270. 蛇の威を借るなんとやら
深緑色の法衣と角頭巾を纏ったドルメを除き、身に着ける物すべてを薄水色で統一された査察団のメンバーは、数えて9名。
見たところ若者と呼べる者はおらず、20後半から30代前半と思しき風貌の者ばかり。
そのうち5人は神殿従士。
全員が生真面目そうな男性で、腰に剣を佩き、金属製の防具で胴と手足を護り円陣の内側を担っている。
あとの4人は神官で、1人は男性、残る3人が女性。
こちらは皆、錫杖を携え法衣を身に纏い、神殿従士たちより3歩分ほど後ろの位置で円陣の外周を成している。
日々積み重ねた鍛錬の垣間見える、攻囲防壁の陣。
おそらくは複数の神殿従士と神官が、日頃からペアを組んで行動しているのだろう。
阿吽の呼吸で行われるポジショニングを見れば、それが予想できた。
「あ、ほんとに来た」
その中央、攻略対象にあたる位置より青蛇の神官、ティオ・マーカス・フェテスカッツが振り向いてくる。
「いやいや……本当に来た、じゃないだろ。いきなり人の名前出しておいて、どういう神経してるんだよ。しかもそっちの揉め事でさ」
「それがわかってて出向いてくれるなんて、キミも付き合いがいいねぇ」
「どうせ付き合うしかないように、何か仕掛けてあるんだろ。顔に書いてあるぞ」
「ありゃ、そこまでお見通しか。まあボクもあまり強引な真似はしたくないしね。助かるよ」
悪びれる様子もなくそんなことを口にしてきた少女の元へ向かうと、円陣の一角が割り開かれてきた。
いやいや、もう十分強引だと思うけど。
それをここで指摘したところで、どうにもならない流れなのは確かだろう。
合わせて10人。
試合場の奥、石壁の傍に集まっていた面々、その全員がこちらに視線を向けてきている。
そこに向けて俺はまず一礼を行ってから、歩を進めた。
「それで一体、どういう用件で呼び出してきたんだ? どんな理由で御指名が入ったのかぐらいは聞かせてもらいたいところだけど」
「うんうん。話が早くて助かるよ。それなんだけどね……あ、ドルメ助祭。ボクの口から言っても良かったかな?」
「こんな強引な形に持ち込まれた以上、仕方ありませんな。なにかあれば責任は取っていただきますぞ。当然、査察の件が潰れた場合も含めて」
「勿論」
その場で一人渋い顔をしていたドルメにはニッコリとした笑みを返しつつも、ティオはそれ以上の言葉は返さない。
代わりとばかりに、彼女は告げてきた。
「フラム・アルバレット。キミには今から、ここにいる神殿従士と神官。全員とやりあってもらいたい。彼らと内輪揉めを起こしてしまった、ボクに代わってね」
「その小芝居ならもう見させてもらったけどな。俺が付き合う義理、あるか? あるってんなら、とっとと教えてくれ。助祭様は査察は査察で済ませておかないといけないんだろ?」
「むむ? 案外動じていないね……あ、なにか入れ知恵でもされてた? 我らが白羽根様からか、例の魔幻従士さんあたりからさ。副従士長の方は……そういうのはあんまりそうだしねぇ」
「別になにもないぞ。いいから早く説明しろって」
意外そうな口振りで反問を行ってきたティオに、俺は敢えて「如何にも面倒だ」とばかりの態度で応じる。
そうしながらも、一定の歩調で前へ前へ。
周囲から届いてきた微かなざわめきを気にする風でもなく、円陣の中へと踏み込んでゆく。
「うーん。実はあんまり、良さげな言い訳、考えてないんだよねえ。だからここは一つ、何も聞かずに彼らとバトってくれると助かるかなぁ……ってのは、やっぱダメ?」
「別にいいけどさ。貸し一つな」
「お? マジで? いやー、たすかるなぁ。さすがはフラムっち! いよっ……ええっと、魔法短剣士って言われてるんだっけ?」
「誰がだよ!?」
無駄に調子よく集めていたであろう情報を口にしてきたティオに、思わずツッコむ俺。
途端、ざわめきが「まだ子供ではないか……」「この少年と、いまから我らが……?」「さすがに大人げというものが」「それをいったら青蛇殿も」、等という戸惑いの声へと変じてきた。
しまった、ついいつもの癖というかノリで返してしまった……!
『おぉん? 小僧、なにオメェ大物ぶってんだよ。いつもはもっとこう……バタバタしてんだろ?』
『うるへぃ。こういうのは呑まれたら負けなんだよ。最初の印象が肝心なんだよ、最初の最初、出会い頭ってヤツがな』
『ケッ! 一丁前気取ってハッタリかい。ま、そうわるかねぇみてーだがよ。カカカ……』
それまで様子を見ていたのだろう、ジングの『声』に持論をぶつけてみると、悪態に続き満更でもない風の哄笑がやってきた。
クセの塊でしかないその笑い声に思わず顔を顰めて片目を閉じると、こちらを押し包んできていた圧が弱まってゆくのが肌で感じられた。
ちなみに角度的にちょっと見えてないけど、後ろの一人もなんかそわそわしてる気配だけは伝わってきている。
でもここでそれを気にして振り向くと、折角のハッタリが台無しなのでスルーあるのみだ。
『お、見ろよ見ろよ。こっちよりデカいナリした連中が、揃い揃って縮こまって震えてやがるぜ。このボンクラ従士どもがよ』
『そこまでビビってくれてもないけどな。でも、まあ……』
若干の待ち時間は与えてしまっていたものの、ティオに名指しを受けた後に臆する様子もみせずに、大の大人たちが待ち受ける場に進み出てきた。
その上で、彼らも――たぶん色んな意味で――一目置くであろう、年若き『青蛇の神官』の横に並びたち『貸し一つ』との一言で厄介事を引き受けてみせた。
はい。
ぶっちゃけ、これから起きるであろう戦いに備えての、ハッタリです。
それも全身全霊を賭けての、内心ガクブルで微妙に膝が笑ってる感じのヤツですねコレ。
正直いってこんなやり口は、本来であれば虚仮威しにもなりはしない。
それは俺自身が一番よくわかっている。
所詮こちらは、ここまで査察の後をチョロチョロついてきただけのガキに過ぎない。
それがいきなり踏ん反り返ってデカい態度を取ったところで、「なんだこのガキ」「世間知らずの若造が」「俺もあんな頃あったわー」だのと鼻で笑われるのがオチだろう。
だがしかし……だ。
彼ら護衛の者たちが真に警戒しているのは、俺ではない。
この場にいる、もっとも恐ろしく、もっとも気を許せない存在。
それは他でもない、彼らの身内であるはずの青蛇神官……ティオだ。
そしてそのティオは、先刻こちらに仕掛けてきた腕試しを経て、俺に対して『仮合格』という評価をくだしている。
つまりは、ある程度ティオはこちらの実力を認めており、それ相応の態度をとってきているというのが現状だ。
言うなればそれは、一つのステータスだ。
実績だ。
それも聖伐教団に所属する者にこそ、効力を発揮する類の。
だから俺は、自らが勝ち取ったその効果を、最大限に利用しにかかっていた。
その為には必要なのが、不遜ともいえるほどの大胆さと、漲る自信。
如何にも『若くとも熟練の使い手に見えるよう』振る舞えるか、ということだった。
そんなこちらの必死の演技が、功を奏したのだろう。
「ドルメ助祭。下がっていてください」
ドルメの脇を固めていた神殿従士の男が、自らの上役を庇うようにして進み出てきた。