269. 反骨の走り
「なーんかいまいち状況が掴めてないんだけど……」
どんな理由でティオとドルメたちが揉めたのかは不明だが、そこに何故かこちらが引っ張り出されるとあれば、せめて理由ぐらいは教えて欲しい。
「一応あっちにっていうか、ティオのヤツに説明はしてもらうとしてさ。おかしなことになったら頼んだぞ、フェレシーラ」
そう思い、フェレシーラに確認を行うと、彼女は何故かハンサの方を見て口を開いた。
「副従士長はどう思う? 私の見立てでは、そういうことになってもいけると思うのだけど」
「難しい質問ですね。自分はミグとイアンニからの初日の様子を聞いただけので……順当に伸びただけでは苦しい、といったところでしょう」
「なるほどね。ふーん……じゃあ、丁度いいといえばいいか。こんなことになってこっちは丸々一日、大事な〆の部分を潰されちゃったし。別に潰し返しちゃっても……ね」
ハンサの返答を受けて、フェレシーラが一瞬悩むような仕草をみせるも、すぐに不敵な笑みを浮かべてきた。
……なんだろう。
いまのやりとりで、大体コイツの考えていることがわかってしまった気がする。
内容から察するに、おそらくいまの会話は『俺に課された神殿での特訓』に関するものとみて間違いない。
そしてフェレシーラが口にしてきた『そういうこと』という言葉が、荒事の類を指していることも想像がつく。
つまり……これから査察団のメンバーと俺が一戦交える流れになるのは、彼女にとっては予測済み。
それならいっそのこと、その戦いを潰れてしまった『特訓最終日』として利用してやればいい。
正直いって我ながら、かなりぶっ飛んだ予想だ。
だが悲しいかな。
日数的には然程経過してないとはいえ……既にもうなんとなく、外向きのフェレシーラさんの思考というか、行動パターンは予測できるようになっている。
なんていうか……一言でいえばイケイケなんだよな、こっちの彼女は基本的に。
売られた喧嘩は買うし、障害に対しては正攻法でぶつかった後の、ゴリ押しも厭わない。
とくに今みたいに、挑戦的な笑みが飛び出てきた際は要注意、といったところだ。
そういう部分に大いに助けられてる身としては、安易に非難も否定も出来ないのはたしかなんだけど。
しかしそれにしても――
「マジですか……? 相手、10人とかだぞ……?」
「ん? なによいきなり」
「あ、いや、思わず声に出たっていうかさ。念押しさせてもらうけど、ヤバいことになったらフォローしてくれるんだよな?」
「それは勿論。ね、皆」
「ま、状況次第ですな。従士長に任された以上、俺はそれなりだと思っていてください」
「え? いつの間にか師匠、なにか大変なことになってるんですか? ていうかハンサ! アンタ、師匠が困ってるなら助けるって約束しなさいよっ」
「ピ! ピピピピピ……キュピー!」
「はっはっは。ホムラくんはやる気十分なようだね。ああ、私はホムラくんが乱入しないよう、しっかりみておくよ。頑張ってき給え」
フェレシーラに続き、ハンサとパトリース、そしてホムラのお腹とお尻をがっしりと抱えたセレンが口々に返事を行ってきた。
うん。
この状況で誰一人として引き留めないの、おかしくないですか。
普通、部外者の俺に揉め事の仲裁(?)をさせないでしょ、常識的に考えて。
という気持ちが、思わず顔に出てしまっていたのだろう。
「ちょっとフラム。なにいきなり『うわぁ……』って顔してるのよ。言っとくけど、今日ここでまともに査察に付き合ってないのって、貴方だけなんですからね」
「ですね」
「あー……そういえば」
「言われてみれば、フェレシーラ嬢のいうとおりだね。なあ、ホムラくん」
「ピ? ピィィ♪」
その場にいた皆して、こちらに『ちょっとは働け』とばかりの視線を向けてきた。
意味がわかっているのかいないのか、ホムラまでが同意するかの如く尻尾をパタパタさせて周りが頷くのに合わせている。
「そういや言われてみれば、たしかに俺、一度もドルメ助祭の話とか聞いてなかったな……って、いやいや! それにしてもおかしいだろ! 査察のことどころか、教団のことも良くわかってないんだぞ、俺! なんかおかしな対応したら、迷惑するのはここの皆だろ!?」
「それはまあ、そうなんだけど? なんか一人だけあのおっさ――んんっ。ドルメ助祭の、チクチク発言に晒されていないのがムカつくっていうか?」
「ですね」
「たしかに。あのおじさん、助祭程度になれたことを事あるごとにじま――んぶっ!?」
「うむ。ナイスだ副従士長殿。いまのはかなーり、アウトよりの発言だったからね。というか大教殿の助祭といえば、原則的に他地域の神殿従士長・神官長よりも格上だ。直接の平時の命令権はなくとも、緊急時は強い発言権を行使できるからね。意見の衝突が起これば、大教殿の判断が下るまで待機状態に移行させられるだけでも、かなり厄介だ」
「ピピィ……」
自分たちは面倒事に付き合ったんだから、お前に少しはいってこい。
そんな理不尽な批難を前に、俺は絶句する。
ていうか、大教殿の――聖伐教団本部の助祭ってそんな権限があるっていうのは驚きだ。
そこは非常に為になったので、ありがとうございますセレンさん。
でもホムラはしたり顔で頷くのやめような? 話の内容、絶対細かいとこまではわかってないだろ。
『お? なんだオメェ。一人だけサボってハブられてんのか? ていうかあっちのヤツら、首長くして待ってんぞ? 行くなら行く、尻尾巻いて逃げ出すんなら逃げ出すでとっととしろや。それともビビっちまって、オトモダチがいねぇと何にもできましぇーん! ってか?』
『……あのな、ジング』
頭の中に響いてきた『声』に、俺は反射的に思念の『声』を返しかけるも、思い留まる。
そうして息を大きく吸い込み、肺に空気をたっぷりと送りこむと……それを一気に吐き下ろして気を落ち着けた。
「うん。皆のいうことももっともだな。取り敢えずいって話を聞いてくるから、もし思い切りやらかしたら骨は拾ってくれ」
「了解よ。何事も経験っていうしね。慣れないことも慣れないなりに……やるだけやってみなさい」
「へーい。それにしたって、無茶振りが過ぎるとはおもうけどなぁ」
最後の最後はフェレシーラにだけそう告げて、試合場の石床をタタッと蹴りつける。
そうしながらも、俺は考える。
流しに流された特訓最終日。
緊急査察という予想外の出来事に、少しぐらいは逆らってみたい。
唐突な思い付き、浅慮もいいところな欲求、衝動。
しかしそれは、この場にいる皆が心の何処かに抱えていた本音でもある筈だ。
何故いきなり大教殿の都合だけで振り回されて、大変な目に合わないといけないのか。
そうした頭の片隅を過ぎって然りの想いを、しかし彼らが表に表すわけにはいかない。
だがそこに、教団のしきたりどころか、公国のことすらあまりよくわかっていない、田舎者の子供が紛れ込んでいたのなら……
『あるかもしれない……いや、あっても仕方ないかもしれないな。無知ゆえの失敗。若気の至りってヤツがさ』
『あ? いきなりなにいってんだ、オメェはよ』
『単なる独り言さ。それよりも、今度は居眠りしてるんじゃないぞ。一応お前も数に入れてやってるんだからな』
『ケッ。んな偉そうなこたぁ、このジング様を退屈させずにおいてからほざけや。ガキんちょがよ』
いつの間にか慣れっこになりつつある、鷲兜との憎まれ口の叩き合い。
相変わらず正体も明かしてこない、とてもではないが気を許すことは出来ない相手だ。
だがそれとていまは大事な道連れ、手札の一つだろう。
そんな風に考えていたところで『カカッ』という笑い声がやってきた。
『ちったぁマシな面、するようになってきたじゃねぇか。いいぜぇ。気に入らねぇヤツァ、ブッ飛ばしちまえばいいのよ。カカカカッ』
『ばーか。世の中そんな単純じゃないんだよ』
『あァン!? だれがバカだ、どぅあーれがよォ!』
結局、面倒事の待ち受ける円陣に辿り着くまで延々と、どうでもいいことを言い争いながら――
『そんなの、聞かないでもわかってるだろ。だからお前は馬鹿なんだよ』
『ケッ! 無駄口叩いてねぇで、行くんならとっとと行けって、いってんだるおォ!?』
馬鹿者二人は、面倒ごとの渦中へと飛び込んでいった。