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271. 『やりすぎ』

「む? なんだね、いきなり。ここで引いては私にも面子というものが」


 突如自身に円陣の外へと下がるように申し出てきた神殿従士の男に、しかしドルメはわけがわからないとばかりに異を唱えてくる。

 だが――


「私も同意見です。しばし、御身を護ることを優先していただきたい」

「護衛長まで……あんな子供相手に、どういうことだね? 説明したまえ」

「油断のならない相手だ、ということです。若いからと侮り助祭の身に何かあれば、司祭長様にも申し開きが立ちません」


 こちらに対する包囲陣を組んでいた神殿従士たちが、同僚である男の意見にこぞって賛同し始めていた。


「なんと……あの少年が、そこまでの猛者だと?」

「恐らくは。青蛇殿の振る舞いからしても」

「にわかには信じられんな……」


 俺の背後に立つ男を除く、四人の神殿従士。

 彼らより口々に忠告を受けて、ドルメがたじろぐ気配をみせてきた。

 彼にしてみれば、何の変哲もない子供である俺がどっしりと構えていたところで、然したる脅威を感じることもないのだろう。

 

 はい。

 その判断、わりと正解だと思います。

 と、俺自身は思うのだけれども……

 

「しかし……そこまで言うのであれば、だ。私としても、お前たちの顔を立ててやらんといかんだろうな……!」 

 

 寄ってたかっての諫めを言葉を受けて、ドルメは一人円陣を離れる形となってくれていた。

 完全なる勘違いと、それが引き起こした結果だ。

 

 それは彼らにとっての、現状最大の脅威――なにを仕出かすかもわからない『青蛇の神官』ティオの存在。

 それが彼らに、大いなる「もしや」「まさか」という勘違いをさせた結果。

 

『もしかして、ウチの問題児ティオさんの横で堂々と構えているコイツも、同じぐらいヤバいヤツなのでは……?』


 という、凄まじい勘違いが発生した結果であることは、俺自身のことをよく知る者であれば簡単にわかっただろう。

 

 うん。

 いまのやりとりをみて、やっぱり『護衛の任務って大変なんだろうなぁ』と再認識させられてしまう。

 なにせ護衛対象が怪我でもしたら、大変なことになるもんな。

 それも相手の身分・位が高い程、面倒なことになるのは目にみえてる。

 

 魔人討滅を至上の使命として掲げているとはいえ、彼ら教団員も皆一人の人間。

 生活というものがあるからには、直接の上司にあたる人間の不興を買うのは勘弁、といったところだろう。


 となれば、是が非でもリスクは避けておきたくなるのが人情というもの。

 面子を気にかける上役を皆で説得、安全なところにお逃げ遊ばされていただこう、という流れとあいなったわけである。

 

 正直いって、こちらが予想していたよりも、少々ハッタリが効きすぎてしまった感はあるものの……

 まずはこれで、助祭を巻き込んで怪我をさせてしまい、話が拗れるリスクは回避出来た、といった次第だ。

 思いつきの策にしては、結果は上々といったところだろう。


 というわけで、あとはどれだけ『揉め事』自体の難易度を下げにいけるかが、話の肝となる。

 それをスムーズかつ、確実に実行するためには、もう一押しが必要となる。


「揉め事があれば、勝負事で決める。わかりやすいし、嫌いじゃない。だから別に、こっちとしては文句はないけどさ」


 その為に、俺は自分がいかにも『腕にものを言わせてきた無頼漢』であるかのようなセリフを口にした。

 

 うん。

 大嘘も大嘘。

 こちとら冒険者アドベンチャラーに憧れたことはあっても、無法者アウトローを気取るつもりは毛頭ない。

 

 だがここは踏ん張りどころ。

 渾身のハッタリという名の先制パンチが効いているうちにこの場の主導権を握り、こちらに有利な条件を勝ち取らねば、この後が怖い。

 というか、俺の実力ではあまり選択肢がない。

 

 これでティオが調べていたと思われるこちらの素性が査察団で共有されていたら、アウトどころの話ではないのだが……俺の見立てでは、その可能性は低い。

 そこは単なる勘だけど、ティオの言動・性格からしてない気がしている。


 そんな内心の焦りを『面倒だが仕方がない』といった風な溜息に乗せて吐き出しつつ、次なるセリフを口にする。


「でもまあ、俺はコイツ(・・・)ほどは強くないからな。出来れば穏便にことを済ませたい。そこで提案だ」 


 態度と口先を合わせての、雰囲気でのゴリ押し。

 ……からの、一方的にこちらに有利な条件の提案。


 形としては、『そちらに無用な負傷者を出したくはない』という強者の余裕からくる気遣いに見せかけた、その実『一回やったらお終いね』という弱腰ムーヴ。

 

 それを相手に持ち掛けながらも、俺は右の拳を軽く握り込み親指をビッと立てると、隣に立つティオを指し示した。

 

「一対一で、そっちの一番強いヤツと勝負。俺が負ければ、コイツがあんたら全員と教皇聖下様に詫びを入れる。俺が勝てば、コイツは無罪放免……わかりやすく、それでいこうか。いいよな、ティオ?」

「んー……なるほど、考えたね」


 この場にいる得体の知れない少年と、青蛇神官の力関係は同格――

 そんな風に装ったこちらの態度と発言に対して、ティオが感心するような口振りで応えてきた。

 

 ハッキリいって、ここがこの駆け引きの正念場だった。


 このやり方の最大の不安要素は、御存じティオさんの気紛れさ。

 この一点に尽きる。


 なのでここで、コイツが無駄に場を掻き乱しに来ないように誘導しつつ、あわよくば後押しを受けられれば、こちらの『提案』をゴリ押せるとみているのだが……

 

「うん! いいね! ボクはそれでいいよ(・・・・・・・・・)! フラムに任せれば大丈夫(・・・)だからね!」


 ……あれ?

 なんだろう、コイツ矢鱈と素直にこっちの提案を受け入れてきたな。  

 でもまあ、これでなんとかして一対一の戦いを凌げば、あとは晴れて自由の身。


 最悪負けたところで、口ほどにもないヤツだったと思われる程度のことだろう。

 その後は――ティオからは無理だとしても――フェレシーラから事情を説明して貰えば……

 

「いえ、そうは参りません!」


 万事解決だと。

 そうと思ったところで、背後から声がきた。 


 慌てて振り向けば、そこには俺の後ろに陣取っていた神殿従士の男が一人。

 見れば唯一人、剣を抜き放ち臨戦態勢をとっている。

 

「この者、先ほどから私が仕掛ける気配を見せていても、毛ほども動じる様子もみせず……青蛇殿が認めるほどの使い手であることは、誰の目にも明白! ここは我ら全員、合力してことにあたるべきかと!」

 

 ちょっと。

 ちょっと待って。

 

 なんか後ろでそわそわしてたと思ったら、この人なんで一人だけ、こっちに斬りかかろうとしているの?

 まだ全然、そういう流れじゃなかったよね?

 僕、平和的にお話していましたよね?


「たしかに、卿のいうとおりであろうな……」

「うむ。青蛇殿と同格とあっては、我らも見解を改めてことにあたるべきであろう」

「まったくだ。あどけない顔立ちに騙されるところだったわ。歳の離れた弟を思い出し、手心を加えてしまうところであったわ」

「我も我も」


 はい?

 え、なに。

 

 なんで神殿従士の皆さん、一斉に抜剣してるの?

 なんでそんな綺麗に「シャキンッ」って音が出せるの?

 わざわざ派手に鞘走りさせる仕掛けがあるか、訓練でもしてるの?

 

「というわけで……皆で一斉にかかるぞ!」

「応!!!!!」


 こちらの思惑を完全に置き去りにして、吼える脳筋野郎ども。

 ついでにいうと神官たちまでもが「ジャラン!」と錫杖を派手に鳴らしてやる気モードです。

 

「うーん。これこれ! やっぱこうこなくっちゃね! ボクは一体一でもよかったんだけどぉ。それじゃぜんっぜん、面白くないからねー!」

『おい』

『はい』


 クルクルと横回転しつつ円陣からスルリと抜け出すティオの背中を、呆然と眺めつつも――

 

『ハッタリ、効かせ過ぎだろ、この阿呆ぅ餓鬼』

『……サーセン』


 この日初めて、俺は最早アホの代名詞と化していた鷲兜さん相手に一言も言い返せぬまま、戦闘態勢に移行する羽目となっていた。


 というか後ろの気の早いおっさんよ。

 仕掛けるフリをするならば、ソレっぽくやってくれまいか。


 ティオのヤツほど殺気バリバリってもイヤだけど、もうちょいこっちが気付けるぐらいのヤル気を放って欲しかったかな……!


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