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282. 代理戦、終了


『ほぉー……なぁるほどねぃ』


 おそらくは、ではあるが――査察団の中では最も大柄であった男が崩れ落ちたところで、ジングが呟いてきた。

 無防備な顎を蹴り上げたことで脳を揺らされたのか、男はそれきり起き上がってはこない。


『なんでいきなり周りを真っ暗にしちまったのか、ピンと来なかったが……こういうカラクリだったワケか。なるほど、こりゃいいわ。カカカカ』

「い、いまの音……また誰かやられたのか!? おい! 返事をしろ! いったいあと何人、残ってるんだ!」


 愉しげに嗤うジングの『声』を掻き消そうとするかのように、護衛長とおぼしき人物が大声を張り上げる。

 張り上げるも……俺が魔術で生み出した暗闇の中、彼の呼びかけに答えようとするものはいなかった。

 

 そんな中、俺は副護衛長の叫び声に紛れてその場を離れる。 

 

『なあ、ジング。もしかしていま、お前にも『視えて』るのか?』 

『おう、あたぼうよ。バッチリみえてるぜ。連中の動きが丸わかりだ。あっちはなーんもみえなくてビビりまくりだってのに……ズリぃなぁ、オメェもよ。クカカカカ』

『ん。昼間から――っていうか、そろそろ夕方だけど。闇討ちモドキなやり方には物言いってヤツがつく可能性はあるにせよ、だ』


 こちらの質問に答えてきたジングに、俺は尚も『声』を投げかける。

 僅かな光も存在しない闇の中、こうして呼びかけに応じてくれる者がいるのは心強いものがある。

 

 そういう意味では護衛長の行動にも納得がゆく。

 しかしその逆に残る二人の神殿従士と神官とが、こちらの標的となる危険性を畏れて、迂闊に返答を行わないことにも納得できたが。

 

『正直、勝ち方を選んでる余裕なんてこれっぽっちもなかったしさ。これが現状の最善手かなって。それもむこうがやたら接近戦を警戒して、守りに入ってくれていたからだけど』

『そりゃあ、あれだな。あんだけ囲んで攻めても、ヒョイヒョイ避けてホイホイ殴りにこられちゃあ、誰だってやんなるわな。ま、それも俺様のサポートあってのことだがよ。カカカカー!』

『うん。たしかにめちゃくちゃ助かったけど……まだ終わってないんで、もうちょい静かにな?』

『アッ、ハイ』


 あまり話し込みすぎて集中が途切れては元も子もない。

 ジングとの会話を一旦切り上げて、俺は暫し闇に浸された試合場の隅より機を窺う。

 

 早めに仕留めたいのは、『暗闇』の魔術への解呪を試みている神官の女性だ。

 が、その近くにはあの中肉中背の神殿従士の男が、剣を構えた体勢(・・・・・・・)で常に張りついている状態だった。

 

 他の神殿従士には『剣を捨てて、攻撃されたら素手で組みつけ』と言っておきながら、自分はしっかりとこちらに斬りかかる気まんまん、というわけだ。

 中々に食えない相手だが、それは自信の表れでもあるのだろう。

 そういう意味では、こちらを潰すのが先決だともいえる。

 

 そして――

 

「く、くそ……もう皆、全員やられてしまったのか!? なぜだ、なんでこの暗闇の中で、こうもあっさりと! ば、化け物め!」

「……心外だな、化け物だなんて」


 残るもう一人の神殿従士、副護衛長。

 完全なる闇に包まれたことで平常心を失い始めた彼の叫びに、俺は抗議の声で返していた。


「! そ、そこか! そこにいるのか、貴様!」

『おま……! なに声だしてんだよ、タコ! 居場所がバレるだるぉ!?』


 ジングの叫びに合わせるかの如くして、ガランという硬質な何かが動く音が暗闇で鳴り響く。

 床に置いていた長剣を拾いあげた音だ。

 

「う、うおおおおおっ!」


 続いて男の叫び声がやってくる。

 それを確認して、俺は試合場を移動する。

 自らの術法式を抜き出し『暗闇』の魔術の影響下に収めた場内を、その規模形状を、いまの俺が見誤ることはない。

 

 いわばそれは、自分が広げた両腕の、端から端の距離を誤りようがないのと同義だ。

 だがそれは、あくまでも俺にとっては、の話。

 

「うああああああああ――あ?」

 

 闇の中を半狂乱となって猛進していた彼に、それを把握してみせろというのは……少しばかり酷な話だった。 


「場外!」


 やや遠くより響いてきたのは、ティオの声。

 審判を務めていた彼女が、高々を手を上げるのがハッキリとわかった。

 当然というべきか、その表情まではこちらにはわからないのだが。


「へ? は? あれ?」

「はいキミ、失格ー! 戻っちゃダメだから、大人しくドルメのとこいって座っててねー。ていうかこれ、あと何人健在かわかんないなぁ。仕方ない、ボクも使うか」


 恐怖に駆られて『暗闇』の術効の外……つまりは場外に飛び出した副護衛長をティオが「しっしっ」と手を払う仕草で追い退けて、そんな呟くをもらしてきた。

 

「はぁ……馬鹿が子供騙しの手に、簡単に引っかかりやがって。見習いからやり直してこい」


 声のみで十分に状況を察してきたのだろう。

 さすがに堪えきれないといった様子で、最後の一人となった神殿従士の男の口より愚痴がこぼれる。

 

「しかし、その若さで大したモノだな。これだけの『暗闇』を維持しながら、なにか別の……そうだな。無詠唱の『探知』の術あたりか? それでこちらの動きを把握しているだろう、汝は」

「……お見事。当たりですね」


 既に割り切りを済ませたのだろう。

 相も変わらぬ闇の中より発せられてきた男の声に、俺は答えを返していた。

 使ってるのは無詠唱じゃなくて術具だけど、まあ正解に変わりはないだろう。

 

 加えていえば、種明かしに及ばれたところで問題もない。

 その理由は何故かと言えば……

 

 彼の足元で横たわる、弱弱しげなアトマの輝きにあった。

 

「そちらの方は大丈夫そうですか? みた感じ、解呪の途中で意識を失ったみたいですけど」

「我は神官ではない故、詳しいことまではわからん。解呪とやらに失敗した反動で気を失ったのだとは思うが、推測にすぎぬ。なので――」

 

 言葉の途中、「ガランッ!」という派手な物音がやってきた。

 

「降参だ」 

 

 その言葉と同時に彼が得物を手放した両腕をあげたことも、その体を覆うアトマの燐光から確認できていた。

 それ受けて、俺は『暗闇』の魔術を解除する。

 周囲を覆っていた闇が瞬く間に霧散して、茜色に染まり始めた陽の光が瞼を照らす。

 

「終わりです」

「あれま、あっさりだね。もうちょっと盛り上がりがあった方が良かったんだけどなぁ。でもまぁ……勝者、フラム・アルバレット! イコール、ボクの勝ちぃ! いっえーい!」

「お前な……いや、それは今はいいとして」


 なにがそんなに嬉しいのか、くるくると横回転を決めながら場内に進入してきたティオから視線を外して、俺は観客席へと向き直った。


「では……救護にあたれる方で手分けして、負傷者全員の手当てをお願いします。特に俺の『暗闇』を解呪しようとした神官の方は、急性アトマ欠乏症のおそれもあるので。頼めるかな、フェレシーラ」

「オッケー、任せて。この前倒れたときに看てくれた子に、アトマ付与の神術のコツも教えてもらってたから」


 如何に真剣勝負であったとしても……

 いや、真剣勝負であったからこそ、その後のケアは重要だろう。

 

 フェレシーラを始めとした回復術の使い手たちに、俺は観戦料代わりの一働きを要求してゆく。 


「それではパトリース嬢。私たちは他の者を診るとしようか。よろしければドルメ殿も、加勢をお願い致します」

「う、うむ……しかし9名もの選りすぐりの教団員が、こうも簡単に降されるとは……これはたしかに青蛇殿の言われていたことも……」

「はーい! ちょっと『探知』を使うのが初めてで、最後の方は確認が遅くなりましたけど、……ドキドキの勝負でしたね! 師匠、大勝利おめでとうございます!」

「ピ! キュピピピピ……ピピィー♪」

「見事だな、旅人フラム。まあ俺は真っ暗すぎてで、途中からなにも見えなかったが」


 戦いも終わり、残るは後始末。

 皆でがやがやと言葉を交わしながら、作業が進む中――

 

『……え? いまので、終わり? あれ? 俺様の活躍は?』

 

 呆然としたジングくんの呟きと共に、ミストピア神殿の査察は終了へと差し掛かっていた。





『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎』



 十一章 完







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