262. 『再演』
「……というような出来事が、40年以上前にこの地で起きていたのだよ」
その言葉と共に、男女四人と一匹が集まった倉庫の中で黒衣の裾が『話はこれで終わり』とばかりにバサリと翻されてきた。
「なるほど。それがこのミストピアで度々名前を耳にしていた、貪竜の物語……いえ、実際にあったことなんですね。そして今の話のその後の出来事を元に、劇や絵本が作られた……と」
「色々と脚色はされているとはおもうがね。その書に記されていた内容も、一体誰が何処からどうみて書き連ねたのかも不明だし、あちこちから聞き齧った話を元に面白おかしく書かれたものだろうが……まあ、フラムくんの言うとおりだよ」
こちらの指摘に対して、セレンが深々と頷きを打つ。
その隣では『防壁』を維持し続けるパトリースと、彼女を護るようにして立つハンサの姿。
ホムラはと言えば、資材の詰め込まれた麻袋に顔を突っ込んでは「ピピッ!?」と尻尾をうねらせては叫び、顔を引っこ抜いては次の袋に突撃してと大忙しだ。
ホムラさんや。
お話続きだったからって、あんまりヤンチャするんじゃありませんよ。
危険な物が入った袋は木箱に移してあるとはいえ、袋の中が毛だらけになって掃除させられるのは、多分俺だからな!
『……へ? え、なになに? なんでお前ら、ムズカシイ顔して頷き合ってのよ? てか、続きは? 今の話、まだ続きがあんだろ!? 竜はどうした? 竜を倒す勇者、どこよ!?』
そんなことを考えていると、不意に頭の中に『声』が響いてきた。
御存じ腕輪の住人、喋る鷲兜さん。ジングの声だ。
物には順序、話には振りというものがあるのだが……
そんなものをコイツに理解しろというのも、酷な話だろう。
『うるさいぞ、ジング。まだセレンさんが話してる途中だろ。黙って聞いてろって』
『ぬぐぅ……クソッ、このいいところで切りやがって……おい、小僧! 続きだ、いまの話、はやく続きを聞かしやがれっ』
『なんだよ。そんなに面白かったのか? てか、お前がこういうのに話に興味を持つだなんて意外だな』
『は、はぁっ!? べ、別に面白いだなんていってねぇだろうが! こんな昔話、ちょっと気になっただけに決まってんだろ!』
なにコイツ、めんどくさい。
珍しく黙って話を聞いていたかと思えば、打って変わっての騒ぎ様に捻くれ様。
正直、なんでジングのヤツがこんな過剰反応を示してくるのか、興味を惹かれないわけでもないが……
取り敢えずいまは、こちらの為にもセレンに話を進めてもらうのが大事だろう。
そもそも今こうして皆で倉庫の中で団子になっているのも、ミストピア神殿に来ている査察団の目的が『副神殿候補地』の選定にあったことに起因している。
その目的がミストピアの象徴ともいえる貪竜湖に巣食う、湖賊と呼ばれる武装勢力に関係すること。
その湖賊の討伐に公国軍に先んじる形で聖伐教団が乗り出していること。
そしてそうした流れに、どうやらパトリースの過去が絡んでいること。
その上で、なにやら先にハンサたちがこちらに話しておきたいことがあった――
「……という流れは、漠然とわかったんですけど。それと今、セレンさんが話してくれた物語に、どんな繋がりがあるんですか? たしか最初は、『貪竜の花嫁と異国の騎士』と言っていましたけど。その序章ぽいお話でしたよね」
「ああ、そのとおりだね。まあ、後の話もざっとしておこうか。その方が分かり易いからね」
「あ、はい。お願いします」
『お! いいねいいねぇ! カラスモドキのねぇちゃんよぉ! そうこなくっちゃな!』
うん。
マジでやかましいというか、今日のジングくん、テンションおかしくないか?
唯でさえちょっと頭の整理がつかない状況だし、ここは一つ腕輪の機能で『耳』……は可哀想だから、『口』だけでも閉じさせて――
いや、やっぱいいか。
コイツもこんな小さな腕輪に閉じ込められて、心底ウンザリしているかもだし。
ここまではしゃいでるのに、邪魔するのも気が引けてくる。
うるさいのはうるさいけどな。
なんか楽しみにしてるみたいだし、聞いてて不快ってことはない。
『は、や、く! は、や、く♪ あ、はっやっく♪』
……前言撤回。
やっぱこの鷲兜ウザいな?
なんでいきなりリズム取り出してるんだよ。
これからまだ話があるってのに、めっちゃ邪魔なんですけど!
「ま、それでだね。その竜はかつてこの地を覆っていた沼の大半を呑みこみ、そこにミストピアを囲う山々から流れ込んできた水を川ごと引き込んで生まれた湖の主となり。その後、どこからともなく現れたとされる異国の青年に討ち取られて。物語は幕を閉じるというわけさ」
「……ん?」
『……は?』
それまでとのどっしりした語り口とは打って変わり、ざっくりあっさりさっぱりといった具合で、ぽんぽんぽーんと話を進めてきたセレンに、嬉しくないことに俺とジングのリアクションが重なる。
『え、なにそれ。どゆこと?』
「あの……今ので終わりですか?」
「ああ、待て待て。なにかまだあったような……おお、そうだそうだ。たしかその間の話として、貪竜と呼ばれ始めたギリシュへの供物に捧げられた少女の物語もあったね。それが『貪竜の花嫁』にあたる部分だと思うのだが……」
『お!』
「おぉ」
さすがに突っ込まずにはいられずに問いかけると、再びセレンが口を開いてきた。
きたの、だが……
「いやすまないね、入りの部分を読んだときは私も暇を持て余していて、師の目を盗んでかなり書を読み込んでいたのだがね。あとの方は忙しくなってしまい、流し読みしてしまっていたので詳しい内容を忘れてしまったよ。というわけで、『貪竜の花嫁と異国の騎士』に関して私からはこれで御仕舞という奴だね。あっはっは」
『え、ちょ……うそでしょ……!?』
「……マジか、この人」
あ、いかん、声に出ていた。
というかこの人……ハンサの代わりに説明を買って出ていたけど、実は自分がしっかり読み込んだ部分だけ話したかったってことか。
まあ、そんなんでハンサの代理として名乗り出たあたり、最高に彼女らしいといえば彼女らしくはある。
時間がなくなって後の部分は流し読み、というのもリアルすぎというか、俺自身も身に覚えがありすぎてちょっとツッコミ難いのがまた困りものだ。
ジングのヤツなんて、ショックのあまり絶句してるぽいし。
「ええと……ありがとうございました、セレンさん。ハンサ副従士長、それでこれ……」
「……すまん。俺も魔幻従士殿の性格というか、極端さをを失念していた。なんとなく、任せて良いかなと……俺がわるかった」
「いえ、わかります。それ滅茶苦茶わかります。気を抜くとすぐに雰囲気詐欺しますからね、この人」
「あっはっは。自分ではそれほどでもないと思うが……照れるね、二人して褒められると」
「あの、セレン様……? いまの二人の会話から、どうして褒められたと思えるのか、私ちょっと理解出来ないんですけど……」
「ピピィ……」
気付けばセレンに対して、ジング以外の倉庫内にいた全員が呆れまくっている状況になっていたが、肝心の黒衣の女史さんはどこ吹く風とばかりにドヤっている始末だ。
無敵ですかこの人。
「取り敢えず、今の話はそれはそれで必要だったとしてだ。そろそろ本題に入るとしよう」
「あっ……はい。聞きますね」
明らかな軌道修正を試みてきたハンサの言葉に、俺は乗ることにした。
こうしてちょっと馬鹿馬鹿しいノリで皆と話すこと自体、楽しくないと言えば嘘になるが……いまはフェレシーラが、試合場でドルメを始めとする査察団を相手に時間稼ぎをしてくれている状態だ。
ティオのヤツもその場にいるが、彼女の性格と教団の任務を考慮すれば、こちらにとってプラスになるとは考えないほうが賢明だろう。
「ま、一言で済ませるとだな。ウチに昔、やってきていたわけだ」
そんな思考を巡らせていたところに、ハンサが切り出してきた。
「その『貪竜の花嫁と異国の騎士』の物語を真に受けて……派手にやらかしてしまった、世間知らずのお嬢様がな」
そんな彼の告白に縮こまらせたのは、やはりというべきか……見習い神殿従士の少女、パトリースさんだった。
ええ、まあ……これまでの話の流れからして、当然そうなりますよね。
それにしても一体なにをやらかしたのか、僕、とっても気になります……!