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268. 理不尽なる流れ、渦を巻き

 一体全体、どういうことなのだろうか。


「なんと……! 正気ですか、ティオ殿!」 

 

 対立の様相を通り越して、明らかな闘争の気配を放ち始めた査察団の面々とティオを前にして、俺はその場を振り返る。

 

「フェレシーラ、これって……」

「どうやらあの子が名指しで司祭長を侮辱する発言をした、とドルメ助祭に受け取られたようね。まあ、ティオのことだから素直に指示に従うとは思ってはいなかったけど……」

「ふむ。あちらで揉めてくれる分には構わない、といった感じかな? まるきり蚊帳の外というのも、あまり楽しくはない状況ではあるが」


 状況の説明を求めてフェレシーラに呼び掛けると、そこにセレンが並んできた。

 たしかに彼女のいうとおり、まるで状況も掴めないのは困りものだが……


 あっちで揉めてくれる分には、まあいいのかコレ?

 よくわからないけどティオのヤツはやる気っぽいし、査察の件を別にするとアイツが戦うところを見てみたいとは思ってたんだよな。

 

 理由は勿論、しっかり研究してリベンジしたいからなんだけど。

 

「いえ、セレン様。ちょっと言いにくいのですが……こういう時、あの子っていつも決まって――」 


 言いながら、フェレシーラがこちらに視線を向けてきた。

 なんだろう。

 

 妙に困ったような、それでいて微妙に申し訳なさそうな……

 彼女にしては、少し珍しい表情だ。


「んん? どうしたんだよ、フェレシーラ。突然そんな顔して。なにか困ったことでもあったのか?」

「困りごとなら、最近ずっとひっきりなしに舞い込んで来てる気がするんだけど……って、そうじゃなくってね……」


 うん。

 やっぱり何かおかしいな、今日のフェレシーラは。

 アグレッシブな方の彼女が出てきているわりに、いつもの竹を割ったような言動がなりを潜めてしまっている。

 

「もしかしたらってことで、一応覚悟していて欲しいのだけど」

「――と思ったけどぉ」


 そんなフェレシーラが言葉を継ぎかけたところで、試合場に声が響き渡った。

 白羽根の神殿従士よりも、やや高めの声。

 青蛇の神官、ティオ・マーカス・フェテスカッツの発した声だ。

 

「ちょっとここにくるまであちこち行ってたから、少し疲れちゃったんだよねぇ」

「……はぁ。やっぱりね」


 随分とわざらしい、まるでこちらに向けて聞かせてくるようなティオの声。

 それを耳にして、フェレシーラが額に手をあてて溜息をつく。

 

 円陣を保っての包囲を狭めにかかっていた査察団が、戸惑う様子が見えた。

 まさかの内輪揉め。

 それも若くして青蛇という称号階位を得た者を相手取って、一戦交える羽目になるかどうかの瀬戸際と思えた場面で、事の発端を作ったティオ自身が「疲れた」などと言い出してきたのだ。

 

 ドルメの警護にあたっていた彼らからすれば、肩透かしもいいところだろう。

 だろう、けど……

  

「なあ、フェレシーラ。なにがやっぱりなんだ? 一応覚悟ってのも、なんか物騒だし……ちょっと俺、嫌な予感がしてならないんですけど……!」

「うん、まあ、はい。私もいま、どうしようかなって考えてるから」

「考えているって――」

「というわけで、ここは一つ!」


 フェレシーラへの質問が終わりきらぬ内に、またもティオの声が場に響く。

 今度のそれは、大仰な手振り身振りつきで……どうみてもこちらに、査察団の人たちの目線を誘導しにかかってきている。

 

 いや、もっと正確にいうのであれば――

 

「ボクに代わって、あちらの旅の少年。フラム・アルバレットくんに、遥々大教殿よりお越しいただいた皆さんのお相手をしてもらいます!」

 

 独りでに宙に浮き伸びた咎人の鎖(クリミナルハンガー)の先端が指し示していたのは、俺の立っている方向だった。


 ……え? は?

 なにそれ? どういうこと?

 

 なんでいきなり、そこで俺の名前が出てくるんですか、ティオさんや。

 助祭のドルメを筆頭とした査察の人たちも、皆揃って一斉にこっちを見てきてるし。

 

 ふと後ろを振り向いたら、ハンサとパトリースまでもが俺をガン見している。

 隣にいたセレン、そして彼女に抱きかかえられていたホムラまでもが、同じ反応を示している。

 

「やってくれたわね、あの子」

 

 ただ、唯一フェレシーラだけが、満面の笑顔をみせるティオを睨みつけていた。

 そんな中、彼女に続くようにして動いた人物がいた。

 

「ティオ殿……戯れを申されるのはそれぐらいにして欲しいものですな」


 ドルメだ。

 査察団のメンバーの中でいち早く我に返っていた彼は、窘めるような口振りで目の前の少女に語りかけていた。


「あんな年端も行かない少年を、突然巻き込むなどと……そもそもこちらは貴女の放言を見咎めたまでのこと。無駄に騒ぎを大きくしないよう、自重をば」

「え、ウソ。なにその論調。まさか逃げるの? 年端もいかないとか言い出したら、ボクもそんなに変わんないんだけど」


 しかしそこで間髪入れずに、ティオがドルメを煽りにいく。

 というかなんで俺が、突然そっちが売った喧嘩を代わりに引き受ける流れになってるんだよ。


 説明が足りない……というか、説明があったとしても何もかもがおかしいだろ、この流れ。

 マジでわけも意味もわからない。

 

 わからないが、ここで余計な口を開くとティオのヤツは絶対にそれを利用して、更に面倒な事態にしてくるのは目にみえている。

 

 というわけで、頑張れドルメ――いえ、ドルメ・イジッサ助祭様!

 

「ふぅ……失礼ながら、貴女の破天荒ぶりは耳にしておりましたが。まさかこうくるとは思ってもみませんでした。ですが本日ここを訪れたのは、この様な無用の争いをする為では断じてありません」 

 

 おお……いいぞいいぞ。

 助祭様、めちゃくちゃまともな事いってる。

 

 なんだかパっとしないおっさんだと思っていたけど、ティオの煽りにもまったく動じていないみたいだし、これは案外期待出来るかもしれない。

 パっとしないけど。

 

 ともあれリーダーがどっしりと構えている事が功を奏したのか、周りの護衛の人たちも落ち着きを取り戻している。

 表情にこそ戸惑いの色はあれども、だ。

   

「ふーん。別に大物ぶるのはいいけどさ。言っておくけどコレ、別に冗談でもなんでもないよ。それにそっちだって口実が欲しかったんでしょ。いいじゃん、この際乗っちゃえばさ。年下の小娘に煽られたから、って報告すればいいだけの簡単なお仕事でしょ」

「な……!?」


 しかしこちらもまた平常運転といった構えを崩さぬティオの言葉に、ドルメの顔色が変わった。

 

 待って、待って助祭様。

 一体いまのティオの発言のどこに、そんなに慌てる要素があったのかは――

 

「ティオ殿! それ以上はなりませんぞ! 先ほどの言といい、これ以上リファ様の意に背く様な真似に及ばれるというのであれば……不肖このドルメ・イジッサ! 相手をさせていただきますぞ!」


 おい。

 おい、おっさん。

 なんでいきなり法衣の袖まくって円陣の中央に進み出ているんだよ。


 そこでもう一発、年上の貫禄ってヤツを炸裂させてやるのが良識ある大人ってもんだろ!

 そんなやり方でパっとしないイメージを払拭しにいかなくていいから!

 周りの連中もまた色めき立って、武器構えてるんじゃないよ!  


『お……なんだなんだ? 喧嘩か? 喧嘩か? なぁおい小僧、もしかして喧嘩が始まんのか?』


 なんて心の中だけで細やかな抗議の声をあげていたら、ジングのヤツが目を覚ましてきた。

 うん。

 あまりといえばあまりな話の流れに、完全に腕輪の制御に気を回すのを失念してた。

 

「フェレシーラ。これってマズい流れじゃないか……?」

「うーん……」 


 思わず隣に立つ彼女に救けを求めてみると、何故だか悩んでおらっしゃる。


「はぁ……どうしよ、これ。実をいうと、さっきティオとは会議棟で話したばかりなのよね。ちょっと詳しくは言えないんだけど。これってあの子なりの善意というか、お節介というか……」 

「お節介って。もしかして、ティオのあれってお前も知ってて一枚噛んでるってことなのか?」

「そこは……ノーコメントで」

 

 それだけいうと、フェレシーラが視線を逸らしてきた。

 どうやら一連の小芝居に乗ってやれ、ということらしい。


 つまりはティオの代わりに、俺が査察団の方々と一戦交える流れになるわけだが……

 

 うん。

 無茶でしょ。

 

 ロクに説明もなし、準備もなし、援護もなし。

 ないない尽くしの三点セットで、俺になにをやれっていうんだよ!


 ああ、クソ……でもこれで逃げたらティオのヤツ、また面倒な真似してくるんだろうな……!

 フェレシーラにしても、そこもわかっているから『ティオと直接やり合うよりは』ってことで、こうして知らん顔を決め込んでる部分はあるんだろうし。

 

『クカカカカ……いいじゃねえか、いいじゃねえか。そろそろ暇すぎて文句の一つもいってやりたくなってたからよぉ。ここらで一暴れ、いいじゃねえか』


 いやいや……いいわけないだろ、アホジング。

 折角、翔玉石の腕輪から注意が逸れたのに、ここで無駄に目立ってどうするんだよ。

 そこら辺わかってんのかな、この鷲兜は。

 

 というか査察団の皆さんも、なんでまたこっちに向き直ってるんですかねぇ……!



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