279. 連携対決 其の参 そして
「光よ!」
朗々と響く声に合わせて、本日二度目の『閃光』が試合場の一角を照らし上げる。
「きゃっ……!」
「く――」
「怯むな! 来るのがわかっていれば虚仮脅しだ! 突っ込んでくるぞ!」
大柄な神殿従士――こちらに最初に斬りかかってきていた男の言うとおりに、今度のそれは目潰しとしては機能しない程度の光量しか練られていない。
しかしその分、俺の左の掌は大きく開かれており、射角は広く取られている。
3人の神殿従士のみならず、神官の女性2人もきっちり巻き込んでの先制攻撃。
それもあちらが揃って呪文の詠唱に入るべく、錫杖を地に突き立てた瞬間を狙ったものだ。
『うーむ。中々派手できらいじゃねえが、俺様からは良くみえねぇのが難点だな。てか、やっぱこれ便利じゃねえか? 今も連中、動きがとまってんぞ』
『準備無しで連発できたらな。それに全員巻き込んである程度の時間、視力を奪うほどの威力を出すには相手が散開しすぎてる』
首尾よく後衛の動きを阻害し終えて大柄な神殿従士と対峙したところで、俺は一旦、ジングの疑問に答えておく。
『最初の不意打ちのイメージで喰らったら不味い、って思い込ませてるから反射的に手で目を庇わせてるけど……実のところ直撃してもほぼ無意味なレベルだからな。わかっていれば呪文の詠唱も途切れずに済む程度さ』
『ふーむ。バッチリ効く場面で撃つなら、普通に攻撃術の方が良さげってワケか。まあご丁寧に、『光よ!』とか叫んでるしバレバレだわな』
『ああ、それは発動詞だからな。詠みあげることで、少しでも威力をあげられるの――っと!』
「せいっ!」
姿勢を低くして石床の上を駆ける最中、掛け声と共に横薙ぎの一撃が繰り出されてきた。
威圧の意味が籠められた長剣の一振りを、急制動をかけて空振りに終わらせる。
そこに立て続けに、踏み込みを伴う袈裟懸けの斬撃が飛んできた。
「おっと」
本気の一撃ではない、しかし牽制というに少々剣呑に過ぎるそれを、バックステップで躱しきる。
耳元で空気が唸る。
同時に、微かに地を蹴る音が場に響く。
『くるぜ! が、ハッキリとはみえねぇ!』
それら全てを塗りつぶして、ジングが吼える。
左の腕輪に開かれた『眼』による監視範囲外からの追撃。
であれば、自ずと位置の予測もつく。
それを思考の軸に据えて、俺は宙で素早く身を捻り、その勢いをもってして右腕を後方へと振り抜く。
その結果――
「ぐっ!?」
鞘付きの短剣より放たれた光波の一撃。
練り上げられたアトマの飛刃が、背後よりこちらを迫っていた男の左肩を捉えていた。
『カァー!? この、どヘタクソ! かすり傷じゃねぇか!』
『あちゃ……胴を狙ったつもりだったんだけどな。流石に狙いもつけずに振り向き撃ちは無理があったか』
『チッ! せっかく、この俺様が手助けしてやってるってのに、オメェは――あ、わっ、左ィ!?』
『く……ッ!?』
脳内反省会もそこそこに切り上げて後方へと倒れ込むと、陽を見上げる形となった視界を剣撃が二連、それを追うようにして『光弾』二発が交錯してゆくのが見えた。
「な――」
「ウソでしょ……」
「馬鹿な……我ら必殺の連携を……」
「猿かよ、コイツ」
倒れ込みながら身を捻り、走竜の肩当てで石床を噛むようにして捉えての、後方への回転退避。
それをなんとか決めて立ち上がったところに、呆然とする男女の声が飛んできた。
「ぐ……死角からの挟撃を、今度は避けるどころか……カウンターだと……!?」
遅れてやってきたのは、アトマ光波を受けた神殿従士の男。
8対1時点の初手の攻防で、大柄な男と共にこちらを挟み撃ちにきていた相手だ。
残る3人の前衛の中では最も俊敏であり、気配を殺すことにも慣れているこの男が、連携の〆を務めるであろうことは既に予見できていた。
そこにカウンターの光波を見舞えたのは、やはりジングの『眼』を介したフォローに拠る部分が大きい。
『まあ、ぶっちゃけ半分は勘で撃ってみたけど。直撃はしなくても、威嚇効果はバッチリだったみたいだな』
『勘って……んな博打みてぇなコト、いきなりやってんじゃねぇよ! 空振りしてたらどうするつもりだ、テメェ!』
『どうって……そりゃあ、やられてただけだろ。背後か横からバッサリとさ。アトマを集中させて防御しようにも、光波を使う前後は難しいしな』
『バッサリって、おま……』
こちらのサラリとした返しを受けて、ジングが絶句してくるが……
俺からすればここは賭けておくしかない場面だ。
それを伝えるために、俺は念話によるやり取りを継続した。
『俺たちの接近戦におけるアドバンテージはさ。ぶっちゃけお前の『眼』があることがまだバレてない……というか、警戒されていない点にあるんだよ。後の要素は数の利ってヤツには叶わないからな』
『なるほど。つまり……どういうことよ!?』
体についた土埃を左手で払うことで、『まだまだ余裕』とばかりに周囲にアピールしていると、ジングが一切の理解を伴わぬ疑念で返してきた。
なるほどじゃないよ。
ほんとコイツ、アホだな。
しかし俺もサポートして貰っている身ではある。
幾ら即席の相棒とはいえ、こちらの狙いぐらいはしっかり伝えておくのが、やはり筋というものだろう。
『つまりはさ。理由はわからずとも『コイツに不意打ち、挟み撃ち』の類は通用しない、と思われる前に、こっちは数を減らしたいんだよ。思い切り攻撃してくる分、カウンターを取りやすいからな』
『ほうほう……まだよくわかんねぇが、続けてどうぞ?』
ほんと、コイツはー……
『逆に言えば、だ。正攻法で5人一気に攻めまくって来られるのが一番キツイんだよ。どこかで捌けなくなるし、反撃する余裕もなくなるからさ』
『ほーん? んじゃ、なんでアイツらはそうしねぇんだ? コーカテキなんだろ、それが』
『そりゃ勿論、挟み撃ちする方がもっと効果的だからだよ。普通、『眼』は前にしかついてないからな』
『目が前にしかって……オメェ、なに当たり前のこといって――あっ、おわっ、なに!? いきなり、眼が、眼がみえ……あっ!? そゆコトぉ!?』
『はい、ジングくん。良くできました』
言いつつ、俺は腰に押し当てていた翔玉石の腕輪を解放して、労いの言葉をかけた。
そうしている間にも、視線は正面、対戦相手からは外さない。
「ふ、副護衛長……いま治療を」
「いい、これぐらいならまだ動ける。それよりも迂闊に隙を見せるな。本当に何を仕出かしてくるか、わからん相手だ」
左手で右肩を押さえた男が、後ろから声をかけてきた神官の女性に首振りと共に答える。
副護衛長と呼ばれているところをみると、現状彼が皆に指示を出すべき立場にあるのだろう。
だが正直いって、こちらに対して過剰な警戒心を抱き過ぎだと言わざるを得ない。
壁の枚数が減ったわけでなし、ここは素直に負傷の回復を優先すべき場面だろう。
もしかしたら、まんまと反撃を受けてしまったことへの自戒を含んでいるのかもしれないが……
それなら尚更のこと、彼は仲間の支援を受け入れるべきである。
『うん。そうだな……やっぱり、あの人を中心に狙っていくか。指揮で手一杯で正面からやり合う余裕がなさそうだし。怪我を治さないのを見逃してやる義理はないしな』
『うむ。俺様もそれが善いとおもうぞ。いけいけやっちまえであるぞ』
『お前ほんと、無駄に偉そうだよな……というか、だ』
この人達、ちょっとっていうか、だいぶ勘違いしてるよな。
多分、ドルメの護衛役ってことだけあって、基本的に守戦をメインで考えるのはわかるんだけど。
チラリと観客席に視線を飛ばしてみると、フェレシーラと目があった。
一瞬、きょとんとした表情を見せてきた彼女に、俺は腕を持ち上げ手甲を示してみせる。
そこに仕込まれているのは、彼女が俺に預けてくれた霊銀盤。
不定術を操る為の術具であると同時に、俺の力を解放する為に必須となるトリガー。
それを見て、フェレシーラが笑みを浮かべてきた。
「いいのか? フェレシーラ」
こちらの言わんとすることを察してだろうその笑みに、思わず声が出てしまう。
「なに言ってるのよ。私、最初に伝えておいたとおもうけど?」
「……そっか。じゃ、ちょっと頑張ってみるよ」
「はいはい。やりすぎにだけ、注意ね」
互いにやや声を張ってのやり取りを経て、俺は再び前を向く。
右手にあった蒼鉄の短剣は、既に鞘ごと肩当のホルダーへと戻し終えてある。
「え……今のってなんだったんですか、フェレシーラ様。なんか、師匠とアイコンタクトみたいなの、やってたように見えましたけど……」
「あら、パトリース。覚えてなかったかしら? たしか貴女も、その場にいたと思うのだけど」
観客席で交わされる会話に耳を傾けつつも、意識は両腕に、心は一つの事象を描く為。
「この私と――白羽根神殿従士と正面切ってやりあえるようなら」
霊銀盤が、微かな軋みの音と共に作動し始める。
それに合わせるかのようにして、中高音の美声が試合場に響きゆく中――
「大抵の多数戦なんて、どうとでもなる……ってね」
俺は呪文の詠唱を開始した。