさ。
あまりにフェレシーラのドレス姿が可愛すぎて金縛り状態になってたけど、こんなことになるんなら、何とか理由をつけて席替えをしてもらうだったのかもしれない。
……今からでもお願いして、代わってもらっちゃ駄目ですかね?
なんか色々とついていけないからか、頭がぼーっとし始めた気がするし……!