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290. 晩餐会を前にして

「ピ?」


 控室に入るなり、愛らしい鳴き声が俺の耳に飛び込んできた。


「おや」


 続けてやってくる、落ち着きのある女性の声。

 その二つに導かれるようにして室内を見回すと、唐草模様の絨毯の上を占拠するCの字型の巨大な黒革のソファーへと、自然、意識が向いた。

 

「おやおや、これはこれは」

「ピピ……? キュピッ!?」

「セレンさん、ホムラも……!」


 ハンサの背後に隠れるようにして入室した俺だったが……

 控室のソファーで寛いでいた二人の姿を見るや否や、そこに走り寄ってしまっていた。

 

「フラムさま。火急の際を除いて、ここでは走らないようお願い申し上げます」

「す、すみません、ハンサさん」

「おやおやおや……これは久しぶりの執事モードだね、ハンサくん。しかもエスコートのお相手がパトリース嬢ではないとは。なかなかにレアというか、初めてかな」

「プピピピピ……!」


 付き従うようにしてこちらの一歩後ろについたハンサと俺を、セレンとホムラが交互にみつめてきた。

 

「ふむふむ……なるほど、なるほど」

「う――な、なんですか、セレンさん。いきなり人のこと、ジロジロ見つめてきたりして……」

 

 そう言いつつも、俺もまたセレンの出で立ちへと目を向ける。

 

 膝下までを覆い隠すミディのドレスは、パールグレイ。

 肩にかけたサテンはトレードカラーともいうクリアブラック。

 どちらも見る角度により微妙に色合いが変わる、正に彼女にぴったりといった装いだ。

 

 ちなみにその足元では、ピンクのでっかいリボンつきの首輪をつけたホムラがうろちょろとしている。

 そこから伸びる紐はセレンが預かってくれているが、どうやら伸縮性に富んだ素材のようで「ぐいーん、びよーん、ぼよーん」と伸び縮みするのが余程面白いのか、こちらに向かって突進してはズリズリと絨毯の上を巻き戻り、また突進してを繰り返している。

 

 うん。

 元気があり余ってますね、ホムラさん。

 どうやらキミもその素晴らしい毛艶毛並みから察するに、この迎賓館でブラッシングを始めとしたお手入れの数々を乗り越えてきたようだが……

 

 慣れない場所にも関わらず、臆することなくこちらに向かってくることは評価するとしても、だ。

 しかしながら今の俺もまた(正体不明のお姉様方に)、怒涛のコーディネートを施してもらった身。

 これから会食を控える立場として、羽毛と猫毛の化身であるキミの挑戦を受けるわけには――

 

「おっと」

「え?」

「ピピー!」 

 

 ぼふんっ。

 

 おそらくは、慣れぬ衣装がわるさをしたのだろう。

 セレンの手にしたリードが絨毯の上におちたその直後、まだまだ短くも、ぶっとい四肢に蓄えた力を解放したグリフォンの雛が、俺の足元、ちょっぴり窮屈だった革靴へと直撃を果たしていた。

 

「ちょ……ホム、おま……っ!」

「キュピー♪」


 一度自由の身となれば、あとは風のアトマを操り変幻自在とばかりに。

 まるで螺旋階段を駆け上がるかの如くして、思うままにこちらの体を駆けあがった小さな幻獣は、当然のように俺の肩に居座っていた。

 

「ふむ」


 衝撃の展開に絶句する俺の耳元にやってきたのはハンサの声と「パン、パン、パン!」というキレの良い手拍子で。

 

「やり直しですね。それとセレン様は、ホムラ様をペットルームへお願い致します。私は信用できる世話係を手配してきますので」

「いやー、すまないね。ついついフラムくんの姿に見惚れてしまったよ。はっはっは」

「いえいえ。そこは仕方がないかと。晩餐会の開始までにはなんとか間に合わせます」

 

 言葉を交わす二人を呆然と見つめるこちらの頭上より響いてきたのは、ガタンッという物音でして。

 

「再会はやくね」

 

 そこから逆さに顔を覗かせてきた黒髪のメイドさんをみて、俺は真顔で頷きを返すより他に術をもたなかった。

 

 ホムラさん、マジでフリーダムすぎぃ!

 いやまあ、いまのは完全にちゃんと見てなかったこっちの所為ですけども! 


 

 

 

 そこからまたもドレスルームでお姉様方に取り囲まれた後――

 

「あっ、師――いえ、フラムさま! 遅いですよ! もう晩餐会、始まっちゃいますよ!」


 急ぎ控室に舞い戻ると、正装をおえた女性陣が待ち構えていた。 


「ごめん、パトリース。ちょっと服を直してもらってた」


 どうやら俺が着替え直しをさせてもらっている間に、他の皆もここに集まっていたらしい。

 細かい顛末を話したところで言い訳にしかならないので、俺は手短な返答な努めてみた。


「ああ……そういえばフラムさまは、こうした場は不慣れですものね。お疲れ様です」

「不慣れどころか、一切経験がないんだけどさ。それよりも、すごいなその衣装」


 いの一番にこちらに駆け寄ってきたのは、ドレス姿のパトリース。

 クリーム色の足元まで伸びたロングスカートは、百合をイメージとした思しきフリルで飾られており、シンプルなデザインのトップと互いに引き立てあう形となっている。

 

「あ、このドレスですか? 実はこれ、二番目の姉さまのおさがりで。父は新しいものを使えと言うのですが、お気に入りなので。今日はこれにしてみたんです」

「それでおさがりってマジか……どこからどうみても、卸したてに見えるんですけど……!」

「そこはお抱えに腕の良い仕立屋がいますから。とはいえ、フラムさまも見慣れたらすぐに差がわかるようになりますよ」

「さようでございますか……っと」


 部屋の入口でパトリースと話し込んでいると、本日二着目となっていたタキシードの右肘の部分が、グイグイと引っ張られてきた。

 

 反射的に視線を巡らせると、そこには見知らぬお姫様がいた。

 

 あ、いや、違う。

 え……でも、この子って――

 

「フェレシーラ……か?」

「なんですか、それは」


 おっかなびっくりといった感じになってしまったその問いかけに返されてきたのは、俺が良く知る中高音アルトの声と、プクっとふくれた可愛らしいほっぺ。

 

 間違いなく、フェレシーラさんその人ではある。

 ただ、なんというべきか……


 それはおそらく、野に咲き誇る白き薔薇を想起させる為のもの。

 胸元に一輪、金のブローチがあしらわれた純白のドレスに身に纏い、シルクの長手袋イブニンググローブに包まれた指先でもって、こちらの肘を掴んで離さぬ少女の姿。


 ドレス自体は肩紐のない比較的露出度の高い物だが、比較的シンプルなデザインと色合いな為、華美な印象は無い。


 それを目の前にして、俺は続く言葉を完全に失ってしまっていた。

 

 そこに、「じーーーーーっ」と彼女の視線が突き刺さってくる。


 ヤバい。

 ちょっとヤバイぞ、これ。

 どういうわけか、言葉が出てこない。

 

「お似合いですね」 

「へ? あ、はい?」

「ですから。その衣装がとても似合ってますね、と言っているのです」


 ぷぅと膨らませていたほっぺを少しだけ小さくしながら、彼女がそう口にしてきた。

 視界の片隅では、そーっとフェードアウトしていくパトリースの姿があり、ソファーの上ではセレンがニコニコ――いや、どちらかといえば、ニヤニヤとした笑みを浮かべているのが見えた。

 

「……それで? 貴方からは、なにか一言ないのですか?」


 一言。

 そう言われて余計、頭が混乱する。

 一言ってなんだ。

 一言で済む感じかこれ。

 なんか言葉を間違ったら、大変なことになる予感しかしないんですけど。

 

 正直言って何でそんなに不機嫌そうなのか、まったくわかんないけど……

 そんなことより、コイツめちゃくちゃ可愛いな!?



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