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285. 意外なる招き

「お疲れ様です、師匠!」


 押し開けられてきた扉の向こうからやってきたのは、聞き覚えのある少女の声。

 それを耳にして、俺は手にしていた短剣のホルダーを一旦はテーブルの上へと戻した。


「パトリース? それに……」


 廊下に響く靴音とその歩調から、まったくの別人、赤の他人というヤツの来訪を予測していた俺は、ついつい、確認の為に声をあげてしまっていた。


「ハンサ副従士長……ですか?」

「それ以外の誰に見えるというのだ、お前は」

「いやいや……そりゃ聞きたくなりますよ。二人とも見た目っていうか、服装が……」

 

 平時よりも幾分、憮然とした表情で言葉を返してきたのはハンサだ。

ただし、髪をオールバックに整えて黒のスーツに身を包み、真白いシャツの襟から濃紺のネクタイを覗かせた、という注釈が必要ではあったが。


「あ、やっぱり師匠も似合わないっておもいます!? そうなんですよ、この人いっつもごっつい鎧ばっかり身に着けてるから、なんか別人に見えちゃいますよね!」

「あ、うん……そういうパトリース……さんも、今日は変わったお召し物ですね?」

「へ? 私ですか?」


 元気一杯の笑顔から一転して、きょとんとした表情となってきたパトリースの出で立ちもまた、俺が知る普段の彼女とはまったく異なるものだった。


 白を基調に水色の刺繍のあしらわれたワンピースに身を包んだ彼女だが……

その布地は均質な艶を纏っており、一見して相当質のよい綿を用いたもの――俗にいう、コットン素材の中でも、かなりの高級な代物で誂えられたものだということが、俺の目からもわかる。


シンプルに可愛らしい出来栄えといったところだが、それ故に仕上げのセンスが問われるであろう一着だ。


「んー……これぐらい、家では部屋着みたいなものですけど。神殿ここの略式法衣ともそんなに変わらないですよ? それにこの後、もう一度着替えますから」


 くるりと一回転、二回転と部屋の入口でパトリースが軽やかにターンを決めると、純白のヒールが奏でる軽やかでリズミカルな拍子が、開け放たれていたままの扉を通して、廊下に響き渡っていった。


「こんなところで踊り始めないでください、お嬢。それよりも」

「あ、そうだったわね。ごめんなさい、ランクーガー卿」


 今にもダンスを披露してきそうであったパトリースを、ハンサが恭しくこうべを垂れつつも促しを行い、それに少女また、応じる構えをみせてきた。


 よくよく見れば、ハンサも普段の鉄靴サバトンではなく儀礼用のブーツを履いている。

 なるほど、それで聞いたこともない靴音がしてきていたのか。


 ていうか、この二人……いつもと雰囲気というか、やり取りの感じが違いすぎないか?

 まあそう言えるほど付き合いが長いわけでもないけど。

 それでも普段のパトリースとハンサの接し方は、どれだけ親しげであれ、ミストピア神殿の副従士長と、見習いの神殿従士。

上司と部下といった関係、その範疇を越えてはいない……


 あ、いや。

 今日一日の振る舞いを見る限り、パトリースはハンサに対してお転婆(フリーダム)な一面を見せてはいたけども。

 それにしたっていま目の前にいる二人は、雰囲気というか、関係性がまったく違ってみえてしまう。


 そのあまりの変わりようにこちらが戸惑っていると、深窓の令嬢然とした少女が微笑みかけてきた。


「それでは早速、本題に。ししょ――んんっ。いえ、フラム・アルバレットさま」


 スッと背筋を伸ばして、おもてはかるく俯かせる程度。

白いヒールは慎ましやかに揃えて、手指はおへその辺りでお行儀よく交差させつつも。


「これよりミストピア領主エキュム・スルスが第七子、パトリース・マグナ・スルスと、その臣下、ハンサ・ランクーガーが案内を務めさせていただきますので」


 華やかな笑みを絶やさぬまま、彼女は流暢な口調と仕草でもって右のヒールだけを後ろに下がらせて――


「どうか、ミストピアが誇る『白霧しらぎりの館』へと……ご来賓頂きますよう、謹んでお願い申し上げます」


 領主代行としてこの場を訪れてきていた少女が、恭しげに一礼を行ってきた。





「そもそもの話、ではありますが……大教殿からお越しいただいた方々の歓待は、『白霧しらぎりの館』が空いている場合、そちらで執り行われるのが通例でして。今回は緊急の査察ということではあったが、準備自体は『伝達』の術で神殿に連絡が入った時点で進めていた、といった次第です」

「そうそう。今日は突然だったし、助祭様と青蛇様をおもてなしする予定だったのよね。私のお父様とお母さまに、カーニン従士長と神官長が同席する形で」

「はぁ……その『白霧しらぎりの館』ってのが、いわゆる迎賓館なんでしたっけ? そこに査察に来た人達が招かれるというのは、わかるんですが……」


 慣れぬ調子で腰かけるも、殆ど揺れを感じさせてはこない四頭立ての馬車の一席にて、俺はハンサとパトリースから『今夜の予定』に関する説明を受けていた。


「なんだって俺なんかが、そんな方たちが集まる場所に呼び出されているんですか?」

「呼び出しではなく、招待ですので。飽くまでフラムさまの同意の元に、といった形ですよ。それと心配されずとも、本日の晩餐会には教官――いえ、白羽根殿にも出向いて頂きますので。もちろん、ホムラ様の帯同も魔幻従士殿に随伴という形で手続きを終えてあります。流石に別室でお世話させて頂く形ではありますが」

「……ええと」


 淡々と、しかし慇懃無礼といった体ではなく、細やかな目配せと柔和な笑みを交えて言葉を返してきたのは、ハンサだ。

その横には、鼻歌混じりで上機嫌となったパトリースが、やたらと透明度の高い硝子の窓から市街の様子を眺めている。


10分ほど前に神殿から出立した黒塗りの豪奢な馬車は、悠然とした歩みながらも既にミストピアの郊外へと差し掛かっている。

リネンのシャツにデニムのジーンズといった、簡素ながらも清潔感のある二人の御者が奏でる踏破の音色は、鳴りやむ気配をみせてはこない。


ハンサを伴ったパトリースの来訪を受けた後。

あれから俺は、『ミストピア領主からのお誘い』という名目にて、『今日はお誘いを受けてもらわないと、晩御飯はありません。寝泊まりもここで御一人でしてくださいませ』という脅し同然のニコニコとしたお招きに預かり、わけも分からぬままに馬車の乗客と化していた。


うん。

マジで状況がまったく把握出来ていないんですが。


というかこれっても、何かものすごーく場違いな所に連れていかれてますよね、ボク。

幾ら着替えを済ませているって言っても、所詮はザブンと水風呂で汗を流した程度だし……


そもそも服装からして、麻シャツと古着のズボンに手甲と短剣だけ慌てて身に付けた有様だ。

誰がどう考えても、晩餐会なんて大仰な場にそぐわないどころの恰好ではない。


 ジングのヤツも今日の大立ち回りに付き合わされて疲れてしまったのか、あれからうんともすんとも言ってこない、この状態。


ぶっちゃけ代理戦なんて目じゃないぐらい、めちゃくちゃ緊張しちゃってるんですけどぉ!



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