278. 連携対決 其の弐
正方形の試合場に場外スレスレの正円を描き走ると、相手の隊列に変化がおきた。
『前衛が2枚が後衛への盾、残り1枚が剣……ってイメージか』
こちらが包囲の外に飛び出したことで引き起こされた動き。
機動力に勝る手合いに無理に付き合わずに、二人の神官のサポートを有効活用しつつ数の利で押しつぶすという選択肢をみてとり、俺は情報の共有を図る。
『なんでぇ、妙にアッサリと囲んでくるのを諦めやがったな。ま、あんなクッソ重そうな鎧着込んで亀みたいになってりゃ仕方ねぇか。カカッ』
『亀って。そんなこと言ったら、お前だって鎧や盾を大事そうに守ってただろ。お前の場合、亀っていうより蟹っぽいけどな、鷲兜』
『んだと、ゴルァ!? いちいち細けぇんだよ、オメェはよぉ!』
お前こそいちいち五月蠅いよ、ジングくん。
一言二言状況を伝えるたびにこんな調子でなんとかやっていけるのは、念話による『声』ならではの呼吸を介さない意思伝達ならではの長所とも言えるのだろうが……
『ジング。一度アイツらとやり合う前に確認しておくぞ。大事なことだからな』
『……なんでぇ。急に真面目くさりやがって』
『そりゃ真面目な話だから当然だろ』
『はぁ……ほんとお前って、そういうとこは昔っから――あぁ、わーったよ! 言いたいことがあるってんなら、ズバッと言いやがれ! 聞くだけ聞いてやらぁ!』
『助かる』
こちらが発した短い謝意に対して、ジングが『はんっ』と呆れ半分の溜息で返してきた。
それを受けて、俺は頭の中で慎重に言葉を選んでゆく。
『ここからは本格的にお前に助けて欲しい。具体的にいうと』
『だから前置きからしてなげぇんだよ。要は俺様に、貴様の『眼』になれって話だろうが』
『……だな。それで、頼めるか?』
『ハッ! 今更んなってテメェはよぉ。マジでいけしゃあしゃあと抜かしやがるな。ここまでなんど、このジング様に――ん? 俺様、なんど見たっけか?』
眼になって欲しい。
そんなこちらの頼みに対して、ジングが超絶低レベルな自問自答へと迷い込む。
うん。
やっぱコイツ、正真正銘のアホというか、マジモンの鳥頭だわ。
記憶力絶無の鳥類への憐れみをもって、俺はしっかりと順を追い、説明をしてやることにした。
あまり時間をかけてもよろしくない状況だが……
必要なものは必要だから仕方がない。
『最初に挟み撃ちされたときと、『閃光』での崩しから2枚落とした直後。んで3枚目をアトマ光波で落としたあとにもう一度。その後に俺が包囲を抜けて全力疾走してたときは、無理だって言ってたけど。自発的に見てくれていたのは別カウントとして、頼んだのはここら辺かな』
『お、おぉう……思ってたより、随分多いな? んだよ……俺様、めちゃくちゃ働いてんぢゃねえか! さすが俺様、ユウノウってヤツよな! カカーッ!』
『うん、まあ、はい。助かってます。わりと真面目に』
一瞬にして有頂天となった鷲兜にちょっと引きつつも、素直な気持ちを述べておく。
そうしながらも試合場を駆けるペースを再び包囲されぬ程度に調整しつつ、俺は自身の左手首に嵌めた黒い腕輪へと視線を飛ばしていた。
そこに光るのは、猛禽のそれを想起させる一つ眼。
翔玉石の腕輪の装着者である俺からの制限つきながら、ジングに許された三つの自由。
即ち、『口』と『耳』……そしてこの『眼』。
それを用いて、この鷲兜は俺のアシストに回ってくれていたのだ。
ちなみに『耳』についても使用許可は出してあるので、腕輪の端っこでなんか小さい穴が時折ピクピクしていて地味にキモい。
ついでにいうと『口』に関しては日常的に封印状態。
こいつに好き勝手に外に向けて喋らせた日には、マジで怪しいなんてレベルじゃ済まないからだ。
それこそ査察団どころか、普通に神殿の人たちにまで疑われて拘束される未来が目にみえている。
そうでなくとも五月蠅さ倍増なので、現状止む無し、といったところだ。
そんなこちらの心中を知ってか知らずか、ジングが再び『声』をあげてきた。
『だがよ。勘違いするんじゃねえぞ、ガキ。この俺様がいつまでも大人しく、こんなチンケな腕輪に閉じ込められたままでいるたぁ、間違っても思わねぇこったな。クカカカ……』
『まだそんなこと言ってるのかよ……って言いたいところだろうけど。そりゃお前にしてみればそうだろうな。俺なんかにいいように扱き使われて、迷惑もいいところだろうし』
『ケッ! 妙にしおらしくなって感謝してくるかとおもえば、今度は同情かよ! ほんとまあ、ムカつくガキだなテメーはよぉ』
普段であれば文句の一つも言い返したくなる尊大かつ捻くれたその言い様も、今は不思議なほど気にならない。
我ながら、現金な話だとは思うが……
8対1という、ありえないほどの戦力差から始めたこの戦いにおいて、ジングのサポートは有効どころの話では済まないものがあったからだ。
常にフリーにした左手を、本来死角である背面をメインに回して包囲陣に対抗する。
それ自体、迂闊に『探知』によるアトマ視を用いる余裕すらない多対一の戦闘では、かなりの効果が見込める。
しかも相手はジングの『眼』に気付いていない状態である為、わざと背後を晒したままにして攻撃を誘発させたり、挟み撃ちに来たところをギリギリまで引きつけて回避することで、衝突寸前までに持ち込んで時間を稼いだりと、中々のお役立ちだ。
当然、短剣を扱う右手は視覚を補うのには不向きだし、左手で監視をさせるにも限界はある。
5人にまで数を減じた包囲を抜けたあと、試しに全力疾走をしてみた際も揺れる視界とスピードにジングが音を上げているのは確認済みだ。
そしてなにより、このサポート法には重大な問題がある。
それが何かと言えば――
『ま、精々そうやって偉大にしてインテリジェンヌに長けた、このジング様のご機嫌を損なわないように、頑張りたまへよ。フラムっちくん』
偉大なヤツは自分で自分にご機嫌を、って言い方はしないと思うけどな。
あとインテリジェンス、だろ。アホジング。
……というツッコミに走りたくなる欲求を堪えていく必要がある、というこの難題。
しかし悔しいことに今コイツが言ったとおりに、ジングの気持ち一つで決まる戦法を取っているので、ここはこの鷲兜を上手く乗せていくしかない。
とはいえ、ぶっちゃけジングのヤツは相当な捻くれ者だ。
下手に出まくっているだけではどこかで急に『オレサマ、協力するのやーめたっと』とか言い出して来かねないところがある。
なので乗せたり合わせるにしても、程ほどに様子を見つつという形がベターなんだろうけど。
『何はともあれ、だ。言いたかないが今はお前が頼りだ。もうちょっとだけ、頼むぞ。ジング』
『フン……使えるものは何でも利用すりゃあいいのよ。互い、テメェの為にな。てーかオメェ、走り回ってる間に作戦の一つも考えてやがるんだろうな? なんかちょっと、動き遅くなってんぞ?』
『……そこはまあ、それこそ作戦のウチってことで』
『ウソこけ、このド阿呆がッ! こんなくだんねぇことに付き合わせておいて、負けでもしたらタダじゃおかねえぞ!?』
『へーい』
ご指摘通りに若干ペースを落とした状態で、円を描く動きを内側へと向けてゆく。
それだけのことで、5人の教団員の間に緊張が走り抜ける。
それが手に取るようにして、こちらに伝わってきた。
「くるぞ……!」
長剣が、錫杖が、己が使命を果たすべくして動き始める。
日々同士として競い合い、鍛え抜かれた連携行動が再開の兆しをみせてくる。
それに対して、こちらは急造かつ信用ならぬ相手との即席コンビ。
どこまで信じるべきか、どこまで頼るべきか。
果たしてどこまで委ねていいものか――
『それじゃ、そろそろ……いくとするか! ジング!』
『おうよ、小僧! こうなりゃ行くとこまでいっちまえってんだ!』
そんな疑念を吹き散らすようにして、矢の如く、俺たちは敵陣深くへと切り込んでいった。