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287. 『白霧の館』

 四頭立ての馬車が、ゆっくりとその歩みを止めてゆく。


「どうやら到着したようですね。いま照明用の術具を用意させますので、足元にお気をつけてお降りください」

 

 二人の御者が降車の準備を進める中、俺はハンサの案内に従い頷きを返した。

 すっかりと陽も暮れ落ちた参道をゆくこと、一時間ほど。

 

 厩舎に向かう馬たちに礼を告げてから、俺は薄闇に包まれた山中に聳える石造りの屋敷を見上げていた。


「でっか……てか、ひっろ……」


 水晶灯で照らされたそれを前にしてあっさりと語彙力を喪失してしまう辺り、我ながら悲しい程に田舎者丸出しなわけだが……

 それはともかくとして。

 

 なにが凄いって、まず敷地自体の広さがヤバい。

 広々とした……というか、端から端がどこにあるのかもわからぬ程の白い石壁が、城壁もかくや、という規模で山の中にズドンと生えているといった感じだ。

 城壁みたことないけど。

 

 ぶっちゃけ正門側だけでも視界に収めるのがやっとである。

 石壁の上には所々青白い明かりが灯っており、人影が見え隠れしているところをみると、警備の兵士もバッチリと配備されているのだろう。

 素人の俺がパっと見ただけでも、ミストピアの神殿よりも守りが厚いとわかる。


 そもそも館の外にある厩舎からして、かなりの規模で造りもしっかりしている。

 おそらく俺が乗せられてきた大きさの馬車なら、十数台は余裕、といったところではなかろうか。

 

 これだけの面積を整地するだけでも、相当な費用と資材、労力と期間を要したことは、想像に難くない。

 以前フェレシーラが、まだレゼノーヴァ公国の街は防壁で周囲を囲えるほどの余裕がない、って言ってたけど。

 

 ここは迎賓館。

 他国の要人を歓待するための場所。

 であるからには、国威国力を示すと共に機密を護るのみならず、不慮の事故への対応も……ストレートに言えば、暗殺にも備える必要性があるということなのだろう。

 

 ……何というべきか、見れば見るほど場違いなところに迷い込んでしまった感が半端ないわけですが。

 ここまで来てしまったからには、覚悟を決めて進むより他に道はない。

 ていうかこれ、もしかして今日はここで寝泊まりすることになるんだろうか……?

 

「晩御飯たべたらまた神殿に戻る、とかだと夜道にまた馬車を出してもらうことになるし。あ、でも明日にはもう、影人討伐に取り掛からないとだから……ん?」

 

 閂を外された正門の、重々しい開放音が響く中。

 手持ち無沙汰さからキョロキョロと辺りを見回していた俺の視界の端に、ある植物が映り込んできた。

 

 地から天に、鮮やかな緑色の幹を真っ直ぐに伸ばし生える樹木の群れ。

 竹である。

 

「あれって……たしか湖水竹とかいう、ミストピアの名物だったっけ」

「うん? どうかなされましたか、フラムさま。あの竹林が気になるので?」

「あ、パトリース。いやさ――」


 パトリースの声に、俺はその場を振り向く。

 振り向き、そして固まった。

 

 ハンサのエストコートを受けて先に馬車を降りていたパトリースだが……

 その周囲にはいつの間にか数十人の兵士が集結しており、それが俺たちのいる場所から正門の間に道を作るの如くして、両脇にビシッと列を組み始めていたのだ。

 

 開門の音が響く中、人が出迎えてくる気配そのものには気付いていたが。まさかこれほど多くの兵士が出てくるとは驚きだ。

 

「ふむ。整列に時間をかけすぎですね。列にも乱れがある。私語こそ届いては来ませんが……直近で定期査察があったというのに、少々弛んでいますな。しかし彼らは運が良い。親父殿がこの場にいれば即刻雷が落とされて、誰かしらのクビが飛んでいたでしょう」

「クビって、どっちのですか……?」

 

 しれっとした様子で物騒なことを口にしてきた『案内人のハンサ』に、俺はおっかなびっくりで問いかける。

 そんな彼の言葉を聞き逃さなかったのであろう、道を作る兵士たちが胸を張り姿勢を正してきた。

 

 その気の張りよう、真剣な表情をみるに、どうやら彼ら迎賓館を護る兵士たちにとって、ハンサは従うべき存在として認識されていることは明らかだ。

 今この場にいるハンサからは、『パトリースの従者』といった感じを受けていたが……

 

 そういえば彼の家は、ここミストピアの領主エキュム・スルスに仕える武門の家柄だと聞いている。

 その長男であるハンサが兵士たちに一目置かれており、尚且つ父親の評価一つで処遇までもが決まるということは、ミストピアにおいてランクーガー家がどれだけの影響力を持つのかも、自ずと想像がついてくる。

 

 というか、マジでパトリースさんてばいいとこのお嬢様なんですね。

 彼女もハンサと同じく、これだけの兵士に出迎えを受けてもケロッとしている辺り、別に珍しいことでもなんでもないのだろう。

 

 考えてみれば、『公国の盾』ルガシム卿の元で暮らしていた頃は、もっと凄い警護とかついていたのかもしれないしなぁ……

 ちょっと想像もつかない世界だ。

 

「さて。時間が許せばこの『白霧の館』がそう呼ばれる所以をじっくりと御覧になって欲しいところでしたが。それはまたの機会があれば、ということに致しましょう」

「そうですね。近くにはスルス家の別荘もあるので、そちらもゆっくりと案内したいところですが……」


 軽く思考が飛んでいたところに、やってきたのはハンサとパトリースの声。

 我に返って視線を動かすと、そこにはニッコリと微笑む領主の御令嬢が待ち構えていた。

 

「まずフラムさまには、お着換えからしてもらわないとですからね。ササッと入館しちゃいましょ」

「う――そ、そうでしたね。そういや、それがありましたね……」

「そう硬くならずとも大丈夫ですよ。すぐに更衣室に案内しますので、そこで専属の者に任せておけば問題ありません」 

「お気遣いは嬉しいですが……硬くなるなということでしたら、その畏まった喋り方をなんとかしてくれませんかね。ハンサさんも……!」

 

 身じろぎ一つしなくなった兵士の前を通り過ぎ、やいのやいのと会話を交わしつつも正門を潜り抜けてゆく。

 

 ほんとここまで来たら、あとは煮るなり焼くなりお好きにしてくださいませ、といったところだが……

 しかしですよ。

 しかしパトリースはともかくとして、ハンサさん。

 

 貴方絶対、楽しんでその口調と態度で通してますよね?

 案内してくれるのはめちゃくちゃ助かるけど、調子が狂うんで勘弁してください。

 実は密かに、昼間査察で溜ったストレスの解消先にしてませんかね。

 

 いや実際のところ、マジで大変すぎだったとは思いますけども。

 

「ていうか……遅れ馳せながら、お疲れ様でした!」

「む? なんだ突然。どうした?」

「いえいえ。そこは素に戻るんだなぁと……!」


 水晶灯に照らされた庭園に、野郎二人のやり取りとパトリースのクスクスとした笑い声が響く中。

 俺はようやく『白霧の館』へと足を踏み入れたのだった。



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