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283. 戦い終えて

 蒼鉄の短剣をホルダーごとテーブルの上に投げ打ち、瞳を閉じて寝台へと転がる。

 

「ふぅ――」

 

 厚みに欠ける寝具に背中を預けて、そこでようやく俺は息をついた。

 かるく閉じた瞼の向こうには、青白い水晶灯の輝きが一つ。

 

「つかれたぁ……はぁー」


 全身を包む疲労感に堪らずそう呟くも、しかし体の奥にはいまだ沸々と滾る血潮の余韻があり、消えてはいない。

 陽が落ち始める前に決着を迎えた、代理戦。

 

 査察団との内輪揉め(?)を起こしたティオに代わり、9対1という今更ながらとんでもない条件下での戦いを終えてから……

 俺はいったんプチ神殿で皆より一足早く水風呂に浸かり、ゆっくりと一日の汗を流し終えてから、自室として割り当てられていた部屋へと戻っていた。

 

 フェレシーラたちは湯を沸かすと言ってくれたのだが、季節的に冷たい水を頭から浴びまくりたいという気持ちもあり、それは固辞した形だ。

 今頃は他の皆も、査察の終了に合わせてそれぞれ寛いでいる頃だと思う。

 多分だけど。

 

「にしても、とんでもない話だったな……いや、むしろ後一人多ければ、二桁の大台に乗ってたとおもえば……」

『なーに呑気なこと言ってやがんだ、オメェはよ。いきなりクソ寒い水んなかに俺様をブチ込みやがって……心臓が止まったらどうしてくれんだ』


 瞳を閉じたまま独り言に興じていると、ジングの『声』をあげてきた。

 どうやら、自分が封じられた翔玉石の腕輪を身に付けたまま、俺が水風呂に飛び込んだことに対して抗議してきているらしい。

 

『心臓って。今のお前にそんなモノついてないだろ。それに言うほど冷たくもなかったし』

『どあほぅが。そりゃオメェの心臓のコトに決まってんだろ。あんなワケのわかんねぇ戦いを何とかかんとかで勝ち抜けたっての、これまたワケのわかんねぇ真似されてくたばりでもされたら、こっちは泣くに泣けぬぇーんだよ! 水浴び大好きとか、鴉かよテメェは!』

『あれ……なんだお前。もしかして俺のこと、心配してくれてたのか?』

『ちげぇわバカ! 頭沸いてんのか、この餓鬼ァ! 俺様は飽くまでも、オメェの体がだな』

『へいへい。わるかったよ、心配させて』


 未だギャアギャアと喚き立てるジングを同じく『声』で適当にあしらいつつも、心地よい疲れに身を任せて寝台の上でごろごろと寝返りを打つ。


『しっかしまあ、よくもあの状況から勝てたモンだな。それも一撃も喰らわず無傷で終了とか、出来過ぎじゃねぇか? フツー、何発かもらいそうなモンだろ』 

『ごもっともな疑問だけどな。そこは割り切りってヤツだよ』

『ワリキリぃ? んだよそりゃ。意味わかんねーぞ』

『んー……なんて言えばいいかな』


 代理戦を振り返ってのジングの疑問に、俺はかるく頭の中を整理してから答えてゆく。


『あれだけ相手も多いとさ。一回もらって崩れたらもうそこまでかなって思ってさ。喰らいさえしなければ逃げ切れる、っていう考えは途中で制限時間やらが追加されて無意味になったけど。勝ちにいくなら、ノーダメージでやりきるしかなかっただけだよ。勿論、受けて有利になる場面があれば狙ったけどさ』

『ふむぅ……大負けするか、大勝するしかなさそうだったし振り切った手に出たってコトか? ようはバクチに走ったと』

『お? 博打っていわれるのは、ちょっと心外だけど……そんな感じだよ。珍しく理解が早いな』

『うるせぇよ。まーいいてぇコトはわかるぜ。しかし『閃光』の目潰しはともかくとして、『暗闇』での闇討ちはバクチが過ぎたんじゃねぇのか?』


 ありゃ……これは本当に珍しいな。

 ジングのヤツがこんな部分にまで嘴を突っ込んでくるだなんて、意外もいいところだ。

 

 しかし今日の俺は、コイツの『眼』にかなり助けてもらった身でもある。

 戦いの組み立てを振り返ってみるのも、改善点を見つけるのに役立つだろう。

 

 この後しばらくしたら、フェレシーラとティオに今日の代理戦とやらが勃発した理由を説明して貰う約束があるので、それまで暇つぶしが欲しいっていうのもあるんだけど。

 ぶっちゃけそれが始まるまで、このままここで何もせずにゴロゴロしていたら、確実に爆睡してしまう自信がある。

 

 査察団との戦いで直接的なダメージを受けていなかったとはうえ、それぐらい、今日の俺は疲れ切っているという自覚がある。

 こうして起きていられるのも、ジングのヤツが絡んできていることに加えて……代理戦にて勝利という結果を得られたことで、軽い興奮状態にあるからなのだろう。

 

 例えそれが、最終的には相手側の降参という形だったとはいえ、だ。

 

『勝つ為には、さ』

 

 その事実を自分自身に念押しするようにして、俺は呟く。

 

『自分の、ここは負けないぞって、いう部分をぶつけていくのが正道だと思うんだ』

『ほーん……それがあの、『暗闇』だったってワケか。たしかに連中、明かりをつけてみたり、術を解こうとしてオメェの術に力負けしてたし、そこはわかるがよ。しかしありゃあ、オメェもやってたように相手の神官共が『探知』でアトマを視ていけば、こっちの動きは筒抜けだったんじゃねえか?』

『うん。その通りだな。幾らアトマで、それを注ぎ込んだ術効でそう簡単に負けない自信があったとしても、お前のいう通りに『探知』で動きを探ってくることには干渉できないからな』


 相手側の神官二人が取ってきた、こちらの『暗闇』対策。

 一人は『照明』での術の相殺。

 もう一人は『解呪』による術そのものの解除。

 

 それに及んだ結果、前者は詠唱つきの『照明』すら俺の『暗闇』に即座に呑まれてしまい、腹に肘打ちの一撃受けて昏倒。

 後者は解呪に至るその過程で、『暗闇』の魔術に籠められた俺のアトマを処理しきれずに、反動で気を失うという結果に終わっていた。

 

 解呪の失敗までは予測出来ていたので、そこは相手側の成否に関わらず、目立つのは承知の上でアトマ光波なりで落としにゆくつもりだったのだが……勝手に気絶してくれたことに関しては、僥倖ラッキーだったというより他にない。

 

 とはいえ、ジングの言うようにその二人が『探知』を用いてくれば、たしかにこちらの動きは見破られてしまっていただろう。

 

『でもあっちの神官たちは、『探知』を使ってはこなかった。何故かといえば、あの状態じゃアトマ視を得たところでその対象は自分たちのみ。暗闇の中じゃ前衛である神殿従士に『探知』をかけるには接触の必要があったし、触れた相手が俺じゃ話にならない。自分にかけたところで普通は術の維持でまともに動けないし、声を出すのも状況的にリスクが高すぎる……となれば、先に試すべきはやっぱり『暗闇』の無効化がベター、ってわけだな』

『な、なるほど……って、相変わらずなげーんだよ、オメェの解説は!』


 順を追って説明を行うも、ジングくんにはやはり難しかったようだ。

 一応、これでも分かり易く伝えたつもりなんだけどな。


『ま、とにかくだ。勝てて良かったじゃねえか。俺としちゃあ、全員ボコしてやりゃあもっとスッキリしたんだがよ』

『別にあの人達に恨みがあるわけでもないからな。それにあの『暗闇』の中で戦うのって、やられる側は下手に力技で来られるよりもヤだと思うぞ。自分でやっておいて言うのもなんだけどさ』


 今回の戦いは、査察団の人達にとっても寝耳に水といったところだったはずだ。

 文字通りの真剣を用いての勝負だったとはいえ、こちらも同じように立ち回っても良いことはないと断言できる。

 

 彼らがそうして戦えるのは飽くまでも、常日頃から命のやり取りに踏み込むほどの鍛錬を行っているからだ。

 そうでない者が、突然面識もない年下の人間に真剣で挑めと言われたところで、それは逆効果というものだろう。

 まともな神経をした者であれば、腰が引けて実力を発揮出来ずに終わるのが関の山だ。


 そしてそれはそのまま、俺自身にも当て嵌まる。


『だからさ。今日はあれで良かったんだよ。慣れないことはするもんじゃないからな』

『ケッ! 相変わらずだな、オメェはよ』

 

 響く悪態に、俺は寝台に寝転がったまま、まなこを開き自らの腕を見る。

 そこにあったのは、艶の無い黒一色の腕輪。

 

「今日はありがとうな、ジング。お前のお陰で上手くいったよ」 

 

 物言わぬ翔玉石の腕輪へと声をかけると、呆れたような、しかしどこか満足げに鼻が鳴らされる音がやってきた。



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