275. 想定の外より、内へと
刹那に輝き、突き刺さるようにして見る者の眼を灼く、真白の煌めき。
「――!」
遅れてやってきたのは、声にならぬ無数の悲鳴。
そして『閃光』に眩む目を今更ながらに守ろうという反射的な動作が、眼下に収まるだけでも4名分。
その内、最もにこちらに近くなり続けていた護衛長のガラ空きとなった左胸目向けて、俺は呼気一つ漏らさずに飛び蹴りを叩き込む。
「ごっ!?」
こちらの全体重を乗せ切った、渾身の踵蹴り。
その一撃を真正面から喰らったことで、護衛長の体がもんどりうって地に転がった。
金属製の鎧と石床とが打ち合わさり、派手な転倒音を奏でる。
それを隠れ蓑に、俺は上空から『地面』へと向けて、スライディングを決めるようにして着地を果たす。
必然、俺にとっての『地面』は転倒した護衛長の上半身、と相成ったわけだが。
胸部に跳び蹴り、そして背中から石床に叩きつけられた衝撃で呼吸すらままならぬ男の首筋に、鞘付きの短剣を叩きつける。
それも後から言い訳をされては叶わないので、左右に一振りずつしっかりと。
そうして俺が確殺の証を刻み付ける間にも、周囲からの横槍、反撃らしい反撃はまだ飛んでこない。
不定術による光の炸裂。
持続時間を制限した上で、その光量と指向性にリソースを割り振った、純粋な目眩し。
試合場にいた神殿従士と神官たちの注目を引きつけるために行った大跳躍からの、奇襲返し。
指向性をつけて観客席側をさけてみたそれが、どうやら上手く機能してくれていたようだった。
これで一つ。
『あとは――!』
周囲を見回しもせずに、しかし思念で短く己を意志を示しつつ、俺はまっすぐに駆け出す。
視線の先には、先ほどの護衛長と同じ体勢をとる神官の女性が一人。
右手に錫杖を握りしめながらも、未だ左手で顔を覆っているあたり、こちらの目潰しをもろに浴びてしまっていたのだろう。
だが、いまは8対1の勝負の最中。
悪いが情けはかけてやる余裕は微塵もない。
「がっ!?」
水色の法衣とすれ違いざま、またも短剣を閃かせて細い首筋を打ち据える。
これで二つ。
「ぐ……奴はどこだ!?」
「護衛長が……リドリーも!」
後方で慌てふためく声が二つ。
さきほどこちらを挟撃しにかかってきていた神殿従士のものだ。
『ジング!』
『おう! いっとけや!』
試合場全域を薙ぎ払うようにして左手を横に振り抜くと、翔玉石の腕輪より猛禽の眼をギロリと見開き、鷲兜が応じてきた。
その声に押されるようにして、振り向きざまに右手を振り抜く。
狙いは左側。
護衛長とペアの神官に、最も近い位置取りを行っていた男性の神官。
「お、落ち着きなさい、皆! まずは視力の回復をゆうせ――んぶっ!?」
神術による回復、または防御を行うよりも先に、他の神官たちを統率する役目を果たしにきた男の胸元に吸い込まれるようにして、アトマの光が炸裂する。
今度のそれは目眩ましなどではなく、俺の短剣より解き放たれた光波だ。
鞘付きのそれで放つそれが、抜き身の刃にて放った際と比べて切断力に劣ることは、既に確認済み。
それ故に、迷うことなく『打撃系の飛び道具』として用いやすい。
全力で臨みつつも、命までは取りにいかない。
そんな戦いの場所においてであれば、それはむしろメリットであると俺は判断した。
ともあれ……これで、三つ!
『ボケっとしてんなよ、小僧ぉ! 後ろ二人、右奥から一人だ!』
突如響いてきた『声』に、俺は更なる光波を繰り出す為に作り出していた魂源力の溜めを解除して、確認もなしに左に跳ぶ。
そこに入れ違いになる形で袈裟懸けの一撃が振るわれてきて、光が瞬く。
神殿従士一人による長剣での近接攻撃と、神官一人による『光弾』での遠距離攻撃。
あれこれと手札を切ることを優先していたので、『探知』による予備動作の察知、アトマ視にリソースを割り振ってはいない。
その必要性もない。
飛来する『光弾』を半歩だけ右に動いて避けつつ、それをフェイントにして続くもう一人の神殿従士が放ってきた突きの一撃も捌いてゆく。
相手も深追いはしてこない。
隙をついての斬撃、術法、刺突による三段連携を難なく凌いでみせた、こちらに対する警戒心が、それを阻んでいた。
「さて」
思わず一息つきたくなる衝動を無理矢理抑え込み、俺は『いかにも余裕たっぷりです』といった口調で声を発した。
「これで3人が脱落だが……このまま続行でも、問題はないな?」
その言葉に、残る神殿従士3人と神官2人が互いの顔を見合わせる。
まとめ役である護衛長の男とそのペアとなったばかりの女性に続き、神官たちのリーダーらしき男までもが瞬く間に地に転がされた状況下。
残された者たちは、明らかにこちらへの返答に窮していた。
うん。
すみません、問題ありありです。
正直いまこの瞬間にでも、「代理戦、終了!」と誰かに言って欲しい。
欲しいけど、流石にそれは無理だとわかっている。
なので今の俺は、何がなんでも『いまダウンさせた三人はもう負け扱いで退場』って流れにしようと必死も必死です。
これで向こうが『いや、戦える限り戦うんでこっちまだ8人です』とか言い出してきたら泣く。
というか、その時点でリタイアする気満々です。
そもそもの話、9人を相手に、しかもその内はおそらくペア2人組を相手に連戦というだけでも無理難題すぎるこの戦い。
そこをどうやってひっくり返すかと考えてみると、俺からすればこうしたやり方しか手はないのだ。
まずは1人を降したところで、『まとめてかかってこい』などと嘯き、なし崩し的に『こちらに誰がいつ倒されても、ノーカウントにはならない』状況へと持ち込む。
その上で相手の不意打ちを凌ぎ、大ジャンプから全員の注意を引きつけて、一発勝負の不定術での閃光目潰し。
そこからは先は、ご覧の通りといった展開だったわけだが……
圧倒的な戦力差を覆すための、窮余の策。
想定外の戦いをなんとか想定内に収めて勝ちを得るには、開幕で一気に複数人を落としにいくしか手はなかった。
それもこちらの手札がバレない内に、といった次第である。
というか、何故だかティオのヤツは俺が目潰しに走るのを読んでたっぽい動きをしていたが……
単なる勘にせよ、『探知』を使ってアトマの動き、術の特性を察知していたかにせよ。
同じことを8人の内の誰かしらが、やってこないとは限らなかったと思うと、中々に肝が冷える選択肢だったといえる。
なんにせよ……既にアトマ光波と霊銀の手甲を用いての不定術、傍から見れば未熟な魔術の存在は、あちらの知るところとなっている。
これで再び同じことを繰り返せば、神官たちに『光弾』なりで狙い撃たれるか、『防壁』なりで攻撃を凌がれて、神殿従士が一斉に止めを刺しにきて終了だろう。
というわけで、もう不意打ちは通用しないとみるべきだった。
そうなれば、あとは残りの手札でなんとかしていくより他に手はない。
なのでここは何としても、『もうサクッと3人倒しましたが、なにか文句ありますか?』といった体でゴリ押しして、5体1で戦闘続行させるしか道はなかった。
内心では戦々恐々としつつも、そんな思惑を胸に対戦相手からの返答を待っていると――
「……え? あれ? セレン様、これ、どういう状況ですか? なんかいま、師匠が空中でピカッと光って、眩しくて目を閉じてたら……いつの間にか、あっち三人も倒されているんですけど」
「うむ。なにを隠そう、実は……私もまったく同じ認識なのだよ、パトリース嬢。はっはっは」
「あー、びっくりした。こっちにはあまり光が向いてなかったから良かったけど……ちょっとフラム! いきなり驚いたじゃない! そういうのは、先にやるって教えておいてよね!」
「お言葉ですが教官。それではまったく奇襲になりませんよ」
「ピィ……!」
こちらの耳に飛び込んできたのは、観客席側からの騒々しい話し声だった。