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272. 道化師の取り決め

 突如というべきか、なし崩し的にというべきか。


「うんうん。いいよいいよー! それじゃ、査察団の皆さーん! ここは一発張り切って、脅威の新人フラムっちを相手に、9対1の真剣勝負といってみよっか!」


 それとも結局は、この笑顔全開で煽りまくってくるこの道化師の少女――ティオの掌の上で転がされてしまっていただけなのか。


「全員、気を抜くな! 見た目はこんなでも、実力はティオ殿と肩を並べるものと思ってあたれ!」 

「うむ。こうして取り囲まれても顔色一つ変えぬ胆力、油断ならん」

「ほんと、背格好も弟を思い出すなぁ。あいつも今頃はこれぐらいの歳か……元気してるかなぁ。苦手だった南蛮芋、食えるようになってるかなぁ……」

「助祭様遠くに行き過ぎ問題」

「まあ正直なところ、あまり近くでチョロチョロされても邪魔――んんっ。近くにおられても、危険であるからな」


 気づけば俺は剣を構えた神殿従士たちに、付かず離れずといった具合で取り囲まれていた。

 ちなみに神官たちはといえば、既に10mほど離れてしまっている。

 こうなっては、先手を打って後衛に奇襲をしかけて数を減らす、といった手口も不可能といった状況だ。

 

 なにがどうしてこうなった。

 

 いや、完全に自業自得なんだけどさ。

 青蛇の称号(イコール)ティオの威を借りすぎた結果、必要以上に相手の警戒心を煽ってしまった俺が悪い。

 しかしながら、流石に全員とやり合うってパターンは完全に想定外なんですけど。

 

 精々やりあうにしても、神殿従士と神官のペア一組がいいところだろうなー……

 なんて予測を立ててところに、まさかのドルメを除いた全員とやりあう羽目になるというオチ。

 

 こんなことなら素直にティオのヤツに文句言いまくって、代理扱いなんて拒否っておけばよかった等と悔やんだところで、もう遅い。

 一瞬、ここは素直に『実は全部ハッタリでした! 見逃してください!』と謝り倒してみるかなとも考えてはみる。

 

 だが、よしんばこの場は見逃してもらったとしても、問題はその後だろう。

 なんだかんだで俺を見送ってくれたフェレシーラたちに合わせる顔もないし、なにより俺自身がそんな真似はしたくない。

 

 そもそもの話、ハッタリを効かせて都合よく話を運ぼうとしたこと自体、自己責任というものだろう。

 となれば、せめて吐いた唾ぐらいは呑まねば気が済まない、といったところだ。

 例えその結果、ボッコボコのバッキバキに叩きのめされたとしても、だ。

 

『あーあ。完全にミスったなオメェ。ひの、ふの、み……うむ。いっぱいいるな。こんな大勢引っぱり出して、どーすんのかねフラムくんはよ』

『うっせアホジング。あと神殿従士が5人で、神官が4人な。せめて一桁は頑張れよ、この鷲頭』

『ヘッ! あいにくこちとら、ズノーロードーってヤツは担当してなかったんでな。ま、テキザイテキショってモノだよ、チミィ。カッカッカ!』


 艶のない黒色の翔玉石の腕輪のその表面に、薄っすらと瞳を見開きジングが嗤う。

 相変わらずキモさ満点、脳みそ減点といった振る舞いよう。

 

 腕輪の動き自体は誰かに見られたとしても『ちょっとキモ変わった機能のついた術具』で誤魔化せるレベルだとはいえ……状況わかってんのかね、コイツは。

 

『んで……何をすればいいのよ、俺様はよ』


 呆れ気味に溜息を溢しかけたところで、そんな『声』がやってきた。

 普段の騒々しく憎たらしいだけのものとは違う、それでいて不敵な響きを伴うそれに、俺は思わずピタと動きを止める。

 

 それが周囲を取り囲む者たちの目には、開戦への狼煙として映ったのだろう。

 皆が一斉に武器を構えて、各々の間合いを取り始めた。

 

『なんだよ。わかってたのかよ、お前にも手伝ってもらいたいってこと。案外馬鹿じゃないんだな』

『ぬかせ、小童こわっぱ。ここに出向いてきた時から、端からテメェはやる気だったろうが。相手はあの鎖娘のつもりだったにせよ、な』

『鎖娘……ああ、ティオのことか。へぇ……』


 意外なまでにこちらの考えを見抜いてきていた鷲兜の言葉に、俺は素直に感嘆の『声』で返す。 

 そういやアレか。

 

 ジングのヤツ、そういえば噂に聞くペルゼルート元将軍ともやりあっていた様な、やり込められていた様な、そんな感じの口振りだったもんな。

 コイツの正体が魔人だとしても、力はともかく頭の方は下級三下雑魚下っ端クラスなのだろうと思い込んでいたが……案外、それなりに修羅場を潜り抜けてきているのかもしれない。

 

 まあ、仮にそうだとしても、結果として魂だけで俺の体に入り込んだ挙句、小さな腕輪の中に閉じ込められているのだから、今は無害もいいところだが。

 

 ともあれ、今はそんな事に気を回している余裕はない。

 ジングがそのつもりであれば、協力を仰ぐのみだ。


 もしも後になってから貸しだのなんだのと言われて見返りを求められたのであれば、それはその時考えればいい。

 

『ちょい、耳貸せ』

『んお? なに言ってやがる、どうせ俺様の声はこのままじゃ他のヤツらにゃ聞こえねーんだろ』

『いいから、雰囲気だよ。こういうのは雰囲気も大事だからな』

『なにをワケのわからんことを……まあいい。聞かせ給え。このジング様がハイチョウしてやろう』


 うん。

 拝聴って畏まった言い回しなんだけどな。

 ほんとアホなのに無理に小難しい言葉を使おうとすんなと、ツッコんでやりたいのは山々だが……とりま、ごにょごにょ――っと。

 

「んー……そろそろいいかなぁ、フラムっち。観客の皆も揃ったことだしさ」

「観客って貴女ね、見世物じゃないんだから。審判ジャッジを買って出るつもりなら、もうちょっとシャンとしなさいな」

「なんだ、まだ抜いとらんのか。相手は真剣、模擬戦とは違うぞ」

「え? 真剣って……うそ、皆、剣抜いてるじゃないですか! よくわかんないけど、戦うにしても木剣とか、練習用のじゃないんですか!?」

「はっはっは。見給えホムラくん。君のご主人様が大人気だよ。折角だし、もっと近くで眺めさせてもらおうか」

「ピピィ―♪」

 

 おおぅ。

 こっちが少しばかり悪巧みをしていたところに、来るわ来るわの大集合。

 

 スンとした表情でこちらに問いかけてきたティオの背後に、フェレシーラが腰に片手をあてて、ハンサが呆れた面持ちで、パトリースが慌てふためきつつ、最後にセレンが周囲クルクルと飛びまわるホムラを引き連れて、円陣の傍まで詰めかけてきた。

 

 加えていえば試合場の一番奥側に退避していたドルメも、そーっと近くに戻ってきている。

 どうやら自分一人だけ思い切り離れていたことに、心細さを覚えたようだ。

 

 ちょっと皆さん、こちらに任せて見守っているのではなかったのですか。

 試合場に置かれた長椅子に腰かけて寛ぐ様は、最早完全に観戦モードにしか見えないんですが?

 それも見守っているといえば、まあそうなんでしょうけども。

 

「よーし、皆揃ったね? それじゃあ、第一回『査察団対フラムっち』戦! 注目の初期オッズは……これぐらいからでどうかな? 勿論、多く人数の賭けられた方が当選倍率は下がっていくから注意だよー」

「へぇ。これが貴女の評価なんだ。面白いじゃない」

「ほぉ。これは中々エグいですね」

「こんなの賭けるなら、師匠の勝ち一択に決まってるじゃないですか。あれ? でも賭け事って神殿の人達っていうか、聖伐教団では」

「ふむ。非常にそそられるマッチングだが、いまは少々手持ちがないのでね。私はこっちで」

「ピピ……プピ!?」


 そして唐突に始まる、不良神官胴元による賭け試合。

 セレンさん、冗談でもホムラを持ち上げるのはやめてください。

 幾ら大恩ある貴女でも流石にしばきますよ?

 

 ていうか第一回ってなんだよ、二回も三回もこんなことやるつもりないですよ?

 

「……大変盛り上がっているところに、申し訳ないのだが」 

 

 なんてツッコミを心の中で入れていたら、神殿従士の中でも最年長と思しきおっさんが声をかけてきた。

 

「あ、はい。なんでしょうか」

「うむ。そろそろ開始してもよいかね? フラムっちとやら」

「ですよね!」

 

 困惑しきったおっさんに返答を行いつつ、俺は走竜の肩当に手を伸ばして、蒼鉄の短剣を鞘ごと取り外す。

 それを見た査察団のメンバーが、剣先と錫杖の輪を揺らめかせてくる。

 そこに悠然とした所作で、青蛇の少女が進み出てきて――

 

「それでは……代理戦、始め!」


 黄銅色の鎖が派手に鳴らし振るわれて、それを合図として皆一斉に動き出す。

 その渦中にあり、俺が思うことは唯一つ。

 

『まさか俺の愛称、このままフラムっちで定着したりしないよな?』という、懸念だけだった。




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